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あの日から数日が経った。
使用人は眠っていただけで実質的な被害はほとんどなかった。
マリーはお姉さまの情報を受けてシロノの家に乗り込んだものの、研究室の中身はカラで何もなかった。
話を聞く限りでは単独犯のように感じたのに。
今回の事件の裏では何か別の組織立った行動があったという事だよね。
シロノはこの町に貢献していた人だったので、混乱を避けるために表向きは療養中という事になっている。
捜査権限やその後の情報を知るのはどうやったのかマリーに聞くと。
「この家の代理人の役割も担っておりますので」
メイド以外の仕事もしているなんて、いつ休んでるんだろう。
人がいないのか、お金が無いのか……手伝う気にはならないけど。
「平和になったわねー」
ペンを置いて伸びをする。
今日の勉強も半ばを過ぎたから小休憩しようかな。
「今お茶の準備をします、少しお待ちください」
私の集中力が切れたのを見たのかマリーが動いてくれた。
疲れた指を軽く揉んで息を吐く。
ふと思い立って魔力糸を出した。
勉強机に糸をくっつけて引っ張ると一切の抵抗なくプツリと切れる。
もう一度机に糸を着ける。
今度は物理的な干渉が出来る魔法糸をつけて引っ張る。
糸は一瞬ピンと張った後、すぐに切れてしまった。
はあ、あやとりしてあそぼっと。
「むー。……ぐぬぬ。ふぅあー!」
「何をしてるのです?」
手を突き出して変な声を上げている私にマリーが声を掛けてきた。
「でないのよ! お姉さまだけ美味しいものを飲めるなんてずるい!」
あの時、お姉さまが私のかわりに頑張っていたときの記憶がある。
だから私もあんな風に飲み物を出そうと思っているのにぜんっぜんでない!
「はあ、ですから彼女の説明を話したではありませんか。物体を自身の魔力で潜在化させた後、取り込むことで出し入れ出来るようになると」
「うそ! ぜったいうそよ! そんなことしなくてもパッて出してたもん!」
魔力を顕在化させて物理現象を起こすのが魔法、これは魔法理論に載っている基礎だからわかる。
でも……物体の潜在化って何?
「とんちか何かでしょうか? 物体を魔力で潜在化する……」
マリーは練習用に部屋に持ち込んでいた粒のような小石を手に取り、魔力を注ぐ。
でも潜在化なんてせずに石そのものが魔法物質に変化。
存在が不安定になった石はすぐに魔力に分解されてしまった。
「私も半信半疑ではありますが……本人に聞くわけにもいきませんよ?」
また彼女を頼ろうとは思わないでください、次に危機が訪れても助けてくれるとは限りませんからね。
あの事件の後すぐにそう言われて釘を刺された。
入れ替わりながら交換日記でもしたいなあ、なんて思ってたのに。
話をすることも出来ないし、あれから一度も表に出てきてはいないみたい。
壁に立てかけた白鞘の片手半剣を見る。
魔力の扱う力を上げれば自由に物の出し入れが出来る。
その為の第一歩に宿題として魔力剣を振れる様になってね、と置いて行った。
でもこの剣に掛けられた魔法を操るどころか魔力を通すのもうまくいかない……。
「むー」
思わずテーブルに突っ伏して手足をばたつかせる。
「べリア様、座り方がなってません。他に見ている人がいないからと油断してはなりませんよ」
確かに人前では猫を被ってるけどさあ。
「どうせ私はこれからもここで暮らしていくんだからいいじゃない、外に出るのは禁止されてるし」
マリーは教育者で友達って感じじゃない。
その点お姉さまは使用人であっても優しくて気安く触れられたから、この灰色の生活が華やかになると思ってたのに。
また前の生活に逆戻りっていうのが最近身が入らない原因なのよね。
「この生活が続くとは限りませんよ?」
そうかもしれないけど。
でも、そんなことを考えてもね。
ピューイと甲高い音が一定のリズムで窓を鳴らした。
マリーが窓を開けるとそこには大きな胸の谷間を見せるハーピーが浮いている。
その首には金糸模様の入った紺のスカーフが巻かれていた。
「あら、早かったわね。お疲れ様です」
どうやらマリーはこちらの方を知っているみたい。
どうぞと案内されると窓からハーピーが室内に入って来た。
紺のスカーフは伝達員の証明だったかな、初めて見た。
一体何の用かと見ているとハーピーは自己紹介してくれた。
「どんな町へもヒトットビ。わたくし伝達ギルド、ユーグィスの者です」
くるりと回って決めポーズ。ゆれ。
ユーグィスって伝達ギルドの速達専門のエリートだったよね。
こっちの事件があってマリーが色々な所に連絡をお願いしていたのかな?
