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とりあえずトイレの洗面台で顔を洗うも眠気と体のだるさは無くならない。
仕方ないので体力と精神力、両方回復するためにポーションを二種類飲む。
初めて栄養ドリンクを飲んだ時のような全能感が湧いてくる。
これだけ薬に頼っても後遺症が残らない辺りファンタジーって感じがするな。
体に残っている悪い気を吐き出すように小さく息を吐く。
さていきますかあ。
「それでこれから何を始めるんです?」
体調が万全な今ならなんだって出来るぞ。
マリーさんはこちらの顔色を見た後歩き出す。
「こっちよ、ついてきて」
そのままついて行くと一階執務室の部屋に入る。
部屋の中は人に見せる為のインテリアは無く質実剛健といったデザインになっている。
柔らかい絨毯の上をすすみ、執務机の方へ歩いていくと机の上はペンとインク壺が置いてあるだけで綺麗に片付いていた。
机の背後には書類の入った棚が整理されていて、把握していれば欲しい資料を取り出しやすくなっている。
わざわざここに来るって事は書類関係の仕事でも教わるという事だろうか。
だが執務室で作業することは無かった。
マリーさんは棚の資料を引き抜いては別の場所に差し込む。
何度か別の資料で同じことを繰り返すと小さい仕掛け音の後、棚が横にずれていく。
この家はゲーム特有のとんでも設計か何かですか?
「さあ、こっちよ」
この仕掛けには何も言及するつもりは無いらしい。
私に声をかけるとそのまま現れた通路に歩いて行く。
遅れない様に続くと、すぐ先は下り階段になっていた。
階段を下り始めた時に後ろから物音がしたので見ると棚が閉じていく。
この階段が真っ暗になるかと思ったがそうでもない。
壁に付いている手すりと段差部分に蛍光塗料のような発光体が淡く光っている。
外部の光が入ってきていないので畜光性があるようには思えない。
多分空気中の魔力を吸収して発光する塗料か苔のようなものだろうか。
前を見るとマリーさんの背中がうっすらと見えている。
階段の先には鉄の扉が威圧感を出していた。
地下で狭い通路という圧迫感もあり、息苦しさを感じる。
しかし開けられた扉は錆び付いたりしておらず、軽い調子で開いた。
中の部屋は通路とは違い、電気がついているような明るさだ。
部屋の中はシックな雰囲気で、そこそこ広い間取りの部屋になっている。
くつろげそうなソファや冷蔵庫のような箱が置いてあるリビングダイニングで生活感が感じられる。
テーブルの上には食べ掛けのおつまみや飲み切っていないコップなんかも置いてあって正直だらしないと思えた。
奥に見える扉は寝室に繋がっているのだろうか。
ここはマリーさんの私室ってことになるのかな。
「さて、始めましょうか」
マリーさんはテーブルの上を片付けて綺麗にしていく。
手伝おうかと申し出たが、お断りされて眺めることになった。
この部屋使うなら事前に片付ければよかったんじゃあないですかね?
座って部屋の調度を眺めているといつの間に奥の部屋に行っていたのか、まだ入ってない扉からマリーさんが出てきた。
その姿はいつものメイド姿とほぼ変わりない。
しかし顔には四角い下半分だけフレームの入った眼鏡が。
その手には馬上鞭が握られている。
前言撤回。
手でしなりを確認するその姿を変わりないと表現するには無理があるだろう。
ここまで用意されたら私が何をするか分からなくても、私が何をされるか想像がつく。
「あなたにはまず心構えと立ち居振る舞いが未熟と言わざるを得ないわ」
だからこれから矯正します、と言葉を続ける。
そこまで気合いを入れなくてもいいのに、とは思った。
私がこういった仕事で未熟をさらす事は分かっていたので教えてもらう必要はあったから、その努力を惜しむつもりはない。
「わかりました、お願いします」
といつもの調子で返事をしてしまう。
その直後、鞭が飛んできて私のお尻を叩いた。
んひぃ!?
いっ……痛くない?
