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160 あとしまつ

 危険を冒してまで、侵入した理由。

 それはここにある、かもしれない。


「いやあ、参ったね」


 がっしょん、がっしょん。

 ごごごごご。


 鉄が溶け、紅い水を造成し、各種部品に変わる。

 コンベアーの終点には、最近見たことのある自動小銃が運ばれていた。

 天井は高く、空間が広いのか反響音がうるさい。

 空間内の全体が分からないほど広いから、ここが地下である事を忘れそうだ。


「スラ子、探査よろしく」


「おっけー」


 団子状の分体が相当数とびだし、黒虫のように分散していく。

 かなりキモイ。


「地下に大規模な工場とはねえ。相当数のラインが止まっているけど、故障かな」


 大きい、広い。

 しかし、一割も動いていない。


「ほかのライン、おかしをつくってたり」


「良いね。この土地はブドウが美味しいから、シャーベットに加工すると売れるんじゃあないかな」


 人の心を満たす工場なら、どれ程良かったことやら。

 まったく……あ、動いてない機械には錆びが浮いてる。


 よく見ると、部品が欠如しているラインが多い。

 ニコイチ修理で、動かせるものだけを稼働させているのだろうか。


「ドクター、こっち」


「早いね、ありがと」


「ほんき、だしてみました」


「えー? 本気なら、こんなものじゃあ無いでしょう」


「さあてね」


 案内されるまま、歩いて行く。

 防塵対策があまりされておらず、有害だと直感できるニオイが漂う。

 防護服も無しに十年も働けば、公害病になりそう。

 とても健康に良くない。




 目的地にたどり着くまで、数分も歩かされた。

 鉄骨階段を上り、コントロールルームと思われる場所に入る。

 各種ラインを操作する制御盤のある側の壁には、透明な窓が取り付けられている。

 ここから現場を見下ろせていたはずだが、窓は汚れで曇っていた。


 掃除すらまともにしていないのか?

