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結論から言うと大丈夫じゃあ無かった。
数日後の朝、べリアを起こしていつも通り魔力を吸われていた時のこと。
べリアの髪を結んでいたリボンが真っ白に光りはじめる。
何が起こったのか分からずに見ていたが、リボンはその後すぐに光の泡になって消えてしまった。
「っ……うぐっ! ……はあっ、ああああぁあぁ」
急にべリアが苦しみ始める。
うずくまって自分の身体を抱え込み、震える姿に何を考えればいいか分からなくなってしまう。
いや、見ているだけじゃあ何も解決しないだろう。
まずはマリーさんを呼ばないと。
部屋を出て執務室に向かう。
廊下を走っていると向こう側から歩いてきたマリーさんと鉢合わせする。
「マリーさん、べリアが!」
マリーさんは私を見て異常を察知する。
廊下を走る私に注意もせずにべリアの部屋に走っていった。
私も急いで向かう。
私が部屋に入るとべリアはベッドに寝かされていた。
意識も失い、うなされてるのが痛々しい。
マリーさんがこちらに気が付き、問いかけてくる。
「どういう経緯でこうなったのか説明してもらえるかしら」
はっきり言って何が起こったかはよく分かっていない。
ただ魔力を吸っている間にリボンが消失していきなり苦しみ始めたことを話した。
私の説明が信じられなかったのかべリアの髪を触ってリボンを確認しようとする。
しかしその頭にはリボンは無く、その指は髪を梳くだけだ。
「べリアは大丈夫そうですか?」
私の言葉にマリーさんはハッとする。
すぐに気を取り直して私に指示を出して来た。
「私は協力者を呼んできます。あなたはべリア様を見ていなさい」
言うが早いか、部屋から出ていった。
見ていて、と言われてもそれ以上は出来そうにないのだが。
掛け布団もかけずにベッドに寝かされているべリアを見る。
苦しんでいるその顔には汗が浮き出ている。
濡らしたタオルで拭いてあげていると、時折身体が痛むのか激しく寝返りを打つ。
手をにぎにぎしているので握ってあげるとベッドに引っ張り込まれた。
そのまま抱き着いてきたので抱き返してあげると身体が震えているのが分かる。
咄嗟の事でどうすればいいか分からないからマリーさんに任せようと思っていたけど。
リボンを失った後に苦しみだしたって事は魔力が悪さしているってことだよね。
深呼吸をして意識を集中する。
私の魔力の波長をべリアに合わせて、今どれくらいの魔力があるか確かめる。
さっき吸われたばかりだがそれほど一気に多くとられた感覚は無い。
いつもの量に比べたら少し多いくらいかと思っていたが。
以前に測ったときと比べたらべリアの魔力が多すぎる。
どれくらいまで魔力を保有できるかは分からないが、予想していた数倍あってこの魔力量は異常だと感じる。
リボンが無くなったのはさっきだけど、実際にはもう少し前から機能を失っていたのかも。
まあ体調不良の原因は間違いなくこの異常な量の魔力だろう。
とにかくこれをどうにかしないと苦しみ続けることになる。
最悪は魔力が体を変異させて魔物化することも考えられる。
マリーさんを待つことは堅実な判断だとは思うが、出来ることはしてみようか。
やる必要のある事は単純、持っている保有魔力を減らす。
これが意外と難しい、蛇口のようにひねれば勝手に出ていく水とは違う。
使わずに維持したり、回復する分には手段はあるんだけどね。
まずはあやとりの時と同じ方法で試してみる。
魔力を合わせて糸を引き抜く応用で一気に抜き取れないか?
