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 部屋の空気が凍っているのがわかる。

 ついさっきドアが開く音は聞こえていた。

 私の背後からマリーさんが見ているのだと思う。

 だが私からは彼女の姿は見えない。


 実はいないんじゃあないか?

 一言何か言ってくれた方がこの私が感じている緊張感は無かったと思う。

 べリアだけはこの止まった空間の中で動いていた。

 命を繋ぐための口づけを続けるこの子を止める人は誰もいなかった。


 閉じられた口からは呼吸が出来ないので鼻から息をすると女の子の甘い匂いがする。

 べリアは吸収効率を高めようと舌を差し込んで口の中からも吸い取っていく。

 うぐっ、いちごみるくの甘い味が流れてきておいしいと感じてしまう。

 もう少し音を抑えてくれると変な気分にならずに済むんですがダメですよね。


 それは5分か10分か。

 あてにならない体感時間を感じつつもそれはやっと終わった。

 べリアがまたしようねと言うかのように舌で指切りげんまんをしてくる。

 終わりを惜しむように強い吸引をして離れた口からチュポッと高い音がした。

 まだ終わってないよとアピールするように離れつつある口との間に唾液の橋が架かる。

 急に焦燥感が湧いて唾液を寝間着の袖でぬぐった。

 やっと終わったかと思うと同時に運動後のような充足感を感じる。

 今気が付いたが、私の息は少し上がっているようだ。




 元気な笑顔でにっこりとするべリアと疲れた顔を見せる私。

 この場面だけならば姉が遊びで妹に振り回されているように見える。

 だがマリーさんは途中からずっと見ていたはずで。


 後ろを振り向くとあんのじょうマリーさんはこちらを見ていた。

 その顔はいつもと変わらずに微笑んでいる。


「それではべリア様、お勉強を始めましょうか」


 あれ?


「うん、わかった!」


 マリーさんまさかのスルー。

 べリアは勉強机に向き直り、教材をだして準備をしている。

 マリーさんも一緒に準備の手伝いをしながらこちらを向く。


「カヨウさんは身体がつらいでしょうからこの後は自室でお休みください」


 あっはい。

 ここまで何もなかったような対応をされると、さっきまでの事が嘘のようだ。

 取りあえず自室に戻れと言われた以上、ここに居ても勉強の邪魔だろう。

 入口で一礼した後、部屋を出る。

 部屋に戻る間に今はまだ朝が始まってすぐだがどうしようか考える。

 清掃の仕事を急にさぼる事になったけど、これはもう仕方ないと割り切る事にした。


 自室に戻ってドアを閉めると一つ溜め息。

 衝動的にふとももをこすり合わせる。

 へへ……きたぜ、ぬるりと……。


 昨日の夜ベッドの上にばら撒かれたパン屑は床に落としてあとで掃除する事にした。

 今着ている寝間着は汚れているので後で洗濯をすることにしよう。

 脱いで裸のまま布団の中に入り込む。






 時刻は昼過ぎ、ぬれタオルで体を清めて仕事着に着替える。

 窓を開けて空気の入れ替えをしながら吸われた力の補完の為に青色のポーションを飲む。

 ふう、と一服。

 地面に落としたゴミ屑をとらないと。

 塵取りと箒を持ってきて床を綺麗にする。


 今から何かをするにも中途半端なので絵本を読むことにする。

 もうこの絵本からでは文字の勉強の参考にはならないのだが。

 純粋に書いてある内容が好きだった。


『冒険者となった男と女王』

 まあ、ありふれた成り上がりの物語である。

 冒険者の男がドラゴンを倒して女王と結婚。

 そして王になって平和になりました。

 そこで終わればいいのに何故かその後、男が消えていなくなるでおしまい。


 絵本だから書いてある事も少なくて読み取れる内容もある程度推測になる。

 それでも普通は読み物なのだから平和になりましたで終わればよかったのにと思う。

 作者はどうしてその後を書いたのか?

 読んでくれた人とその後の話を膨らませて想像してね、ならまあいいのだが。

 もし私のように急に現れて、元の世界に帰ったからこういう結末になったのでは?