 管理を頼まれていたメイドのタワラも、流石にここまでは入ってきていないのか。

 まあ、広すぎて個人でどうとか言う段階では無いだろうけど。


 逆側の壁には仕様書っぽい資料が詰まった棚が並んでいる。

 目的の資料が、ここにあるはずだけど。


「え、これから探す……までも無いか、これだわ」


 背表紙の文字は経年劣化でほとんど薄れ、ギリギリ読める程度。

 その中で、棚に刺さっていたファイルの一つがたまたま目についた。


 背表紙の文字は私なら読める。

 しかし、この世界の人は読めないだろう。

 そういう事だ。


「どういう事だよ」


「いきなり、どうしたの」


「あ、いや。ツッコミが入りそうだなあと考えてた」


「ふーん。それ、いっしょによんでいい?」


「もちろん」


 スラ子に読めるのだろうかと思ったけど、多分理解するだけなら出来そう。

 私が頭の中で考えを整理して、それを思考リンクしたスラ子が読み取れば良い。


 適当な所に座り、ファイルを開いて読み進める。

 ふむふむ。


「ほーん、なるへそ」


 大体、予想通りの内容。

 そして、最悪の内容だった。

 危険を冒してまで侵入した甲斐があった。

 異世界から来た奴の日記である。

 ハッキリ言って、中身は読むに堪えない。

 流し読みするくらいで丁度いいだろう。


 まあ、なんだ。要約すると。

 異世界に来て、近代兵器の知識を資本に国を造ったが。

 いい年になってから、人殺しの道具が罪深く感じてしまった。

 その半生の一部始終が書いてある。


「マジで内容が身勝手過ぎて、怒りが湧いてくるわ」


「これはひどい」


 最後には、こう締め括られている。


 これを読める者に頼みたい。

 工場を破壊して、これ以上悲しむ人を出さないようにして欲しい。

 このような人を殺すためだけの兵器を、この世界に持ち込むべきでは無かった。


 はあ。

 お前が始めた事だろうが。

 自分のケツを人に拭かせようとするなよ。

 何よりムカつくのが、私がコイツの尻拭いのために派遣された事実だよ。

 何で好き勝手やっていた奴の為に、こんな面倒な事をさせられないといけないのか。


「チッ、アンの本当の目的はこれか?」


「どうかな、あとできいてみれば?」


「聞きたくないなあ。どんな答えになっても、私のプラスにはならないだろうし」


 うん、やめておこう。

 こんな場所は無かった事にしてしまえば良い。


 アンに聞いたときの最悪な答えが「これからも過去の清算頑張ってね」と返ってくる事だ。

 私は保護責任者じゃあ無いっての。

 だからと言って、放置すると私の周りに被害が及ぶ可能性がある。

 考えるほど気分が悪くなる。

 まあ、その場で必要に応じて動けばいいや。

 知らないフリを通して、今後同じような話が舞い込まない様に気を付けよう。


「ほう……それが読めるのか。錬金術士殿は、考古学の知識も深いと見える」


「おや、マトリックさん。治りきってないんですから、休んでいた方が良いですよ?」


 入口に、カモマイル卿が立っていた。

 薬で寝ていたはずなのに……侵入警報のような物が作動したのだろうか。

 静かで冷静そうに見えるが、その心の内ではどう考えている事やら。


「屋敷に鼠が入り込んだらしくてな。うかうかと休んでも居られなかった」


「それは大変ですね。メイドのタワラに相談してみてはどうです? 彼女なら鼠の事に詳しいでしょう」


「それには及ばん」


 彼は懐に手を入れる。

 おもむろに取り出した拳銃をこちらに向け、何でもないかのように引き金を引いた。

 乾いた音が二回。


「外敵の駆除には慣れている……なに?」


 発砲先は、私の額と心臓。

 心臓はラバースーツに防がれた。

 そして、額の方は。


(ちょっと、スラ子。素通しで当たったんだけど?)


(だいじょうぶ、でしょ?)


 しゅるしゅると、私の額で弾丸が回転運動を続けた後、ぽとりと下に落ちる。

 てっきり、スラ子が薄い膜を眼前に張って防いでくれると思っていたのだが。

 これじゃあ平気だもーん、と煽れないじゃあないか。


「鼠の処理なら、毒物が有効ですよ」


 私に肉体系の状態異常は、ほぼ無意味だけどね。

 下に落ちた弾の残骸を拾う。

 徹甲弾か。


(額、怪我してない?)


(ぜんぜん、あかくもなってない)


 スラ子さあ、ほんとやってくれるね。相当前の話になるけど。

 大ダコを操って私の尻を叩いた時は、結構赤くなっていた。

 つまり、この拳銃とは比べ物にならない威力で叩いていた事になる。

 いやまあ、大ダコの質量と触手の速度を考えたらそれくらいの強さはあるだろうけど。

 あの時から、スラ子の言う耐久テストはされていた訳だ。


「化け物め」


 化け物とは失礼な。

 弾丸なんて、威力はそこそこの貫通攻撃でしかないだろうに。


 銃が強いのは、効率的に肉体を破壊できるから。

 クマにはクマ用の銃を、ゾウにはゾウ用の銃を使わないと火力が足りない訳で。

 では、この世界で運用するには?