「お願いする立場の台詞でありながら敬礼が会釈になっていて角度がわるい。手の位置と足の開きがなってません」
姿勢も悪いし、物腰が硬い。
いや言ってる事は分かるし直しますがその前に聞きたい。
「マリーさんすみません、その鞭で叩かれるとジンジンするだけで痛くないんですが……?」
ああこれ? とこちらに馬上鞭を見せつける。
一見何も変わったところは無いようだが。
「痛くしても心を閉ざすだけでしょう? これは叩けば叩くほど精神を興奮させる鞭なのですよ」
細かい仕様を聞いたらなるほど納得した。
べリアに吸精されるとそういう気持ちになってしまうのは仕方のない事だとか。
その為、万が一べリアを襲ったりしない様に自己を律する訓練として使う鞭らしい。
つまり、鞭を使った寸止めプレイが加速するということ。
下手な拷問よりきつい、痛いだけの方がよっぽどマシだと直感的に理解した。
そこからは地獄だった。
教わっている内容は多岐に渡り、そのたびに不満点があれば叩かれる。
顔以外叩かれていない場所など無く、精神的にもかなり追い詰められていた。
「はい、もっと歩調を柔らかく!」
歩き方が悪かったのか背中に鞭が振るわれる。
あっちょっと、ちゅうしょうてきぃ……っ!
身体に伝わる熱が限界を超えて少し痙攣してしまう。
膝に力が入らず、背が少し丸まっている。
「ちょっと抽象的じゃねーよ。情けない娘ね、だらしない姿勢しやがって」
落ち着くと、すぐさま例を見せられて同様に繰り返し慣らしていく。
続けていくうちに納得してもらえるくらいにはなったようだ。
熱が入ると性格変わる人はいるけどそれにしても口調悪くなりすぎじゃあないですか。
「呼吸を整えろ! 不満を顔に出すな!」
強い言葉を投げかけられても動揺はしてはならない。
少なくとも表には出してはいけない。
心の中で深呼吸する自分をイメージする。
「はい、ご指導頂きありがとうございます」
私のお辞儀をなめ回すように見ているのが分かる。
完全に神経が敏感になっているな。
「ふむ……よし、それでは次に移ります」
どうやら及第点はもらえたようだ。
多分、今の時点ではという但し書きが付きそうだが。
まだまだ続く。
さらに時間が経過した……はず。
長い時間教わっていたと思う。
衣擦れにすら意識をそらされてしまうくらい敏感になっている。
意識が霞むっていう程ではないが、おねだりしそうになる自分を抑えるので精一杯だった。
「そろそろ朝になります。あなたはこれから顔を洗ってべリア様を起こしに行きなさい」
もう朝か、一晩中続いていたとは。
「わかりました、それでは失礼します」
このかくし通路を裏から開ける方法を聞いて退室する。
その際も一片の気も緩めずに動くことが出来た、と思う。
洗面所に着くとまず顔を洗う。
マリーさんが言っていた通り時間はあまり無いのだろう。
この洗面所に来る途中の窓からは空が明るくなっていることが確認出来た。
魅了・混乱に有効なミント味の錠剤を口に入れて、ポーションで流し込む。
予想通り効果が現れて体の熱が引いてきた。
頭と体がすっきりしてくると気分も晴れてくる。
睡眠無しで頑張れなんて結構な無茶を言う人だ。
この身体じゃあなかったら三日もせずに倒れてしまうぞ。
さて行きますかと一歩踏み込んだが動きが止まる。
嗅覚も効くようになって来たので自分の汗の匂いがすごくなってる事に気づけた。
あわてて個室に入って服を脱ぎ、体を拭いて清める。
あの匂いのまま起こしに行けとかマリーさんは酷いこと言うねえ。
何か狙いがあって言ったのかもしれないが。
べリアの部屋に入る。
彼女は寝返りがすごく、頭と足の位置が逆転していた。
体をゆすって起こしてあげる。
「起きてくださいべリア様、もう朝ですよ」
寝ぼけたままのべリアが私に抱き着いて来て匂いを嗅いでくる。
事あるごとに匂いを気にする所を考えると、嗅覚に識別機能でも付いているのかな?
「さまはやあだ、べリアっていうの」
「はいべリア、朝だよー」
納得はしたものの機嫌がなおらずに唸りながら起き始める。
ベッドから降りてクローゼットに向かったかと思うと服をセットで持ってきた。
私に着せてほしいってことだよね。
寝間着を脱がせて服を着せてあげる。
お礼のつもりか私の口から吸精していく。
ここでやっと起きたのかべリアはにこやかに言った。
「おはよう、お姉さま」
「おはようございます、べリア」
そして今日も一日が始まる。




