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150 幽霊屋敷に潜む影

「あ、そうか。納得した」


「なにが?」


「ほら、ドワーフのカールベルトさん。家が無い私達を泊めるの、渋っていたでしょう」


「うん、それで?」


「今から向かう現場、その家の被害と関係しているんじゃあないかと思って」


 狼に襲われて、凄惨な遺体が残されていたと聞いている。

 しかし、本当にそうだろうか?

 狼が玄関の外に現れ、はいどうぞと中に入れるか?

 見知った人が中に入り、殺し、たまたま狼が血の臭いに誘われて荒らしたのでは?

 そう思った人がいても、おかしくは無いだろう。

 その一人がカールベルトで、もしかして目の前の私たちが……と疑心に駆られた可能性。


「と、思ったんだけど。ありそうじゃあない?」


「ふかよみ、ダメ、ぜったい」


 えー。

 それなら辻褄が合うのに。

 まあ、妄想でしかないのは事実か。

 いつか、気になった時にでも聞いてみよう。


「それで、ここが例の家ねえ」


「なんか、ふつう」


 普通どころか、結構良い家だけどね。

 白塗りされた壁に、こじんまりとしているがおしゃれな植物庭園がある。

 いや、あったと表現するべきか。

 庭は荒れ、壁は苔むして、奥に見える耕作地は何が作られていたかが分からない。


「雰囲気あるね」


「こわくなった?」


「うーん、そうでも無いかな」


 霊的な物は分からないから怖いのであって、現実に存在しているのは違うような。

 黒虫のような、害虫に近い嫌悪感ならあるけど。


「まあ、とりあえず入ってみようか」


 少なくとも、外観からは何かが出入りしている様には見えない。

 もうゴーストは、どこかに行って居なくなったのでは?


 錆びて軋む蝶番の音を鳴らし、ドアを開ける。

 窓は閉めたまま、なのだろうか。

 薄暗く、家具は所々朽ちている。

 壁には穴が開いているのか、隙間から光が入っていた。

 早速、違和感。


「埃、積もってないね」


 家具を指で拭いても、埃がつかない。

 まるで、誰かが掃除しているような。


「いる。たぶん、みられてる」


 スラ子の答えが曖昧だ。

 何かを観測出来ているなら、半端な言い方はしないだろう。


「この時点で何かをしてこないなら、大したことは無さそうかな」


「ぬー」


 おや、スラ子がイライラするなんて珍しい。

 いつもは先に相手を感知する立場なだけに、一方的に見られる事が慣れないのかな。


 リビング、キッチンと見ていくが何もない。

 遺体は処理されているのだろうか、血などの痕跡は何もない。

 財産になりそうな物も、見た所なさそう。

 だが、残されている家具には気になる点が。

 銃痕が刻まれている。

 家の中に存在していた侵入者に使ったもの、と考えたい所だけど。


 残るは、寝室。

 そのドアの前に来ているが、もうすでに何か予感がする。

 皮膚を浸透して、身体の奥まで入り込むような寒気。


 予感ではなく、実感か。

 恐らく、出来るだけ変換効率の高い周囲の物を魔力に変えて、エネルギーにしている。

 妙に綺麗なのも、この場が肌寒いのも、そのせいだ。


 ノブに手を掛け、ゆっくりと捻る。

 鈍い音と共に開いていく。

 その音は、中に居る何か(・・)に知らせる鳴子なるこのよう。

 ベッドは骨組みだけ、シーツや毛布は無い。

 サイドテーブルもぼろぼろで、特筆するべき所は無い。


 ただ一つ、うずくまっている何者かを除いては。


 白いワンピース、長い髪。

 膝を抱えてしゃがみこみ、足の中に顔を埋めている。

 入って来た音が聞こえたはずだが、動く様子は見られない。

 女性だと思うけど……まさか、入り込んだ一般人?