「こちらはトラノー様からの書簡になります」
ハーピーはタスキ掛けされたポーチから書簡をつむじ風に乗せて取り出し、マリーに渡した。
マリーは礼を言って書簡を受け取ると開いて読みだした。
私の家からの書簡? 今まで連絡をくれた事は無いのにどうして。
「伝言もございます。『ベリア、メージャに顔を見せに来るように』以上になります」
ハーピーはお父様とそっくりな声で伝言を伝える。
すごい、これが話に聞いていたユーグィスの声帯模写!
「驚いたわ、初めて聞いたけど本当に同じ声で伝えることが出来るのね。私にもできるかしら」
「ものは試しです、やってみてはいかがでしょうか」
やり方を聞くとノドを通る声に魔法を掛けて変声させるみたい。
「ではこの声を真似してみてください『ファーボーニゴシューイクダサイ』」
あー、あーあー。
この声が通る時の音を魔法で変質させて。
……あれ?
「ファ、ファー。『ファーボーニゴシューイクダサイ』」
「素晴らしいです! 完璧に出来ていますよ」
そっか、魔力糸の変質を応用させればこういう所で役に立ったりもするんだ。
「これで私も明日から伝達ギルドのユーグィスになれるわね!」
「いえいえ、この能力はユーグィスになれる最低条件の一つですので」
えー、まあそんな単純なものじゃないよね。
でもこの声が最低条件で、それもいくつも条件があるなんて大変そうね。
大変かあ。
学術都市メージャに来いとお父様は言っている。
つまり帰ってこいってことよね。
……この町に来たときは30日かかったんですけど。
「マリー、書簡の方は」
「帰るためのあれこれが記載されてますね、ただ今回の旅程は前回とは違うようです。詳しくは後ほど」
伝達ご苦労様です、と言ってハーピーに受領証をポーチに差し込んだ。
私もお礼を言いながら近寄って抱き着いた。
顔をぐりぐりするとやわらかなおっぱいに包まれる。
ああコレよコレ、やっぱりこのふわふわ感は落ち着くわあ。
ハーピーも翼で抱き着いてくれることで、もふっと感もマシマシ幸せ指数が急上昇する。
あーやばい、ずっとこうしていたい。
しばらくそうしていると後ろからコホンと音がする。
「べリア様、そろそろ」
チッ、いい所で水をさしてくれる。
とはいえいつまでもこうしてはいられない、仕方ないので渋々離れた。
「ありがとう、迷惑じゃなかったかしら」
「いいえ、わたくしも久しぶりに人の温もりを頂けて心が暖まりましたから」
仕事柄、人との接触が少ないので嬉しかったという。
むー、やはりこのおっぱいは惜しい。
いっそのことココで雇って……。
「マリー?」
「ダメですよ、こちらの方も仕事があるのですから」
謎のやり取りにハーピーは首をかしげる。
「それでは失礼します」
もう話は終わったと思ったのだろう、身を翻して窓の外に飛び出した。
「伝達ギルドのご利用ありがとうございました、次の機会もぜひよろしくお願いします」
空中で綺麗にお辞儀をすると空に消えていく。
私達は手を振って少しの間、見送った。
物体の潜在化はシロノの知識と私の経験に基づいた推測だけど、まああってるだろう。
それにしてもベリアがおっぱい好きだったとは、通りでべったりくっついてくると思った。