何度か試したが抜き取れないわけでは無い。
だが何度やっても微量過ぎてこの程度では埒が明かないな。
……少し危険を冒してみようか。
さっきまでは魔力をある程度合わせて操作するだけだった。
今度試みるのは私とべリアの波長を寸分たがわずぴったり重ねること。
自分の魔力と同様に操作できれば一気に私の方に魔力を移せるはずだ。
危険というのは一気に全部持って行ったり逆流してしまうとべリアの容体に関わってしまう訳だが。
その点はあまり心配していない、器用さが求められる細かい魔力操作は私なら十分可能だからだ。
べリアの心音を聞く、呼吸も合わせて波打つ魔力の動きに合わせていく。
べリアは私の背中に爪を立てて力一杯抱いてきている。
うまくいったら楽になるからもう少し我慢してくれよ。
わずかな波長のズレを微調整しながら合わせていき、……やっと合致した。
今の状態は魔力を完全に共有しているのでべリアの余分な魔力をいくらでも引き抜けるだろう。
だがこんな方法は一度も経験した事がない、念の為にゆっくりと確実にこちらに持っていく。
べリアの今持っている全体の魔力から数えて。一割、二割。
八割を超えてあと少し、もうちょっとでいつもの量まで落とせる。
移譲させる速度を徐々に落として最終的に大体九割ちょっと、これで終わりだ。
後は逆手順を踏み、私とべリアの魔力波長を徐々に別けていけば……?
ここで問題が発生した。
私とべリアの魔力波長が別れない。
ちょっとフェイントを入れてみたり周波数を変えてみてもぴったりとくっついてくる。
これってどうすればいいんだ、身体を無理やり離すか?
いや、今の状態でそんな事をすれば肉体にどんな影響があるか分からない。
身体がぼろぼろになるくらいならまだいい。
そうなってもポーションをぶっかければ回復はするだろうが、そもそも頭から持っていかれて意識が無くなっていたらそんな余地は無くなる。
やはり地道に何とかする方法を考えなければ、と思っていたときだ。
意識を向けていなかった自分の身体がおかしい。
抱き着いている姿勢のまま、ゆっくり慎重に腕を揺らす程度に確かめてみるとその原因が分かった。
私の腕とべリアの背中が癒着している。
いや、同化し始めているのか?
さすがに焦りが出てくる。
だが焦っても仕方ない、落ち着いて次をどうするか考えよう。
次の瞬間、自分の魔力が急に変化したのを感じた。
その原因が何かすぐに分かった。
さっきまでは私とべリアでお互いに魔力のタンクを持っているような状態だったが、今はそのタンクに値するものが一つしかなくなり、共有している。
ここまで来ると若干諦めが混じって来る。
同化が進んでいく。
一つの別な物に変わるというよりはべリアに持っていかれている感覚だ。
私に主導権が無さそうな感じからどちらかというと食われたといった表現が近いかもしれない。
身体の感覚、五感は普通に感じられる。
だがそれはもう私の物では無く、べリアが感じる肉体の感覚を拾っているように感じた。
意識が薄れていく感じは無い。
このまま私の肉体は無くなってもべリアの中で意識だけは残りそうだ。
だったら今は静観して出る方法を模索するなり、べリアの生活を楽しむなりしてみようかな。
まあ、そのうち何とかなるだろう。
いつの間にか寝ていたみたい。
さっきまで起きていて、何をしていたんだったかな?
目を瞑るとお姉さまの温かさが心にあふれてくる。
その心地よさに浸っていると私の部屋のドアが開けられた。
ノックも無しで入ってくるなんて、誰だろう?
「マリーと、……シロノおじさま?」
疲れて……いえ、焦った顔をしたマリーを見るのは滅多にない。
それにいつもの一式揃った白のスーツと帽子は特徴的で、顔がよく見えなくても誰かわかる。
シロノおじさまが私の部屋に来るなんて初めてじゃないかな?
いつもであれば応接室で対応する所だと思うのだけど。
「べリア様、ですよね?」
「マリー、何を言ってるの? シロノおじさまも呼んで、これから何かあるの?」
マリーは部屋にあった手鏡を持って私に渡して来た。
これで自分を見ればいいの?
「えっ……これは?」
鏡に映っている姿を見て言葉を失う。
髪留めはいつの間にか無くなっていて、ピンクのロングヘア―になっている。
しかし髪が光を反射している部分には青銀色が浮き上がっていた。
瞳の色は右が赤で左が緑色のオッドアイ。
ここでやっと自分の異常を感じた。
思わず立ち上がり自分の全体像を確認すると少し大人びている。
身長も140センチくらいで一気に年齢を重ねたような気分だ。
この髪と左の瞳の緑色、どこかで見た気がする。
「……お姉さまはどこ?」
イエーイ! ベリア聞いてるー? 今から君の大事な体の中で……。
はぁ……聞こえてないか。




