148 変わる生活、変わらない考え
翌朝。
隣のアーリャを起こさないようにベッドから抜け出す。
まだ外も暗く、夜は良く眠れなかった。
理由はいくつかあるけど。
一番は、夢の中でバインハウスの増築を続けていたから。
考える段階が楽しい。
蔦は天然の雨どいの役割をして、根が地下水を吸い上げる。
水回りは自由に使えて、汚水もスライムプールで処理できるから生活に不自由は無い。
だが、それは最低限の生活に焦点を当てた場合だ。
「スラ子、欲しい部屋はあったりする?」
「うん。スラ子のへや、ほしい」
あー、やっぱり最低限の部屋数だとダメだなあ。
スラ子に気を遣わせてしまったか。
「蔦が思ったよりも丈夫だと分かったから、上でも地下でも良いよ」
「それじゃ、ちかで」
一部、床を切り取って蔦を地下に伸ばす。
根があるから思ったよりも場所を取れなかったが、そこそこの広さはある。
階段から繋がる小さい準備室を一室だけ作り、あとはガランとした体育館だ。
「内装の注文は?」
「ぼうおん、たいきゅう」
「了解」
スラ子は純粋なプライベートルームとして使う訳では無いらしい。
主に気を付けるのは、模擬戦の用途として使った時。
蔦だけでは持たないので、壁に魔法金属と防音壁を張って耐久性を上げる。
念のために準備室に各種インフラも。
これで何かあった時に、籠城できる。
「これで大丈夫かな? 一度、壁に向かって思いっきり殴って見て」
「いいの?」
少し驚いた後、嬉しそうに壁に近づく。
嫌な予感。
あれ、もしかしてやっちゃいました?
スラ子は魔力の消費を抑えるためか、振りかぶる動作はまるで子供の様だ。
インパクトの瞬間、背筋に走る悪寒。
そして、鼓膜をつんざく轟音。
魔法金属を貫き、蔦を破壊し、土壁が見えている。
破壊力が極めて高く、余計な振動すら伝わってこない。
まるで、発泡スチロールに溶剤を掛けたように、防護壁はあっけない最期を迎えた。
「もっと、なんとかできない?」
スラ子は荒い鼻息で一呼吸という、無駄な器用さを見せる。
急に気になったけど、肺を擬態して使う意味はあるのだろうか?
「ああ……うん、ちょっと侮っていたわ。全体を作り直すから、アーリャとご飯食べて待ってて」
魔法金属を張った時点で、もう朝を過ぎていたはず。
これを更に頑丈に作り直したら、一日は掛かる。
うーん、一日で済むかな?
作業効率を上げるために、パネル状に作って組み上げるか。
魔道具化して癒着させて相互監視、壊れても再生できるように。
撤去の際も回収しやすくなるからそうしよう。
「ユキちゃーん、ご飯持ってきたよー」
「ありがと、そこに置いといてー」
準備室から、アーリャが声を掛けて来た。
そろそろ昼くらいかな?
集中すると腹時計が役に立たなくなるから、時間間隔が曖昧だ。
「ユキちゃーん、お仕事しましょー」
「……やっぱり、やらないとダメだよね?」
自分でも薄々気がついてはいた。
今やっているのは現実逃避だ。
優先すべき仕事は他にあり、錬金術を待っている人を考えると。
「今はこんな事をしている場合では無い、よね」
椅子に座って足を組み、アームレストに肘をついて拳に顎を乗せる。
うん、少し落ち着いた。
後はスラ子に任せようか。
もうパネル作りは終わって、張りつける所まで進んでいる。
「ダメだよ? もう、三日も篭ってるんだもん」
「うえ!? あ、そうなの? ごめんね、誰か来なかった?」
昼どころでは無かったでござる。
疲れない身体も、時間感覚の視点から考えたら良しあしだなあ。
「カモマイル卿の使いが来たから、申請書類出しておいたよ」
「わあ、ありがとうママ!」
「ママになるのはユキちゃんだからね、忘れないでね?」
声色は変わらない。
しかし、本能的に彼女の圧を感じる。
恐怖! 絶対種付けお姉さんと化したアリシア!
心配する事無いのにね。
それはそれとして、書類の手伝いは助かる。
「他に何かある?」
「営業する際には看板を掛けて欲しいって。分かりにくいから、ここ」
うん、急に生えてきた植物系の魔物の巣と思われても仕方ないからね。
まあ看板なんて、すぐに作れる。
あとは素材類の仕入れか。
ギルドから預かった種苗で畑を作って、足りないのは村中央部の市場で補充する形になるかな。
「足りない分をリストアップして、冒険者ギルドに依頼しないとだね」
「終わったら、スラ子ちゃんと依頼書を出しに行くよ」
「それで、そのスラ子は?」
「表に出て、馬を放しながら土を耕してた」
流石スラ子。
やって欲しい事を分かってらっしゃる。
「厩舎もその内、作って欲しいって」
「ああ、うん。それじゃあ、そっちが先かな」
「わたしは、お買い物に行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
厩舎は、以前に家を解体した時のレンガで作るのが早いかな?
