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166 後顧の憂いを断つ

 翌日、早朝。

 昨日は別れを意識して盛り上がってしまったが、よく考えると出発の日時も確認していない。

 ファレンは情報を仕入れた、と言っていた。

 特別な諜報能力も無い娘が、目に見える形で情報に触れている。

 広告的な何かで宣伝している?


「今日も、ご苦労様です」


「お得意様ですからね! 今後ともご贔屓に!」


 ハーピーが飛び去っていく。

 転回した際に古い羽が数本抜けて、家の玄関先を汚す……あとで掃除するから良いけどね。

 飛び去った方向は町の中央部の方角、彼女の仕事はまだまだこれからだろう。

 うんうん、今日も良いパイスラを拝めた。

 一日の始まりは、こうでなくては。


 受け取ったのは、定期購読をしている国際紙のハーピーズ・ソニック。

 支払いは前払いの期間購読のみ受け付け、不在時はポストへ投函。

 彼女たちが情報や手紙を運び、地方に居ても世界の広さを感じる事が出来る。

 まあ、当然ながらワンテンポずれた情報にはなるのだが。

 それと、ソニックと名前がついているが、音速で飛べるハーピーはそれほど多くない。


 新聞を広げる。

 どれどれ。


 “将来を担う若者よ、来たれ!”

 三面記事の見出しに、目立つように記載されていた。

 家に戻り、椅子に座ってコーヒーを飲みながら読む。


「なるほどねー、人材育成して国力を上げる方策になるのかな」


「ん、なんのはなし」


「おはようスラ子、ブランドノワールの記事だよ」


 この世界では、基本的には師弟制度で技術や知識を継承している。

 各種ギルドでも、ある程度はレシピや口伝の形で知ることは出来る。

 でもそれは、表向きには誰が知っても良いモノであったり、一子相伝のような内容は含まれていない。


 世代が進むと、必ず起きる問題。

 失伝するのだ。マイナーな技術や知識が。

 そこで、メージャに技術を集約。

 次世代から見繕い、伝えようとしているのである。

 面白い試みだと思う。


 今回の魔法学園も、恐らくその流れの一端だろう。

 問題を挙げるとするなら、金かコネか天賦の才能が無いと入れない事くらいか。

 一般からの入学も認めて試し、それらの問題点を洗い出すのが目的かもしれない。


「と、そんな感じで広く宣伝している訳だね」


「へー、それじゃあ新らしく作られた学園なんだね」


 アーリャも途中から私の説明を聞いていた。

 洗練された授業などを受けるなら、数年経ってからの方が良いだろう。

 お店でいう所のプレオープンみたいな?


「ファレンは、それでも行きたいんだよね?」


 ファレンもテーブルに着き、朝食をかじっている。

 私も食べようっと。


 勉学だけなら私が教えられる。

 しかし、わざわざ遠くまで出向き、入学するのだ。

 単に面白そうだからか、それとも。


「箔を付けるなら、またとない機会だもの」


「まだ好きなの、ロストラータの事」


「そのために行く、他に理由は無いわ!」


 貴族の子息である、ロストラータが好きなのである。

 彼は、もう四十近くだろうか。

 まだ若々しいが、父親に似て精悍になった。

 未だ独身で、娘はそれを狙っている。

 この執念はアーリャの遺伝か?


 親のマトリックは狂乱病から快復後、色々な意味で元気になった。

 側室の現地妻と子も作り、後継者には困ってはいない。

 黙って側室を作った事で正妻と喧嘩になったようだが……。

 ロストラータは、そういった揉め事に嫌気が差して独り身のままで居るらしい。

 そこを、ファレンが狙おうとしているのだ。


 今回の学園に入りたいと言ったのは、必要な知識を得たいと考えたからだろう。

 まあ、私では貴族に関わる知識を教えることは出来ないから当然か。

 どこからも文句が出ないように努力を重ね、ロストラータを支えたいとの想いである。

 もうちょっと、直接的にアタックをしても良いと思うけどね。


「一緒になってから、ゆっくり学んで行けばいいのに」


「マトリカリア卿が許さないはずよ。下の者の娘と遊んでいるだけ、なんて言わせないわ」


 いやあ、私も錬金術ギルドの支部長なんですけどね?

