159 ククク、あいつは最弱。
タワラは道を戻り、別れた。
この先にロストラータがいるらしい。
ここに来るまで横道は無く、一本道で数人並んで通れるほどの通路。
話していて気にしていなかったが、壁面はツルツルな石で造られている。
湿度の高さと、音の反響の度合い。
地下の、結構な深さまで来たのだろう。
「何やってるんだろう」
「さあ?」
ロストラータの放つ反響音が、こちらまで届く。
響く靴の音、何かがぶつかる音。
早くに気が付いたのも、結構うるさかったから。
もう、大分近づいている。
結構な距離を歩いたなあ。
脇道が無いと思っていたけど、扉が隠されていたのかも。
「やあ、ロストラータ。精が出るねえ」
「えらいぞー、がんばれー」
広い部屋に出た所に、彼は居た。
何のことは無い。
標的を相手に、模擬戦形式で鍛錬をしていただけだった。
持っている二本の短剣で、切り裂き、叩き壊す。
そりゃあ、うるさくもなるわ。
こちらに気付いているのか、彼は犬耳を動かして音を察知している。
「さて、それじゃあ先を急ごうか」
「そだねー」
邪魔にならない様、部屋の脇を通る。
部屋の半分ほどまで進み。
目の前に、ロストラータが跳び下りて来た。
「進ませない」
止められてしまった。
そのままスルー出来ると思ったのに。
「えー、どうしても?」
「ですね。それよりもその恰好、ふざけているのですか」
顔と耳が出ている状態で、他の部分は黒い全身ラバースーツ。
これでも大真面目なのに。
「恰好を指摘するんだ……顔が出たままで隠れてない事の方を言ってくるのかと思ってた」
「屋敷に侵入した時点で分かっていたので。それで、戻りますか?」
「戻る必要が無いからね」
「後悔しますよ」
しつこいなあ。
説得の仕方が中途半端なんだよね。
かと言って、不意打ちをしてくる訳でも無い。
ちなみに、私が彼を説得する選択肢は無い。
どう考えても不法侵入をしている私の言葉を聞き入れるとは思えない。
戻って、それから謝らないと許してはくれないだろう。
「はあ、この先に何があるか教えてくれたら考えるよ」
「村を守るための武器を作っています。もう一度言う、戻る気は?」
「無い」
多分そうだろうと思っていたけど。
彼の言葉を通りなら、ほぼ銃で決定かな?
そもそも、問われたからと答えていいのだろうか。
そんな事を考えていたら、反応が遅れた。
私の返答の後すぐ。
ロストラータが目の前に。
もふっとした犬耳が目に入る。
「およ?」
両手首に軽い衝撃。
そして、後ろで着地音。
振り向くと、ロストラータが手に何かを持っていた。
「ユキ支部長が強気で居られる理由……銅級でありながら、限定金の能力を行使出来る、その理由」
両手首に着けていたはずの金の腕輪を、彼はこちらに見せて来る。
あー、外すの忘れてた。
盗賊系の技能かな。
ラバースーツの下にある装飾品を奪えるの、やばくない?
理論上、下着も盗み放題では?
「この腕輪、でしょう?」
「あー。そうとも言えるし、そうでないとも言える」
どういう原理でラバースーツを貫通して盗めた?
検証に協力して欲しいけど……それは、またの機会かな。
「ふっ、誤魔化すのが下手ですね。でも、その強大な力を、ボクが!」
ワクワクした様子でロストラータは、自信の両手首に腕輪をはめる。
得体の知れないアイテムを、よくもまあ躊躇なく。
「先に訂正するね、私の実力は腕輪のおかげじゃあ無いから」
「負け惜しみ……ほぶ!?」
彼は急に倒れ、意識を失った。
あーあ。
じゃあなくて、早く助けないと。
「トラタ、ばかなの?」
「銅級を金級に上げるほどの魔道具に見えたんでしょう? 降って湧いた力に目がくらむのは、分からなくは無いかな」
そんな都合の良いアイテムなんて、早々あり得ないっての。
腕輪を外して、脈を確認。
少し動機が早いけど、命に別状は無いだろう。
代償の腕輪。
私が着けていた腕輪だが、効果は純粋な強化目的では無い。
全能力の低下、大半の状態異常に常時掛かり続ける、呪いとも言える装備。
その代わり、獲得経験量が増える。
最近、スラ子のドレインが強くなったせいで、経験量の戻しを意識する必要が出てきた。
なので、手っ取り早く腕輪を二個着けして、吸収量と釣り合いをとっていたのだ。
錬成の失敗があったり、精神的に不安定だったのもコレのせい。
私の場合は、その程度のデメリットしか受けないという事でもある。
「トラ太が掛かったのは睡眠効果と……弱毒効果かな? 放っておいても良いか」
うーん。
……あ!