間取りを考えながら地階から上がる。
玄関口まで戻ってくると、カールベルトさんが待合の椅子で待っていた。
「おう、ギルドマスター。遅い出勤だな!」
ガハハと笑いながら私に声を掛ける。
ギルドマスターか、嫌だなー。
責任ばかり押し付けられそうで、羨ましいと思った事が無い。
「やめてくださいよ、支部長かユキでお願いします」
「そうか、どっちでもいいけどよ。しかし、また偉いもん建てたなあ」
「いやあ、魔法って便利で良いですよね。そうだ、カールベルトさん」
「ん? なんだ?」
カールベルトは応えながら、ドワーフの立派な髭を整える。
待たせてしまっていたようだ。
空になっていたコップに飲み物を追加する。
「家の見た目に問題があれば遠慮なく言って下さい、忌憚のない意見って奴です」
「そうだな、魔物の巣かと思ったぞ。中は普通で拍子抜けしたな」
ある意味正しいけど。
私の作ったダンジョンみたいなものだ。
「あー、やっぱり営業所はカールベルトさんに建ててもらった方が良い、ですよねえ」
「いや? 良いんじゃねえか、ここで」
「でも、見ても分からなかったら人が来ないでしょう」
「知らせれば良いだろ、顔も建物も。どっちにしろ、営業は必要だからな」
確かに。
ここは村の中央部から外れた場所だ。
伝聞で広まるには少し遠く、他の人が来るのは何時になるか分からない。
錬金術ギルドからの委託業務である以上、村の人に顔見せする必要はあるだろう。
ただの自営業なら、人が来なくても生活できるから暇でも良かったんだけどなあ。
「あっ、先に聞いてすみませんでした。何か用事があって来たんですよね?」
「ああ、良いんだよ急いでる訳じゃねえから」
気を遣って貰えて、逆に申し訳なくなる。
私は私、公は公。
切り替えて行こう。
「それでよ? 酒を造ってくれねえかと思ってな」
「お酒……ですか? ぶどう酒があるでしょう」
この盆地には果樹園があり、ぶどうが作られている。
質はともかくワインくらいは作られているはずだけど。
アーリャが仕入れた情報にも、禁酒されてるような内容は見られなかった。
「そうだけどよ、他の酒が入って来ねえのよ。昔、錬金術で強い酒を造って貰った事を思い出してな」
「まあ、作れますよ。錬金釜の調子も見たいから、やってみましょうか」
ぶどう酒があるなら、ブランデーで良いかな。
蒸留器くらい作ればいいのに。
「すぐにでも作りますけど、見ます?」
「良いのか? 前に出会った奴は見せたがらなかったが」
「別に構いませんよ。簡単な錬金術なら、爆発する事も無いので」
「……爆発? ああ、いや。待ってるから、よろしくな」
カールベルトは急に焦りだして、椅子にかじりつく。
安全だって言ってるのに。
反応するエネルギーが高ければ高いほど、そりゃあ爆発する事もあるけど。
よほどの失敗をしない限り、そこまで酷い事にはならない。
そんな仕事が舞い込まないことを祈るばかりである。
待合室から奥に行き、隔離された部屋に入る。
爆発だけじゃあ無く、毒性のガスが出る事もある。
被害を出さないための処置は必要だ。
「さーて、すぐに終わらせようか」
錬金釜もいくつか種類がある。
人が隠れられる大きさの釜で少量の液体を扱うのは、魔力ロスも大きいし体力の無駄だ。
なので、今回は頭の大きさくらいの物を使う。
まあ、楽な物だ。
ワイン入れて―。
炎熱粉末入れてー。
ピュアウォーターを入れたら、魔力を流してぐるぐると。
出来たものを瓶に移して。
生命の水と言われた事もある、ブランデーの完成である。
「でっきまっしたー!」
「あん? 作り置きがあったのか」
「いやいや、こんなのすぐですから。試飲します?」
「おっ、分かってるな。それじゃ、貰うぞ……おう、これだ! あー、だが、もっと強くていいな」
注文が厳しい。
私も一口……確かに、ちょっと水っぽいかも?
加水の量では無く、ワインの成分を見誤ったか。
味も微妙な所。
まあ、これは熟成過程など、色々と省かれているから仕方ない。
「これじゃあ売れないですね」
「味が分かるのか? だがまあ、飲めないほどでは無いだろう」
「価値を付けるとしたら、おいくらくらい?」
「……ぶどう酒二本分で、これ一本だな」
素材を考えると、大きなマイナス。
やはり手順を踏んで、人力で造った方がコストも味も良い。
この辺りの相場も、周りと比較して考えて行かないとなあ。
「うーん。とりあえず、それは贈りますね。納得するものが出来た時に、お金を受け取ります」
「悪いな。今度、何かあった時に融通してやるよ」
「はい、その時はよろしくお願いしますね」
瓶に口をつけながらカールベルトは帰っていく。
そんな飲み方をしていたら、すぐに無くなると思うけど。
ふむん。
土地由来の素材特性を把握しないといけないのか。
今までは品質の安定した物ばかり取り扱っていたからなあ。
これは、ちょっと忙しくなりそうだね。
ちなみに、手持ちの素材を出す気は無い。
一度でも出せば、存在する物として頼られるのは目に見えている。