 その常識の更新が、これを作った転移者には足りていなかったようだ。


「やはりおもちゃだったか、信用ならんな」


 そう言うと、マトリックは拳銃を放り捨てた。

 威力を出したいなら、腕を振って遠心力を掛けるとか。

 突き出して初速を上げれば傷くらいは付いたかもしれないけど。

 肉体や魔力体の能力補正を掛けられず、武器威力のみで攻撃する低火力銃ではこんなものだろう。


「化け物では無く、私はどこにでもいる可愛い美少女ですよ」


 どやーん。

 ……おいこらスラ子、溜め息を吐くんじゃあ無い。

 マトリックも苦笑いするんじゃあ無いよ。


「マトリックさん。この資料は、ちゃんと読んだのですか?」


 手に持った資料を、ぺしぺしと叩く。

 内容の悲惨さを知り、それでも工場を再稼働させたのなら。

 それは罪深い事ですよ。


「……解析中だが、それほど重要な書類でもあるまい」


 マトリックは、まるで傷の無い私を見て、それでも冷静に私の質問に答える。

 重要性を理解していなかったか。

 では今から説得したとして、納得してくれるだろうか。

 恐らく男爵の立場上、じゃあやめようとは言えないだろう。

 男爵個人が工場を見つけ、武器生産の開拓村を作ったとは考えにくい。

 戦争の道具である以上、もっと上の、主導する人物がいるはず。


 そして工場を動かす事だけを考えたら、確かに資料の中身は重要では無い。

 しかし、それは良く分からないけど利用できるからと動かしている事になる。

 作り手の反省を学ばずに二の舞を演じるようでは、悲しみが繰り返されるだけだ。

 やはり、ここはダメだな。


「スラ子」


「いいの?」


「良いの」


 唐突に。

 汚れで曇った窓に水滴が付き始めた。

 まるで、雨が降っているような。


「何……雨、か? ここで?」


 彼は疑問に感じ、窓の外を見て驚愕する。

 雨である事には違いない。

 ただし、降っているのは水では無く、スライムだ。


 天から降り注ぐものが、機械を滅ぼす。

 工場内の機械を貫き、溶かし尽くしていく。


「今、外には出ないでくださいね。しんでしまいますよ」


「何をしているのか、分かっているのか」


「異邦審問官ユキの権限において、当該を異邦兵器と断定、及び破壊を行っております」


 何も無ければ、ごめんねでお詫びを進呈していた所だけど。

 危ない物を見つけたうえで何もできないなら、そもそも侵入なんてする訳が無い。


 私は発言と同時に、異邦審問官を示す勲章をかざす。

 この紋所が目に入ったところで、知らないと思うけど。


「異邦審問官? まさか、そんな税金を無駄にしている組織が出張るとはな」


 あ、知ってたのね。


「需要があるから組織は存在するんですよ? ちなみに、証拠は私が今持っている資料で十分です」


 部屋の外の音が止んだ。

 いつの間にか窓は溶かされ、部屋の外が良く見える。

 そこから見える空間には金属の海が固まり、銀色の時間が停止している。


「ドクター、おわったよ」


「お疲れさま。マトリックさん、あなたが何を作っていたのか、分かっていたのですか?」


 今度は私が訊ねる番。

 少しの間、考えに耽っていたようで言葉が返ってこなかった。

 身体は鍛えられ、はっきりとした物言いをしている彼らしくない。

 拳銃で傷を負わせられなかったり、錬金術士がおかしな肩書を持っていたらそうもなるか。

 しばし待つ。

 そのうち落ち着き、返答をくれた。


「何を、か……うむ、戦争の道具だろう」


 理解した上で使っていたのか。

 うーん、正解だけど不十分。

 まあ、これは運用された末の歴史を知らないと想像するのは無理があるか。

 この案件には色々と問題はあるけど。


「最も問題となるのは、戦に関わらない一般人を虐殺するために使われてしまう事でしょうか」


「ふん、そんな事はありえない。その土地に居る者を殺して、得になるとでも?」


 侵略とは、土地そのものが欲しいからするわけでは無い。

 土地が生み出す鉱石や食料などの、生産物の利益欲しさに行われるものだ。

 その労力には人が必要で、現地の者を使うのが効率が良い。

 だから、あり得ないと言うのは理屈の上では正しい。


「その民間人が、奪った銃を手に持っていたら?」


「それは戦う意思のある者だ、死ぬ覚悟がある者だろう」


「もし、他国に侵攻したとして。持っているかどうか、見極める方法はあります?」


「……無い」


 これが、実力が結果にあらわれる武器なら問題にならないのだ。

 常に一定の殺傷力があるから、誰でも戦えてしまう。

 私が耐えられるのは例外で、一般人の皮膚なら容易に貫通できるだろう。


 クロスボウでも同じ事だが、あれは携帯性も殺傷力も有効射程も大きく劣る。

 武器を持っていたらすべてアウトなら、釘一本でも戦えると判断されるか?

 そうはならない、ターバンを巻いた子供じゃあないのだから。


「マトリックさんほど強ければ自制もきくでしょう。ですが攻撃しなければ殺されるかも、と思ってしまった末端の構成員は?」


 降伏を進めて来る人達が来ても、信じられるだろうか。

 降伏したと受け入れた人達を、信じられるだろうか。

 直前まで、家族や隣人を殺した相手かも知れないのに。

 特に、傭兵が絡むとヤバイ。

 国が主導しきれないならず者集団なので、民間への略奪を平気で行う。


 そうなると非戦闘員さえ立ち上がらざるを得なくなる。

 そして、もし一人でも立ち上がってしまえば、戦闘員との区別はなくなってしまうだろう。


「……だが、銃は村を守るために作られたものだ」


 お、論点のすり替えか?

