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インベントリから麻の布と裁縫セットを取り出す。
簡素な服を作るのに時間なんて掛からない、ごてごてした装飾や金属を縫い付けたりしないのですぐに終わらせられるだろう。
裁縫スキルから服とズボンの自動縫製を選んで使う。
手元は普段通り勝手に動き、ハサミを入れて縫い合わせること数分ですぐに完成した。
ベージュ単色で無地の上下、特に装飾も無くボタンを使わずに作り、裾をしぼったりしてないからダボっとして寝間着みたいになっている。
ついでに布を重ねて足を覆う靴も作った、布製の靴はカンフーシューズとして作れた。
スキルの自動生産をするといつもの疲労感がしたのでSP回復ポーションを飲む。
瓶をそこらに放りすてたら砂に変わった。
瓶の保存術式も中身が無くなったら崩壊する術式設定そのままで処分が楽で助かる。
服を着てベルト替わりの紐を腰に巻く、採取や小物を入れる袋とナイフは紛失していたのでインベントリに入っていたものを腰ひもに括り付ける。
土の道路に戻るとすっきりした気分になる、いや気分ではなく臭いがしていないのか。
悪臭を漂わせていた生き物だったものはただの溶けかけている毛玉の塊みたいになっていた。
触る気にはなれないのでそのまま放っておく。
空を見上げると太陽は南に上がっている。左手側の帰り道に向かい、町に戻ることにした。
レッドリーフの採取なんてインベントリの物を袋に詰めて提出すればいいんじゃないかな、面倒だし。
たゆ……たゆ……。
むう。
さり……さり……。
はあ。
歩いているうちに気にならなくなるかと思っていたけどやっぱりダメだ。
下着無しでこんなに胸が暴れるとは思わなかった。
今までは布を適当に巻き付けてたようだからそれくらいなら無くてもいいかな、なんて甘かった。
布を巻くのは圧迫感があって息苦しくなるから素直に下着を着けるか。
下着は着せ替えを楽しめるほど大量に持っている、だがインベントリ内から選ぶだけで着脱されてたからブラの着方なんてわからないぞ。
いや、母親がだるんだるんの胸を晒しながらブラを着けていたな? よく思い出せ。
木の陰に入り、上下を脱いで下着を取り出す。
白と水色の横縞でいいか、この模様は結構好きだったし。
えーと、ブラのホックをみぞおち辺りで止めて後ろにグルンと回す。
ストラップに腕を通して……微妙に捻じれてたりして微調整が面倒だ。
下も着けてっと、おおう。
この上半身が一体になった万能感、下を温めてくれるこの安心感。
やばい、この見えない戦闘服って感じにちょっとテンションあがるわ。
ついでに催して来たので出すものを出した。
水を出して洗い流した後、送風して乾かしたが何というか。
おっさんになって残尿していたから小の後拭いていたのを思い出して複雑な気持ちになった。
服を着なおしてさっきよりも気持ち足取り軽く歩いて行く。
歩いて町に戻りながら出来なくなったことが無いか確かめてみようか。
顔のかゆみに思わず拭ったら土でがさがさしていたので手から水を出して顔を洗った。
顔を洗うと全身汚れていたことが気になりだしたので、ついでに全身も洗う。
喉が渇いたので赤色の下級ポーションを飲んで喉を潤した。
赤い色なのに緑茶みたいな味がしておいしい、結構癖になりそうだ。
多分スキルや魔法はそのまま使えそうな気がする、まあ魔法はカヨウじゃ生産に必要な簡単なものしか使えないが。魔法ビルドのキャラなら空を飛んで高速戦闘とか出来て楽しかったんだけどなあ。
歩きながら横に見える樹林帯を覗き見ると小動物がちらほら見えている、木の枝にとまっている小鳥に向かって手のひら大の棒手裏剣を一本出して、手首のスナップだけで投擲した。
だが勢いが飛ばす勢いが弱かったのか鳥に刺さる寸前で飛んで避けられてしまった。
勘や反射神経が鋭いのか運がいいのか、それでもコントロールが鈍った感じはしないのでいざ使おうと思ったら十分実用できるだろう。
投擲した棒手裏剣どこいった? 回収はしなくていいか。
左右に蛇行している道路を歩いて行くと町が見えてきた。
柵や塀や堀等は無く、衛兵が立っていたりすることも無い。
家々の境界を越えた途端に草の生え方がまばらな荒地があり、その向こうがもう樹林帯だ。
切り株もちらほら見えているから切り出しているのだろうか、遠くからは木を叩く独特の音色が聞こえる。
町の中に熊やイノシシが入り込んだりしないのだろうか? 野生動物が入り込んで危ないと思うのだが。