 そんな訳は無いか、だけど一応。


 スマートパネルを取り出す。

 機能の一つに、魔法の不可視処理がある。

 使ってみると、あんのじょう映らなくなった。

 やはり、生き物では無いか。

 これで写真を撮ったら霊体を封印……そんな便利な機能は無い。


「あのー、ここは危ないですよ?」


 声を掛けると、ゆっくりと動きがあった。

 私が同じように声を掛けられたら、ビクっとする自信がある。

 つまり、私の存在を察知されていた事になるだろう。


 うつむいたまま、こちらに向く。

 部屋は薄暗く、顔は陰になり見えない。


「ねえ……ちょっと……いいかしら?」


「何でしょうか」


 返って来た女性の声は抑揚が無く、感情は読み取れない。

 横目でスラ子を見ても、そこまで警戒はしていないようだ。

 少し不安だった私の心を見透かされたのか、スラ子が僅かに微笑んでくれた。

 その様子に少し心強く感じる。


「ワタシ……」


 ゆっくりと顔を上げる。

 薄暗くとも分かる、白さ。


「……キレイ?」


 にいっと口角を上げた。

 真っ赤な口が、引き裂かれて、耳まで届きそうになっている。


 しかし、それだけ。それだけしか無い。

 口以外のパーツは無く、本来あるはずの場所は白く塗られている。

 ……口裂けお化け。


 歯は鋭く、頭を丸ごと噛み千切る事が出来そう。

 まずは浅く、一呼吸。


「ええ、綺麗ですよ。自信を持ってください」


 私の返答が不満だったのか、笑みが消える。


「嘘だ……ワタシがキレイなはずが無い……!」


 あ、少しだけイラっと来たかも、少しだけね。

 理不尽。

 人に答えを求める癖に、決まった答え以外は認められない。

 正しい答えだったとしても、相手は間違っていると言う前提だから否定する。

 端から他の人の言葉を信じられないなら、聞くな。


 自分が必ず正しく、相手は必ず間違っていると思い込む。

 会話を振りながら話を聞く気の無い奴は嫌いだ。


「そう、ソウ。オマエが居なくなれば、ワタシのほうが綺麗になる!」


「甘えるなッ!」


 言葉に魔力を載せ、瞬間的に相手の魔力を縛る。

 バインドボイス、上手くいった。


「……あ……?」


 一つ。人の話を聞かない非実体には、勢いで押し切るべし。

 相手のペースに乗るなんて、言語道断である。


「綺麗さの基準を人に委ねるな、自分が思う綺麗を極めろよ」


「だって……ダッテあの人がオマエの見た目が嫌だからって」


 私の話に耳を傾けたな? バカめ。

 被害者の噛み跡は狼では無く、コイツの仕業に見える。

 とっとと始末しても良いけど……。


 手袋を取り出し、はめる。


「だったら私が綺麗にしてやる。美しさの基準は変わる、今の流行りに合わせよう」


「キレイに、なれる?」


「今からするんだよ」


 女性の身体に触り、説得……いや、強制する。

 手を引き、椅子に座らせ、魔法で水鏡を目の前に展開した。


 おさらいをしよう。

 インベントリにアイテムを仕舞う際、半魔力半物質体に変化させて体内に取り込んでいる。

 これはアイテム側を主観とした場合、物体にも魔力体にも触れられることになる。


 この手袋も、その状態に変化させている。

 手袋を介する事で、触れないはずの非実体相手に直接触れる事が出来るのだ。

 しかし、注意は必要。

 相手の魔力に同調してしまうと、身体を素通しして、乗っ取られる危険がある。


「スラ子、逃げないように拘束して」


「うん」


 別に、ガッチガチに拘束する訳では無い。

 余計な動きをしないよう、顔周りを固定するだけ。


 彼女も逃げる様子は無い。

 半信半疑だろうけど……私がどうするのか興味がある、と言った所だろうか。


「まず、今の化粧を落とします」


 化生の化粧を落とす、なんちゃって。

 うん、少し余裕が出て来たかも。


 化粧落としを顔に……いや、これじゃあ足りないわ。

 厚塗りしすぎて仮面みたいになってる。


「化粧に浸透して、割る事は出来る?」


「それくらい、かんたん」


 パキっと。

 ならないはずの音を立てて、化粧が割れる。

 化粧の下から、彼女の顔が現れた。

 顔のパーツを隠すほどの厚塗りとか、まるで特殊メイクだな。


 皮膚は荒れ、しわが深く、とても人に見せられる顔では無い。

 まあ、そんな事を言ったら怒るだろうけど。

 まずは下地の回復か。


「このハケで回復薬を塗るね。スラ子、私に傷つけてみて」


 実際の効果を見せないと不安だろう。

 だから腕を出し、そこにスラ子の擬態した、一メートル近いノコギリ刃を腕に当てて。


 ……いやいやいや、そんなモノ使ったら断ち切れるだろう。

 思わず腕を引こうとしたが、既に固定されている。

 その後すぐ、思いっきり切り付けたように見えたが……薄い、切り傷があるだけだった。


 驚かせるなよ、全く。

 まあいい、そこに回復薬を掛ける事で瞬時に傷が塞がった。

 彼女に視線を送り、目で同意を得る。


「じゃあ、今から再生させるね」


 顔に塗っていくと、皺だらけだった顔が張りを取り戻していく。

 その顔は……なんだ、普通じゃあ無いか。

 少なくとも醜くは無い、しかし美しいと表現する事は出来ない普通さ。


 これなら、けばけばしい化粧なんて要らないだろう。

 基本を守って、彼女の魅力を引き立てる様に彩っていけばいい。

 化粧技術なんて使わないと思っていたけど、以前教えてくれたメイド(マリー)さんに感謝だな。


「終わったよ、見える?」


 身体を避けて、水鏡が見えるようにする。

 彼女は、鏡に吸い込まれそうなほど見入っている。


「コレが……今のキレイ?」


「うん。何だったら、外に行って周りの人に見せびらかしてみようか」


 私の技術が際立って良いとは言えないが、少なくともブサイクとは言われないはずだ。

 自画自賛するのは恥ずかしくなるが、綺麗を作れていると思う。


「ひつよう、無い。ナンカ、自信でてきた……カモ」


 彼女は閉まったままの窓に目を向ける。

 つられてそちらを見るが、特に何もなかった。

 何だったんだろう?

 視線を戻すと、彼女は消えていた。


「あれ、スラ子。彼女はどこに?」


「もう、いなくなったよ」


 魔力の感知能力に神経を集中するが、確かにいない。

 三人分の気配が、いつの間にか二人分になっていた。


 は?

 お礼も無しかよ。

 いや、勝手にやったのは事実だけどさあ。

 なにか、もっとこう、あるじゃん?


「いがいだった」


「何が?」


「ドクターがこんな、めんどうなことするなんて」


「……教会に恩を売るためでしょう?」


「そうだったね」


 確かに、適当に浄化させて司祭代行に嘘を吐くことも出来たけど。

 何だろうなあ。


 そう、自分が一番不幸だと疑わない考えにムカついていたのかも。

 世の中、もっと良い事もあるなんて綺麗ごとを言うつもりは無い。

 疑うべきは、まず自分だ。

 良い事も悪い事も、その先の最悪を想定する。

 そこから順序立てて解決方法を考える事で心の平穏を得て、未来がより楽しい物に変わるのだ。


 まあ、それが常に出来ていれば苦労はしないんですけどね。

 それに私の考えは、他の人の考え方を否定しかねないから誰かに言うつもりも無い。

 多様性の無い世の中なんて、面白くないからね。

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