135 暗いお仕事
「へへ……な? 思った通りだろ?」
「流石っスね、本当に警戒してないなんて」
泊まっている宿、その敷地内にある駐車場。
そこに、二人の男が居た。
月明りの下、私服で堂々と歩いている。
そいつらは、存在を隠す気は無いようだが、しかし周りには気を配っていた。
向かう先は錬金術ギルドの馬車。
正確には、その中にある荷物だろう。
「金級は緊急ってな。運ぶ素材も結構あったからな。全部捌いたら……そりゃおめえ」
「どんくらいするんスか?」
「三桁……いや、あの量だ。四桁はカタいだろ」
「えっ、銀貨で!?」
「バッカおめえ。そんなん金貨に決まってんだろうが」
「うほっ、こんな楽な仕事でそんなとか、やっぱまともな仕事なんてやってらんねっスね」
「だよなあ~。まー、それも無事に終えたら、だ。いつも通りやんぞ」
「ういっス」
私は口を大きく開けたまま。
スラ子が受信した音を私の声帯にリンクさせ、スピーカーのように鳴らしている。
内容は、今聞いた通り。
私の声帯を使っている以上、鳴る音が高く変化するのは仕方ないか。
……もう、口を閉じて良いよね?
「これさ、スラ子がやれば良くない?」
「おもしろかった」
あのさあ。
いや、今はそんな事を言ってる場合では無いな。
「聞いていた通り。それじゃあ、止めに行こうか」
犯人はやっぱり、というか。
町に入る時に関わった、二人の衛兵だった。
今は箱ごと持ち上げて、持って行こうとしている所。
念のため中身は避難して置いたから、急がないと間に合わない訳では無いけど。
分かっていて放っておくのも気持ちわるい。
「待って。ダメだよ、ユキちゃん」
「……え、何? どしたの?」
アーリャは隠ぺいのフードを被り、お仕事モードに切り替える。
うーむ、ブラッドと組んで仕事をする機会は多いけど。
いつ見ても、中性的な男の印象であることを強く押し付けられる。
「悪党どもが固まっている所を叩く、それが一番効率的……そうだろ?」
「ああ、やっぱりブラッドも来るんだね。まあ、そうしたいならそれで良いよ」
実力者が居るとは思えないし、強い奴がいても何とかできる。
出来なかったら、スラ子に任せるなり逃げるなり。
乱暴に扱われても、保管箱の中身は無い。
もし何かあっても、怪我に気を付ければ被害は無いだろう。
ふむ、ブラッドで来るのか。
じゃあ、私は黒ガラスで行こうかな。
「じゃ、ウィロー。また後でな」
着替えて宿を出て。
さあ、尾行しようかとした矢先。
「後で? 来ないのか?」
「ちょっと用事を済ませたら、すぐ向かうよ。それじゃあな」
セリフだけ置いて、行ってしまった。
まあ、その内来るだろう。
場所が分かったら、即突入せずに待てばいい。
スラ子から、魔力通信が入る。
(あいつら、ばしゃにのったよ)
(了解)
流石に手運びで持っては行かないか。
子スライムの視界を借りると、確かに。
今、馬車に積まれた状態で出発した所だ。
歩いて向かうと、いつ追い付けるか分からない。
今回も屋根上を跳ぶか。
(今回のジェイルアーマー、魔力消費はどう? ちゃんと減ってる?)
(かなり。これくらいなら、ながくうごける)
鎧の防御力を落として、運動性を上げた。
思っていたよりも、鎧に魔力が吸われていたので改良した……全体の性能は落ちているから、改悪か。
それによって、切った張ったをしなければ倍以上動けるように。
以前使った時にすぐ魔力切れを起こしたのは、余計な動きをして調子に乗ったのもある。
……そこまでして、この鎧に拘る必要があるか?