まだ町の外周部しか見えていないのだが、家が崩れかけているのが放置されていたり家の形は残っていても一方の壁が無かったり。
日中は何か仕事をしているのか町の中を馬車が定期的に走っている。
歩いている人はまばらで主に女性が水瓶を運んでいるのが印象に残った。
まっすぐ町に入ると大通りになっているが道は未舗装で通りに面している家屋には店がちらほら入っている。
馬車を馬に繋いでいる前で言い合いをしているのは乗合馬車の乗り場だろうか。
屋台や露店は道路にせり出して出店せず、空き地や店内カウンターを使って雑多な物を出していた。
青果店の店前で椅子に座りながら腕組をしている仏頂面な強面の親父、ここでカヨウが安い野菜を買っていた記憶がある。私もそのうちお世話になるだろう。
ここまで来ると色々な生活のにおいがする、しかし馬糞なんかの排泄物のようなにおいが混じってしまっているのであまり嗅いでいたいものではないな。
歩くだけでちらちらと見える路地裏にはスライムが地面に落ちた有機物を求めて体を引きずっていた。
犬や猫が住むにはつらい環境だろうが町を綺麗にしてくれる分にはありがたい存在だと思う。
表通りでは比較的綺麗な町並みだが、少し中に入っていくと修繕されない家が残されたままにされている。
そこでは生活困窮者が適当に軒を借りて生活しているのだ、まあ私もそうなのだが。
で、ここはどこらへんにある町なんだろうか、町とだけ呼んでいて名前は聞いたことがない。
インベントリに入っていた地図で確認しようにも何も表示されないわけで。
ゲームで実装されていた街なんてきらびやかだったり整然としていたりと個性や統一感を出していた。
こんな雑多でどこか退廃的な雰囲気が漂う町なんて無かった、現実なんてこんなところがそこかしこにあるという事なのだろう。
正面方向に他の3倍程の大きさの建物が見えてきた。
カヨウの記憶通りならレッドリーフの採取依頼を受けたギルド、ということになるのだが。
馬小屋に壁を付けて改造したようないい加減の作りの建物だがこの施設は本当に信頼性があるのだろうか?
入るところには扉が付いていない、腕を伸ばしても届かないほど広く作られた入口をくぐると正面に女性の案内人がカウンターの向こうで書類整理をしていた。
「依頼物の提出をしたいのですが」
私が声をかけると、こちらを見ないままおざなりな態度で「そちらへどうぞ」と手だけで案内をされた。
なんというか、態度を気にしなければまるでハローワークだな。
案内されたカウンターには人がいなかったので手元のベルで呼びつける。
「はいはい、お名前を……どうぞ」
パーテーションの向こうから若い兄ちゃんが椅子に座りながらこちらを二度見する。
「カヨウです」と告げると、椅子の後ろにあった棚から書類を一枚引き出し、カウンターテーブルに必要書類を広げた後。
「ではここで確認するので提出してください」
私は軽くうなずき、腰の袋から25枚の半分ずつ重ねた葉っぱを出した。
枯れていたり乾燥・変色してないから大丈夫だろう。
目の前の男が受け取ると胸ポケットからルーペを取り出し鑑定していく。
手早く確認していくが、疑問の残るうめき声が聞こえてくる。
「あの、何か問題でも?」
「いや問題はないんだ、だけど次は葉の大きさをここまでそろえて摘んでくる必要はないからね」
そりゃゲームで採取したら一定の大きさの物しか取れないですし、なんて言えるはずも無く。
結果的にはだまってしまったが、そのうちカウンター下からトレイに載せてどうぞと渡してきた。
新聞紙の様な紙に包まれた20センチくらいのフランスパン1個と銅貨3枚。
レッドリーフが実質銅貨4枚か。
思わず鼻で笑いそうになってしまった。
お礼を言って受け取ったものを腰の袋にいれて、速やかに去る。
カヨウはこの生活が日常だから疑問にも思ってなかったようだが、あまりにも安すぎる。
下級ポーションの素材であるレッドリーフはまとまった枚数を買う時、リーフ1枚=銅貨1枚くらいのレートで値動きの起こらない取引材料だった。
ポーション以外にも中間素材としての需要もある、こんな安くはないはずで。
相当ぼったくられてるんだろうなあ。
外に出ると暗くなってきた。
裏路地に入り、記憶のままいつも寝ていた場所に行く。
屋根は立派、壁が崩れていて風通しのいい家の中に入りパンを食べる。
水のかわりに下級ポーションを飲んで空腹を満たしたあと眠くなってきたので横になった。