 そう考える余地があって興味がわくからこの絵本が好きなのだ。




 何回か読み返しながらあーでもないこーでもないと考えてるとノック音が聞こえた。

 ドアを開けるとマリーさんが立っている。


「あら、体調は大丈夫? 立っていることも辛そうに見えたのだけれど」


 そうでもない。

 むしろ胸の先がたってつら、いやそうじゃない。


「ええ、これでも体には自信があるんです。ところで」


 べリアの事を聞く。

 私から見れば放っておいてもあまり害はないが。

 普通の人があれだけ吸われたら命にかかわる人も出るかもしれない。

 どういう扱いで付き合えばいいかよく分からないからな。


「べリア様はここで預かっている方なのですが。私が許可した相手以外には手を出さないよういってあるのだけれど」


 理由は分からないが私のところに来たという。

 夜中においしそうな匂いを漂わせた私が悪いが、まあそれは言う必要は無いだろう。

 なんででしょうねえ。と誤魔化しつつ今後どうするか聞いてみた。


「あなたにお願いがあるの」


 改まってどうしたんですか。

 無理な内容で無ければ契約に無い事でも受けますよ?


「あの子の身の回りの世話をして欲しいのよ」


 それは侍女ってやつですよね。

 引き受けるつもりだが、これは聞く必要があるだろう。


「それって一般的なお世話の仕事ってことではないんですよね?」


さっき(・・・)のような事も業務の内、というよりそっちが主な理由ね。契約内容も上方修正させてもらうわ」


「わかりました、この話お引き受けします」


 どうせ断れないだろうし悪い話ではない。

 べリアは懐いてくれて可愛かったし私にとっては得しかない。

 マリーさんはこの話は終わったと次に進めた。


「では移動しましょう、荷物を持ってきなさい」


 え、部屋替えですか。

 せっかく掃除したのに。


「べリア様を夜中に抜け出す理由を作りたくないの、あなたの寝床はもう確保してあるから安心しなさい」


 という事で荷物をまとめて移動する。

 これからべリアの隣の部屋にでも住むのだろうなあと考えていたら。

 目の前には朝方みた扉がある。


「マリーさん、ここはべリア様の部屋では?」


「そうね」


 いや、そうねって。

 そういうことなんだろうけど。

 マリーさんの顔を伺うと少し不機嫌である気がした。

 やはり同じ部屋で寝泊まりさせるっていうのはマリーさんにとっては不服なのだろう。

 私も予想外で動揺を隠しきれない。


「えっと、普通こういった場合は隣の部屋とかドアを挟んだ準備室のような場所で寝泊まりするのでは」


 普通ってなんだよ。

 自分で言ってて普通はそんな状況はない事に気が付く。

 そういうのは侍女では無く乳母やシッターの仕事だろう。

 あ、勘違いしていたけど侍女じゃなくてシッターをやってくれって意味だったのか?


「べリア様と約束してしまったから仕方ないのよ、普段聞き分けが良くてもここぞという時は譲らないから」


 マリーさんが自分の髪を梳かしながら言う。

 それを納得していいかどうか複雑な気持ちという所だろうか。

 必要性から察するなら、吸精相手が今まで不十分だったからなのかな。


 気持ちの整理は出来たのか、いつもの雰囲気に戻ったマリーさんがべリアの部屋を開ける。

 私はまだ少し緊張している自覚はあるが、そこはさっき来た部屋だ。


「いらっしゃい、お姉さま!」


 部屋を開けたら抱き着いてきたべリアを抱き返したら自分の気持ちなんてどうでもよくなった。

 私が出来ることをすればいいだけの話。

 一頻りはしゃいだべリアを落ち着かせたら持ってきた荷物を片付ける。


「それで私はどこで寝ることになるんでしょうか」


 部屋の中には当然だがベッドは一つしかない。

 ここはべリアの部屋で他の人も寝られるようには作られていない。

 布団を下に敷いて寝るような文化でも無いし。

 と思っていたらべリアに手を引かれる。


「ここで一緒にねましょ」


 ベッドをよく見ると枕がもう一つ置いてある。

 引かれたままに任せると、引き倒されてベッドの上で一緒に横になった。

 ここで毎日一緒に寝ることになるのか……。

 もう決まったことなら仕方ないと割り切って諦めることにした。

 このままではべリアが眠ってしまいそうなのでマリーさんにアイコンタクトを取る。


「べリア様、これから午後の勉強がありますので起きてください」


 はーい、と起き上がったべリアが勉強机に着くのを見送るとマリーさんはこちらにも声をかける。


「あなたにはこれから覚えてもらう事が沢山あるので頑張ってくださいね」


 そりゃあそうですよね。

 一緒に寝泊まりして遊ぶだけではお世話したとは言えないですよね。

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