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146 まだ早い系

 カモマイル男爵の屋敷に案内された。

 決して広いとは言えないが、内装は最低限の体裁を備えている。

 それを盆地とは言え、未開の山中に建てたのが凄いのだが。

 目を引いたのは、美しい装飾の施された柱時計くらいかな。


「こちらで、お待ちになっております」


 案内してくれた、先程のメイドさんがドアの横で待機する。

 澄ました顔をしているけど、たんこぶがホワイトブリムをずらしている。

 お菓子の件で、どれだけ怒られたのやら。


 それにしても。

 応接室で対応されると思っていたのに。

 まさか、執務室に案内されるとは。


「お客様が参られました」


 中から「入っていい」と返答が。

 待っていた間に着替えて置いた、錬金術士の正装の裾を踏まないよう注意して進む。


「マトリカリア・カモマイルだ。マトリックと呼んでくれ、敬称もいらん」


 でしょうね。

 挨拶には挨拶を。

 こちらも三人とも紹介を済ませ、マトリックの動向を見届ける。


「ふんッ! ふうッ、いや、済まない。見苦しい所を見せたな」


「いえ、急に伺ったのはこちらですので」


 筋トレしてた。

 上半身裸で。

 浅黒く、全身に古傷の残る筋肉が、闘いの歴史を物語っていた。

 マトリックは男くさい汗を拭きながら、水分の補給をする。


 中年の親父で、ハンマーでも振るっていた方が似合う。

 一目見て、声の調子を感じ、裏表のない人物だと信じられるタイプ。

 だが、私の直感を信じるなら普通の人だと思う。


「日課を途中で止めるのは性に合わんのでな。さて、錬金術士殿だったか」


「私の方は、ユキで良いですよ」


「そうか、ユキ。仕事の準備は?」


「ええ、まあ。場所があれば、すぐにでも」


「うむ。まずは、内容を詰めよう」


 フランクだなあ。

 もっと格式ばった手順を踏むと思っていたのに。

 こちらとしては、付き合いやすくて助かるが。

 さっきアーリャが言った「男爵にも色々ある」と言われたのを思い出す。

 仕事の内容では無く、性格の方が色々とはたまげた。


「ユキ、予定には入って無いが、これも頼めるか」


「えーと、こちらで拝見しても」


「この場で読んでくれ」


 渡された書類に目を通す。

 ……ふむ、ダメだな。


「申し訳ありません、これと……これは無理ですね。限定資格で認められている範囲を逸脱してます」


「やはりそうか。いや、良い。作れる範囲でも十分助かる」


「期限や品質は、調達できる素材次第になりますよ」


「ああ、構わん。それは出来を見てから判断する」


 いや、良いんだけどさ。

 いつまで上が裸のままなんだよ。

 いい加減服を着たらどうなんですかね?


 一通り話が終わり、マトリックの表情から緊張が抜ける。

 半裸のまま仕事の顔をしているから、違和感がすごかったな。


「それと、謝らなければならない事がある」


「はあ。いえ、会ったばかりで謝られる事なんて?」


「うむ……まあ、行ってみれば分かるだろう。困った事があれば、こいつを訪ねてくれ」


 言いながら、羊皮紙に何かを綴っていく。

 受け取ると、名前と詳しい場所への案内が書かれていた。

 困った事って何だよ。


「先に言っておく、到着が早かったな」


「ええ、馬が優秀だったようで」


 実際には馬車の改造も相まって、となる。

 だからどうした、とも言える。

 いや、はっきり言ってくれないかな。


「では、な。これより執務の続きに入る」


「お忙しい所、お邪魔しました。それでは失礼します」


 だから何なんだよ。

 礼を終え、退室する。

 何故かメイドさんがコショウを持って走り回っているのが目についた。




「あの様子、何だったんだろうね?」


「ほんと、申し訳なさそうだったよねー」


「いってみれば、わかる」


 行き先は、錬金術士の開業予定地だ。

 そこに行けば分かる、と言っていたけど。

 ……早かった?


 それとは別の問題。

 仕事で断った部分について。


「この原料は……うーん」


「どうしたの、ユキちゃん。やっぱり、お仕事受けるの?」


「いやあ、受けるつもりは無いけど。これ、スラ子とブラッドに、お願いする事になるかも」


「なに、どうしたの」


「黒色火薬に使うつもり、だと思うんだけど」


 自動小銃に使われるのは、基本的に無煙火薬の方だ。

 細かい事は省くが、黒色火薬を使うと自動小銃はすぐに傷んでしまう。

 ……実際に使った事があるわけでは無いから、確かな事とは言えないのがなんとも。


 耐久性の高い金属が使われていたとしたら話は変わるが、村で見たのは鉄製だった。

 単発式の銃なら黒色火薬でも納得できるが、知識が合っているなら、技術力がちぐはぐに感じる。

 決めつけるのは早いか。

 弾の火薬は別に調達している可能性もある。

 頼んできた素材も、たまたま……かもしれない。

 工事や採石用の爆破薬として使えたらしいし。

 いや、見知った形だから実銃だと思ったけど、本当は魔法銃だったのでは?

