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館の敷地を出るとカークが先導してくれる。
目の前で左右に揺れる尻尾の誘惑に負けそうになる。
目をそらすと、隣で歩くウノスケは道路側を歩いていた。
声を掛けるのに丁度いいので話し相手になってもらう。
「何か買い足すものは無いの?」
「ええ、準備は全部終えていますよ。これ以上は重くなるだけですね」
いままで町を歩いたことは無い。
自分の目線で見る風景は新鮮なので、周りを見ながら進む。
当然そんなことをしながら歩くと遅れてしまうので、気が付くたびに遅れた分早歩きになる。
町と外界の境までは緩く長い上り坂になっていて、踏み込む足はやや重く感じる。
「こうも直線の坂が続くと嫌になるわね」
「強化の練習をすればいいじゃないですか、まっすぐな道なので制御も楽でしょう」
「あら? 私のことってどこまで知ってるの」
「どこまで、と言われると自信は無いですが。マリーさんから受けられる情報なら大体ですね」
それってほぼ全部じゃないの?
聞いたら後悔しそうな気がしたので口を閉じる。
確かにこの直線道なら強化魔法の練習にいいかも。
早速実行。
最初の数歩はぎこちなかったけど、すぐに慣れた。
同じ歩き方を繰り返すだけだからそれほど難しいわけじゃないし。
「もうすぐ人とすれ違うので気を付けてくださいよ」
おおっと。
制御を調整して蛇行する。
あらかじめ分かっていればこれくらいは何とか。
「ふう、ありがとね」
「お役に立てて何よりです、この調子ならすぐモノに出来そうですね」
いやー、それはどうかな。
これが全身を使った複雑な動きになると何とも。
強化しながら歩くと格段に楽になる。
集中力がきれるとバランスを崩して倒れそうになる事もあった。
その時はウノスケが背中に手を当てて支えてくれる。
寄り道をしなければ町の外への検問所まではすぐ。
ここには防壁のような物があるわけじゃない。
弱い魔物なら人間の気配に近づくことは無いし、強い魔物ならそもそも防壁なんて役に立たない。
危険な地域なら町自体が立ち行かないから、この辺りは比較的に安全なんだと思う。
先導していたカークが立ち止まってこちらに向き直る。
「べリア、通行証を頼む」
「うん、わかったわ」
バックパックを降ろして魔羊の羊皮紙を取り出す。
一々降ろさないと中身を取り出せないのは不便ね、サイドポケットみたいなものを着けたり改良が必要だわ。
私から受け取ったカークは小屋の中のカウンターで書類を書いている。
随行する人の名前や出立目的などを聞かれているのがきこえた。
「ねえウノスケ、一般の人相手にもあんなに細かく聞いたりするの?」
「そんな事はありませんよ、国ごとに共通の通行プレートを見せれば特別な理由が無い限り素通しですね」
プレートの発行時に魔力登録が行われる。
本人認証、あと出発点と到着点の情報登録。
いまカークが書類を書いている小屋から視認できる範囲であれば、観測機を使って個人情報の確認がされる。
登録不備があれば特殊な魔力によるマーキングがされて、後程理由を聞かれるらしい。
ちなみに私は特殊な扱いで、羊皮紙で身分証明している間はプレートの発行が出来ないみたい。
そんな話を聞き終えたくらいで、やっとカークが戻って来た。
「申請って結構長くかかるのね」
「ああいや……なんかよ、もう一人登録されているみたいで揉めちまってな」
「もう一人?」
「外に出て待ってるようだから取りあえず会うって言っといた。ほら、これは仕舞っとけ」
羊皮紙を受け取ってバックパックに仕舞う。
誰だろう?
心当たりのある人がいるわけも無く。
町の外に出ると赤茶けた岩砂漠が転がる風景が続く。
街道に出て歩いて行くと、一本だけ生えていたアカシアの木陰で休んでいる人がこちらに気が付いた。
「よろしくお三方、私のことはケンコーマスクとお呼びください」
顔の上半分だけを覆う装飾仮面を着けた女性が、そう自己紹介してきた。
金のロングストレート、とがった耳、仮面から除く瞳は青い色。
そして屋外なのにロングスカートのメイド服を着ている。
「……マリーじゃん」
「ケンコーマスクです」
「マリー、仕事はいいの?」
「そのような名前ではありません。ですが、その人が長期で出かけるような事があるなら引き継ぎは終えているのではないでしょうか」
私達のやり取りを見ていたカークが声を掛けてきた。
「なあベリア、こいつと親しげに話しているようだが知り合いなのか?」
いや、マリーだって言ってるでしょ。
見ればわかるじゃん。
ウノスケも何か言ってやってよ。
「初めまして、ケンコーマスク。予定には聞いてなかったですが書類申請が通っているならこちらの伝達ミスでしょう、よろしくお願いします」
ウノスケは綺麗なお辞儀を見せて挨拶をしている。
わざとやってんの?