 露骨な事をしますね。


「何のために戦う人を養成する冒険者ギルドがあると思っているんですか」


 少なくとも冒険者の存在意義は、戦争目的では無い。

 冒険者は外敵から人を守り、内部に暴走が起きないか監視している。

 表向きは。


 国とギルドは協力関係ではあるが、過度な癒着は認められていない。

 なによりも、個人の力に大きく差が出来る世界だ。

 権力が個人を抑える力に限界がある。

 ゆえに、政治にある程度の清廉さが求められる。

 ある程度の腐敗なら許しているらしいけど。


「今から集めても、狼から村を防衛出来るだけの冒険者は集まらないだろう」


「まあ、確かに時間は足りないでしょうね。その件に関しては、私に考えがあります」


 対案無くして破壊に出たわけじゃあ無いよ?


 話には出さなかったけど、工場の壊れていたラインには色々な物が作られていたようだ。

 資料にも書いてあったが。

 長距離ミサイルだの、クラスター爆弾だの。

 本当やりたい放題やりすぎ。

 自身が去った後の迷惑とか、想像出来なかったんですかね。


 ある程度の強さの魔物を相手にすると、私よりも耐久力の高い存在が当然のようにいるわけで。

 ここで造られていた物は弱者にしか向けられず、不幸をばら撒くだけだ。

 なので、平和利用と言う詭弁は通らないのである。


「それにしても、マトリックさん」


「どうした」


「拳銃を撃っただけで、まともに抵抗が無かったのが気になるんですが」


 怒り狂ったマトリックがムキムキになって立ちはだかると思っていたのに。

 現実は少し動揺があったものの、その後は冷静なままだった。


「うむ……戦争なぞ、現場を知らん奴がする事だ」


「はあ。あ、まさか、反対派だったのですか」


 そうじゃあ無いと、冷静なままである説明がつかない。

 ワシの野望を阻止しおってー! みたいな展開も予想していたからね。


「戦いは、直接殴り合ってこそ意味がある。立場上、管理を任されたが、このようなオモチャに意味を感じないな」


 自身が放り捨てた拳銃を見下し、何かを思っている。

 オモチャを通して、その先にいる誰かに意味を問いかけていたのかも。


「そうでしたか」


 拳で語り合う人が現実に存在するってマジ?

 脳筋すぎるだろ……漫画や小説じゃあないんだからさあ。


「元々、ここは古い遺跡から価値を見出した場所。劣化により壊れたと言い訳も出来る」


「個人のスライムに溶かされたと言おうものなら、認知機能を疑われかねませんからね」


 私が今までに確認した一般スライムは、鉄を溶かすのも相当な時間が掛かっていた。

 消化能力に限界があるからこそ、汚物処理としての利用にとどまっている。

 もし崩壊した理由を調査しても、常識的な考え方では正解に辿りつけないだろう。


 しかし、手の内を知られた事で、何かに利用されるかもしれない。

 だけどまあ、この結果をもたらした対価としては悪くないはず。

 そう思っておこう。


「む……そう考えると、益々事実を報告する気が無くなるな」


 すっかり本来の調子を取り戻し、考えをやめたのか、ニヤリと笑う。

 あ、この人は悪い人だ。

 そういう人だから男爵が村を開拓するなんて奇行が起きているのか。

 まあ、今回の件がお互いの秘密として処理できるからこそ、言い訳も立つのだろう。


 さて、帰って準備を始めないと。

 狼を駆除する案は、もう出来ている。

 しかし、それが本当に現実的か検討していこう。


(ドクター。さいごにひとつ、いいかな)


(どしたの、改まって)


(マトリック、ドンびきしてたよ)


(あれ、何か変な事言っちゃったかな)


(うん。ドクターに、はなしをあわせていただけ)


 あー、ピンと来たかも。

 マトリックから見たら、有用性に疑問のある物を私が必死に破壊していたのだ。

 しかも謎の説教付きである。


 うわ、そう考えるとちょっと恥ずかしいかも。

 怖くてまともに話すのは危険、とか思われてもおかしくない。

 どうも冷静さを欠いていたようで。

 この後、ちゃんと理解を得られるよう説明し直さないとね。


(そうじゃ、ないんだけど)


 それじゃあ何なの?

 聞いても答えは返ってこなかった。

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