 そもそも、そこまで警戒する必要はあるのか?


 お偉いさんの嫉妬で派遣され、適当に異邦の存在を調査。

 錬金術士の仕事をして、後続に引き継いで帰れると思ったのに。


「だから、まあ。不確かだけど、情報収集に出てもらうかも? って事でお願い」


「そうなんだ? それじゃ、空いた時間に調べてみるね」


「まかせて」


 スラ子が馬の速度を緩める。

 指定された土地に着いた、ようだけど?


「えっ……ここ、だよね?」


「ちずみても、まちがいない」


「ふあー、これはこれは大変だね?」


 やばいわ。

 何も無い。

 文字通り、ただの更地。

 整地すらされておらず、雑草が生い茂っている。


「建物の基礎も、角材も見当たらないんですけど」


「うわー、来るのが早かったんだねー」


「ここを、キャンプちとする!」


 旅程予測二か月、実際には一か月。

 旅には想定外が付き物で、それを前提に予定を組んであるのかもしれない。

 つまり、本来であれば、三~四か月は掛けて来るはずだった?


 建築が予定通りにされるはずだとしたら、着工はこれからと。

 なるほど、来るのが早かった。


「野宿と断ずるにはまだ早い、案内状を書かれた所に向かおうよ」


「おっけー」


 再出発に馬が溜め息を吐いた気がする。

 ごめんね、もうちょっと頑張ってくれ。


「む。いがいと、ちかい」


 すぐそこの家が目的地だった。

 それでも百メートル近く離れている。

 今後も付近の土地が開発されないのなら、お隣さんになりそうだ。


 馬を降り、ノックをしようとして、少し躊躇う。

 まだ陽も高い、在宅しているのかな……?

 そんな下らない不安を一瞬で忘れる。

 どうも最近、想定とズレた事が多く起こって懐疑心が高まっている。

 気持ちを改めないと。


「どうもー、誰かいませんかー?」


 私の呼びかけに「おう! こっちだ!」と威勢のいい男の声が響く。

 野太い声だけで分かる、またガテン系だ。

 いやまあ、開拓に加わるヒョロい人なんて、そうはいないだろうけど。


 呼ばれた方向は裏口。

 ガレージの様に大きく開いた入口の奥で、その人は仕事をしていた。


「ん? どこの嬢ちゃんだ? 新しい移民の家族か?」


「ちょっと違います。隣で開業する予定の、錬金術士のユキです」


 スラ子、アーリャも紹介。

 おっさんはハゲだが、ヒゲは立派だ。

 違う、そうじゃあ無い。

 仕事道具を見ると、大工……それと、鍛冶もやってるのか。


 特筆すべきは、彼がドワーフであることか。

 まさに筋肉ダルマ。

 仕事場と汗が混じり特有の臭いを発して、とても不快である。


「俺はカールベルトだ、よろしくな!」


 何がおかしいのか、大きく笑う。

 その元気な姿を見せられると、気分も上向く。

 うん、良い人材だなあ。


「それで、早速ですけど。工房が、まだ無くてですね」


 工房どころか住む場所も無いのだが、細かい所はいいだろう。

 どうせ、この人に言った所で家が生えてくるわけでも無い。

 仮住まいの場所を案内してくれたら、それでいい。


「そうか、そうだな」


 うんうんと、自分で何かに納得しているカールベルト。

 頭をこっちに向けるんじゃあない、眩しいじゃあないか。


「他の仕事との兼ね合いもあるから、十日は後回しになる。何とかしてくれ」


「は? えっと、その……カールベルトさん?」


 上手く言葉を紡ぎだせない。

 何とかって何?


「余分な家屋なんぞ無くてなあ。まあ、雨を凌ぐ時には土間を貸すくらいなら良いんだが」


 頭をポリポリと掻き、ばつの悪そうな顔をする。

 ああ、はいはい。防犯上の理由ね。

 私でも見知らぬ人間を泊めるのは抵抗がある。


 そもそも特有の臭いがキツくて、ここで寝るのはしんどい。

 外の方がマシである。


「中央部に行っても、まだ宿も無い。よそ者を泊める時は、マトリックの所でお世話していたはずだ」


「では、マトリックさんの所に行けば?」


 たらいまわしかよ。

 いや、そうなら最初から泊めてくれるはず、だよね?


「奴は狼を狩りに出ると、これにも書いてある」


 私がマトリックから預かった羊皮紙に目を落とす。

 ふむ、つまり、マトリックは対応が面倒なのでカールベルトに任せたと、そう書いたのか。

 家を留守にしている間、人となりの不明瞭な自称錬金術士を泊めるのはリスクがあると。


 それにしても、狼を狩りに行くとは。

 あの当主様は武勲でのし上がった人なのだろうか。


「あー、はい、分かりました。こちらで何とかします」


 幸い、建築経験ならある。

 魔法を使ったズルい手法だが、背に腹は代えられないだろう。


「わりいな、出来るだけ早く仕事を進めるからよ」


「ええ、困った事があれば、また伺いますので」

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