「オレはカークって呼んでくれ。ほら、べリアも」
「……ベリアです、よろしく」
私達の自己紹介に満足したのかケンコーマスクは微笑む。
仮面に触れると一瞬だけその全身が別な人物に見えた。
性別の分からない金の短髪の姿に、すぐマリーに戻ったけど。
あの仮面は相手の認識に干渉する道具なのかな?
ケンコーマスクに近寄って小声で話す。
「後で話を聞かせてもらうからね」
「何のことやら」
他に誰も聞いてないのに、しらを切るとは。
あ、カークが聞き耳をたててる。これはだめね。
「ところでケンコーマスクじゃ長くて呼びにくいのだけれど、何て呼べばいいかしら」
「ケンコーマスクの名は気に入っているのですが。ええと、ではジェーラとお呼びください」
「わかったわ、よろしくねジェーラ。あとケンコーマスクはダサイわよ」
ジェーラはまさか、と乾いた笑いをする。
いやケンコーマスクは無いって。
挨拶を終えるとジェーラは地面に置いていた、革製のボストンバッグのショルダーストラップを肩に掛ける。
「肩に掛ける荷物は旅に向いてないと思うのだけど大丈夫なの?」
「鍛え方が違いますので」
あ、はい。そうですか。
ジェーラの華奢に見える肩は見た目よりも鍛えてあるらしい。
いや、長距離の旅に向いてないから背負うタイプにしないのって話なんだけど。
まあいいや。
「それでは行きましょうか、この街道に沿って進めばいいのかしら」
私の質問にカークが答えてくれた。
「ああ、そうなる。先頭はオレが歩くが、ジェーラは何が出来るんだ?」
「私は鞭と魔法を使う中距離型なのでベリアの隣を歩きます」
「じゃあ僕は後ろだね」
私は真ん中の1:2:1で歩く。
歩くとは言っても、まだこの辺りは岩石砂漠地帯なわけで。
なだらかな起伏はあるものの、見通しもよくて警戒するような出来事があれば誰にでもわかる。
今は気にしなくてもいいけど隊列を組んで歩く練習ってことね。
町の外を自分の足で歩きはじめて、感慨にひたる。
強化魔法の集中を切らさない様に一歩一歩を意識する。
私が歩いた足跡がいつまで残るんだろう。
横に顔を向けて遠くを見るとゆっくりと景色が流れていく。
……飽きた。
「ジェーラ、あとどれくらいで緑が見えてくるの?」
「今のペースで歩くと夕方前くらいでしょうか。その辺りが今日の野営地点になるでしょう」
そっかー、うーん。
「おや? もしや強化魔法に慣れて余裕が出てきましたか?」
「イイエ、ソンナコトハ、ナイデスヨ」
「思ったより早かったですね、では強化を維持しながらその剣を頑張りましょうか」
「いやいやムリムリムリ、ちょっとまって。えーと、そう、まずはじゃんけんに付き合ってよ」
強化を維持しながら剣の魔法効果を発生させるとか無理があるでしょ。
玉乗りしながらハープを弾くようなものよ?
当たり前のように言ってくれるけど、そんな簡単じゃないから。
「分かりました、じゃあいきますよ。じゃんけん、ポン。もういっかい。もういっかい」
三連敗。
「べリア、手を出してください」
はい、どうぞ。
「そのまま手を広げてパーにしましょう」
うっ。
手を広げるがプルプル震えて手刀のような形になる。
ジェーラの顔を見ると口角が上がって楽しそうな顔をしている。
悪い癖が出たわね。
「はい、指と指の間を広げましょう」
頑張って指を広げても、ゆるく曲がってうねうねと波打つ。
触手みたいな動きをしていて中々キモイ。
「あっ、いっつー。指つって痛いんだけど」
思わず強化を切って指をほぐす。
あー痛みで涙出てきた。
「ほら、このペースだと少し遅れてしまいますよ。歩く足の強化は解かないでください」
鬼! 悪魔! 貧乳!
あ、ごめんうそうそ。
もう、マリーじゃないって言い張るなら怒らなくてもいいじゃない。
「ジェーラって、本当は隠す気ないでしょう」
「さて、何のことでしょうね」




