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魔力で体を縫いとめられていたシロノが震えはじめる。
「オォォォォォォォォ…………!」
苦しそうにも聞こえる重い声で吠え、肉体が変異させていく。
その姿は鱗の皮膚を持った爬虫類のような体にネコ科の頭がついた化け物だ。
手もマリーさんを相手にしていたときに伸びていたかぎ爪になっている。
「ガアアァァ!」
気合いの入った叫びをあげた。
シロノは身体を縫いとめていた棒手裏剣を自身の魔力だけで地面から抜いていく。
完全に人間やめちゃってますね。
この世界の人種について勉強はしたが、自身の肉体を変貌させるような種族はいないらしい。
理論的には肉体と魔力が安定せず崩壊するので、そんな事が出来たならほぼ魔物だとか。
いたとしても人外レベルの魔力を扱える高位の存在になるだろう、それが何かと聞かれてもピンとこないが。
ああ、この姿なら私を抱えて逃げてもシロノだとは気づかれないって事か。
「このような無様な姿はあまり人には見せたくは無かったがな。最後に私の研究成果を見れるとはいい冥途の土産になっただろう?」
メイドの土産かあ、顔だけはネコっぽくて愛嬌はあると思うけど。
マリーさん、こんなキモイの貰って喜ぶのかな?
「それではいくぞ」
直後、更に早くなったシロノが私に迫る。
それをみて身構えると、すぐに私の横から蹴りを放ってきた。
咄嗟に持っている剣の腹でガードしたが受けた勢いでそのまま窓ガラスを破り、外に蹴り飛ばされてしまう。
庭に飛ばされた私は地面をころがってから立ち上がる。
大丈夫? 背中にガラス片が刺さったりしてない?
服のすそを引っ張ってゴミを落とす、どうやら服が少し切れているくらいで怪我はなさそう。
蹴りを防いだ剣を確認する。
飾りのない簡素な片手半剣の両刃は歪みも無く、白い刀身は光を反射させている。
まずはここで一安心。
しかしシロノの変身中に切りに行きたかった。
ベリアには素質があるが、それでもこの剣に魔力を通すのには時間が掛かってしまった。
だがもう剣は十全に使えるようになった、何とかできるだろう。
自分の身の回りをチェックし終わったところでシロノが窓から飛び出してきた。
無傷で立っている私を見るとネコ面の口角を上げた。
私は右手だけで持った片手半剣を肩に乗せる。
まるで重さを感じさせない剣を見てシロノは鼻で笑うとこちらを伺ってくる。
「そのようなオモチャで今の私に立ち向かえるとでも?」
「無理でしょうね、とてもかなうとは思っていませんわ」
嘘だけど。そう言われて油断してくれねーかな。
シロノは芝に足跡を残る程の強い踏み込みでこちらに突っ込む。
またもや突っ込んで来るだけとは能のない奴め。
さっきは急に上がった速さに驚いたが、来ると分かっていれば十分捌ける。
今度はただ受けに回ったりはしない。
飛んでくる攻撃に合わせて剣を振る。
片手で握った剣は硬いかぎ爪に弾かれ、思わず両手で握りなおした。
思わず奥歯に力が入る。
当てる瞬間に重くしているおかげで普通の鉄剣よりも衝撃を与えているはずだが。
それにも関わらず、平気な顔で攻撃してくるってどれだけ硬く重いのか。
空いた片手で小細工したかったが、これは辛くなったか。
「やはり軽いな、そろそろ諦めてはどうだ?」
両手の爪を左右交互に連続で突いて来る。
攻撃の回転が速く、下がりながら剣で受け流すのがやっとだ。
後ろにじりじりと下がっていく。
ついには背中が家の壁に着いてしまった。
「もらったァ!」
さっきより鋭い爪が右肩を狙って来た。
咄嗟に右手を剣から離して身体を横に傾げる。
間一髪、爪は壁に刺さり危機を免れる。
空いた右手で投擲、一時でもいいので身体を再び縫いとめようとする。
だが逆の爪で弾かれる、その間に横に飛んで間合いを取った。
シロノが壁に刺さった爪を引き抜く間に力を溜める。
踏み込みと同時に半歩足りない切り上げを全力でスカし、軽減していた剣の重量を増やす。
重さに持っていかれ、私の身体はシロノの目の前上方に勢いよく打ち上げられた。
「自信があるなら受けて見な」
この後来る私からの攻撃に耐えきれると思ったのか、シロノは腰を落として腕をクロスする。
もしかしたら避けられるかも、と考えていたから素直に受けてくれるのはありがたい。
剣を一瞬だけ軽くして、飛んだ頂点で縦に一回転。
回った勢いのまま真っ二つに割る重撃をシロノに叩き込む。
一撃を腕に受け、シロノの足がくるぶしまで地面に沈んだ。
受けた衝撃が強いのかクロスした腕のまま動かない、しかしほぼ無傷。
こちらに勝利を確信した笑みを向けてくる。
勝利の余韻は、まだ早い。
少しだけめり込んだ剣を引き抜くと同時に、衝撃でまだ動けていないシロノの腕を起点に両足で踏み蹴る。
そして私は全身をバネにして後ろ上方へと飛んだ。
足の裏とシロノの腕を魔法糸で繋いだままで。
飛んで離れた状態から魔法糸を思いっきり縮め、シロノに向かって再加速する。
当然そんな事をされたシロノの腕は前に放り出され、埋まった足につまずき前につんのめる。
一瞬にして弾丸のような速さを得ると刀身の腹を足で挟み込み、剣先を頭に向けて突進した。
剣は眉間から入り後頭部へ抜ける。
貫いた勢いは止まらず、地面に深く刺さった。
「私が今まで重ねてきた経験は重かっただろう?」
調子に乗った事言ったけど蘇ったりしないよな?