「ダメだよ?」
「いや、何も言ってないんだけど」
「じー」
睨まれても困るし、わざわざ声に出されてもね?
……はあ、仕方ない。
諦めよう。
「戻る時に、時間があったら?」
「ダメ。ごういをえてから」
「チャンスは今だけしか無いと思うんだけどなー」
犬耳少年の睡眠逆レイプなんて、そう機会は無いだろうに。
そりゃあまあ、スラ子が擬態して演じてもらっても良いんだけど。
「これ以上、ここに居ても何かがある訳でも無いし、そろそろ進もう」
ロストラータが使っていた訓練場も、知っている人が見れば試射場だと分かる。
そうなると、この奥で“造られている武器”の事もロストラータは嘘を吐いてないと思える。
「結局、トラ太の立ち位置は分からず仕舞いか」
「しりたかった?」
「……割と、どうでも良いかも」
ここに居る理由、合理性を求めたくなっただけだ。
雇われていただけの可能性も十分にある、気にしても無意味かな。
代償の腕輪は……外したままで良いかな。
この先、何があるか分からないので、念のため。
「あー、腕輪を外したから身体軽いわあ」
今度からタイマン張る時に、おもむろに外して本気を出す振りでもしようかな。
強い奴が更なる強さを持っている演出、結構好きなんだよね。
まあ、遊んでないで最初から本気を出せと思うけど。
「つけてもいいよ、スラ子がフォローするから」
「いやいや、ラバースーツは一体型だから脱がないと着けられないし」
わざわざ着なおすのは面倒なので。
もう歩いて進んでますので。
変な機械音が聞こえますので。
「ドクター。かお、まもって」
「え?」
聞いた事を反射的に受け入れ、両腕で顔をガード。
腕の隙間から、天井に穴が開くのが見えた。
穴から、機械的な何かがぶら下がる。
あれは――
ズガガガガッ!
銃……オートタレットか。
対侵入者用と思われる、迎撃銃が私達を襲う。
派手な音を鳴らしながら、アバウトに弾をばら撒いている。
数秒ほどの斉射を終えた後、何事も無く天井に引っ込んでいった。
「あー、びっくりした」
ラバースーツに着弾したが、肌を指でつんつんする程度の衝撃しか伝わってこなかった。
そうそう、こういうのが普通なんだよ、こういうのが。
「スラ子さあ。もうちょっと、ツッコミの勢いを緩めたり出来ないの?」
いや、ほんと、マジで。屋敷に入る直前のだよ。
銃弾よりも威力の高いスライムつぶてとか、レバーブローとかさあ。
ラバースーツを余裕で貫通してくるとか、ありえないんですよね。
私じゃあ無ければ、何度死んでるか分からないよ。
「たいきゅうテスト」
「そう……もしかして私が危機に直面した時、その攻撃から耐えられるかもテストしていたとか?」
「かれをしり、おのれをしれば、ひゃくせんしてあやうからず」
「良い事言うねー。実際、私の能力がどの程度か、まだ掴み切れてないのはそうなんだけど」
客観的な能力の話ね。
戦力としては大したことは無いはずだけど、それは正面から戦った時の話。
やりようによっては、どうとでもなる。
……さっきのロストラータみたいなのは論外だけど。
「彼を知りよりも、彼女の尻の方に興味あるかな」
「はじをしれ」
「恥知らずの錬金術士なので。百戦しても勝つ方法はある」
ズルをしても良いのなら、だけどね。
手段を問わなくて良いのなら、ウィルス兵器だってばら撒いちゃうぞ。