 爵位がどうこうの世界から見たら、成り上がりの馬の骨と思われても仕方ないか。

 更に言うなら私本人では無く、その娘である。

 そう考えると、政略的にも理由は無いね。


 でも、マトリックはそんな事は気にしないから。

 そう何度も説明したが、どうも思考がハマって聞き入れてくれない。

 なので、やりたいようにやらせても良いかなあと。

 困った時に手助けしてあげればいいのだ。


「それでー? 入試は夏の終わりごろ、か」


 単に試験を受けに行くなら、ひと月後くらいに出発しても間に合うけど……。

 余裕を見て準備したいから、数日以内には出発したい。


「えー、畑の管理はゴーレムに任せても大丈夫だと思う。でも、アーリャの身の安全が気になります」


 ゴーレム関係の知識も、アーリャには伝え済み。

 二足歩行の物々しい奴では無く、自立行動するロボットアームのような見た目だけど。

 自動で水を撒いたり収穫するような利便性を上げる物だ。

 問題は、一人でここに残す事の方。


 思い付きで一緒に行くとは言ったが、対策は無いわけでは無い。

 呼ぶなら今でしょう。


「そこで、助っ人を用意したいと思います!」


「助っ人? スラ子ちゃんが分かれて残るんじゃなくて?」


 うむ、分体を残すことも出来る。

 しかし、私という魔力源が無いから、そのうち尽きて朽ちるのみよ。

 それでは意味が無い。


「ここだと呼べないので、表に出ようか」




「さて、呼ぶよ」


 片手を大きく上にあげる。

 そして、フィンガースナップと同時に!


「ウイセラァァァア!!」


 パチィン!


 良い音が鳴った。

 魔力による専用の回線が繋がり、ウイセラとは連絡を取れるようになった。

 これは、緊急時に駆けつけてもらう為の儀式である。


 声に、あらかじめ決めて置いた波長の魔力をのせ。

 フィンガースナップで、音の魔法を遠くまで飛ばす。


「来ないね?」


 ……春風の音が、柔らかい。

 雲も少なく、今日も陽気な一日になりそうだ。


「あ、あれ? 打ち合わせでは――」


「ドクター、うしろ」


「うし……うわっ!?」


 居るなら居るって言えよ!

 ウイセラは“やあ”と右手を上げて、ゆるゆるアピール。


「ウイセラ、随分と活躍しているみたいじゃあないか。いや、神使しんしのクマと呼ぶべきかな?」


“ウイをその名で呼ぶな”


「ごめんごめん。正確には、神が使わしたクマのぬいぐホッッ!?」


 無言の腹パン……!

 目に見えない速さの攻撃、見逃さなかったのはスラ子だけか。


 強い。

 見た目は全く変わらない着ぐるみスタイルのまま、なのに。

 以前よりも格段に強く、速くなっている。

 それに、漂う威圧感が半端では無い。


 ちなみにウイセラがキレた理由は単純で。

 クマじゃあ無く、ネコだろうと。

 そんな細かい事、気にする事無いのにね。


「久しぶり、ウイセラちゃん!」


「きゃー、かわいー! なにこれなにこれ!」


 アーリャとファレンがウイセラに抱き着く。

 すげー負けた気分になるのは、何でだろうね?


 ウイセラは二人をなでなでしながら、私に顔を向けて語り掛ける。

“子が出来ても変わってないのか、欲にまみれた肉壺ミルク工場め”

 強くなったけど、こいつも中身は変わってないな?

 あと、私が変わらないのは努力の末なので。

 変わってしまうような出来事を起こさない、その努力を欠かさないのは大変な事ですよ。


「それじゃあウイセラ。アーリャを残す事になるから、護ってくれないかな?」


 ウイセラは首を傾げ、よく分かっていない様子。

 そりゃあそうだ、全然説明になってないわ。


 呼んだ経緯を話すと、ウイセラはうんうんと数度うなずいた。

“任せると良い、ウイもたまにはゆっくりしたい”

 両腕を大げさに開き、アーリャとハグをする。

 え、もしかして、今までずっと修行を続けていたのか?


「ふぁー、ウイセラちゃんが一緒なら心強いよー。ユキちゃんがいない間、頑張ろうね!」


「あ、ちょ、シアママずるい! ファレンも欲しい!」


 よし、色々と準備を進めよう。

 早く家に戻らないと、ファレンにも作ってくれと言われてしまう。

 手持ちの資源にそんな余裕は無いから、話題を振られる前に退散。

 アーリャ、後は頑張ってファレンを説得してくれ!


「さて、スラ子から見てウイセラの強さはどんなもん?」


「いままでの、だれよりもつよい」


「直接、戦ったら勝てる?」


「まけはない……はず」


 はず、ですか。

 多分、手段を選ばずに何でもありなら私でも勝てるだろう。

 でもそれは、ウイセラが前と同じ武装のままだった場合の話。


 ウイセラは魔石を相当量、吸収しているはず。

 長い修行期間で、特殊な変質がなされている可能性がある。

 その場合、舐めていたら足を掬われるかもしれない。

 一応、敵に回った場合の対策でも練っておこうか。

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