念のため剣を引き抜いて首をはねる。
これだけやって生きてたらそれはもうアンデッドの類だな。
剣は付いた血を綺麗にしてから仕舞いたいので取りあえず地面に刺して置く。
今はマリーさんの容態を確認するのが先だ。
出てきた窓から入り、べリアの部屋を目指す。
今更だがこれだけうるさくしても誰かが来る気配が無い。
シロノはどこかのタイミングで他の人を無力化する何かをしていたのか?
急いで走れば部屋まではすぐだ。
部屋の中はまだ白く煙っており、窓を開けて空気を入れ替える。
地面に横たわっていたマリーさんの容態を触って確かめて、なんてことはしない。
まず液状の万能薬と上級ポーションをぶっかける、材料が貴重だとかそんなのは二の次だ。
次にベッドに運んでそこで初めて呼吸を確かめた。
息は……している。
これでようやく安心、という所でマリーさんが目を覚ました。
上半身を勢いよく起こし、こちらに顔を向ける。
効きが早い、マリーさんの回復力が高いだけかも。
「べリア様……? いえ、あなた何者?」
こちらを見て、すぐに訝しんだ。
一目見るだけで私がベリアじゃあ無いことが分かるってすごいな。
ああ、確か両目とも緑色になっているのだったか。
「おはようございますマリーさん」
仕事の時にしているお辞儀をする。
その姿をみて一拍、私の正体に気が付いたのか口を開けたまま固まっている。
なかなか察しが良い。
いま何を知りたいかは想像がつく、まずは結果を伝えて安心させた方がいいだろう。
「シロノは庭に転がしているので後で確認してください。ベリアは……その内戻ると思いますよ、多分」
この部屋に戻ってから魔力をぐるぐる揺らされて酔ったみたいになっている。
だんだん強くなっていてその内意識を失うだろうからその時に入れ替わる気がする、その旨を伝えた。
立っているのが辛くなって来たので椅子に座ってマリーさんと話す。
「すぐに戻るという事だけれど……べリア様は今後通常通りの生活しても大丈夫ということかしら」
「はい、べリアが体の調子を確かめていたときは元気だったので大丈夫だと思いますよ」
「そうですか、ではあなたは」
「しばらくはベリアの中で見守る形で、その内なんとかします」
なんとか、出来るよね?
私がベリアの体を動かしてからこの部屋に戻ってくるまでの出来事をマリーさんに話した。
シロノが起こした行動や目的も全部。
この後、館内の使用人の安否を確認して後片付けするようで。
「ああそうだ、マリーさん。さっき話した片手半剣ですけど」
「片付けの終わった後でどこかに保管しておけばいいのかしら?」
「いえ、べリアへの宿題にしようかと思いまして」
戦闘中は出さなかったが、剣に使っていた専用の鞘をテーブルに置く。
難しいだろうが、ベリア本人であっても努力をすればあの剣は使えるはずだ。
魔力を扱う宿題としては丁度いいノルマになってくれるだろう。
話していると大分時間も経つ。
もう目が霞んできて酔って寝そうな感覚。
吐き気は無くて気分がいいくらいだ。
「すみませんマリーさん、そろそろ……限界なので失礼します」
「べリア様を助けてくれてありがとう、次に会う時は明るい話をしたいわね」
「ええ、ではまた」
もう無理。
腕をまくらにテーブルに突っ伏して意識を……って最後にもう一つ。
「そうそうべリアの体ですけど、これからは生きる為に魔力を吸う必要は無くなりました。シロノから得た知識と個人の所感ですが――」