今度、抜本的な改善案でも考えるか。
尾行ではあるけど、見える場所に張りつく必要は無い。
適度に離れた状態で、つかず離れず。
結構な距離、進むなー。
「お待たせ!」
「お疲れ。で、なんの用だったの」
「憲兵を呼んだ」
「……それ、私達が行く必要あるのか?」
「末端とは言え、衛兵が犯罪に手を染めてるんだ。関連組織の腐敗で、御咎めなしになる可能性がある」
ああ、確かにそれはあるかも知れない。
だったら、猶更呼ぶ意味が……?
「それに、精霊からの伝言だ。ギルドの馬車を餌にして、食いついてくる奴らを潰して来いと」
結局、仕事かよ。初耳だぞ。
町に入る時の衛兵の対応から違和感を感じたが、世直しの為の餌にされてたとは。
伝えられてた目的すら、本命かどうか分からなくなってきたな。
逆に考えよう。
好きなようにやっていいのだと。
お、馬車が止まった。
詰所のような公的な場所って印象は無い。
事務系の営業所のような建物。
「へへ……早速開けて確かめようぜ!」
「そっスね!」
男が保管箱を開ける。
錠の付いて無い固定具を外し、中身を確かめた。
「見た事ねえ素材だが、まるで砂みてえだな。はーん、こんなのが高く売れるとはなあ?」
「……? 待つっス、砂粒状の中身なんて一瓶か二瓶くらいしか無かったはずっスよ!」
「あ? んだと!?」
瓶を開け、中身を机に出す。
粒をつまみ、においを嗅いだり水を掛けたり。
そこまでして、やっと気が付いた。
おせーよ。
あと、中身出すなって言ったよね?
それが危険物だったらどうするんだよ。
「すり替わってやがる! くそっ、一体何だってんだ!」
「何だってんだ、だと? それでは教えてやろうじゃあ無いか」
「誰だ! どこに居やがる!」
入口から、どーもです。
徒歩で入室。
突然の部外者に、男二人は懐からナイフを抜き放つ。
良い判断だ。
しかし、用心が足りないな。
「黒ガラスのウィロー」
「鮮烈のブラッドだ」
ゆったりとした私達の動作に警戒感を見せつつも、迂闊に動こうとはしなかった。
下っ端っぽい奴の方が、ハッとした顔をする。
「鮮烈の! それに黒ガラスって、最近話題になってる奴っスよ!」
「何!? それじゃこいつらが、公僕の暗殺者か!」
説明お疲れ様です。
つーか、離れた町でも名が知れてるのか。
裏方の仕事なのに、良いのかなー?
「お前たちが奪ったもの、返してもらうぜ?」
あ、ブラッドが話を進め始めた。
放って置いたら終わりそうだし、見てようっと。
「お、オレ達は何も取ってねえぞ! これだって! 中身はゴミしかねえし!」
「そっスよ! 誤解っス!」
「うるせえ! 箱を盗んでるじゃねえか! 仲間もいるんだろ、全員出して来いや!」
ブラッドさん、張り切ってますね。
「居ない……! 居るかよ! クソッ、逃げるぞ!」
「うっス!」
男達は裏口でもあるのか、私達とは逆側に走り出す。
二人だけで盗品を捌けるルートが確立出来ると考えられますか?
私には無理だな。
つまり、仲間が居ないと言っていたのは嘘と見て良いだろう。
「逃がすかよ!」
ブラッドが声と共にナイフを投げた。
足止めなのか、それとも怪我をさせて戦闘力を奪う為か。
意図はどうあれ、ナイフは二本共それぞれの背中に吸い込まれて。
あっ。
「ぐふっ!」
「ぐあ!」
根元深くまで刺さり、倒れて動かなくなってしまった。
あーあ、多分これ剛力の指輪を使ったまま投げたな。
生きてるかもしれないと思い、男達を診てみるが。
ダメだ、ご臨終です。
「ブラッドさん?」
「あ、いや。こいつらの運が悪かっただけだよ! きっとそうだ。うん、いやー、まいったなー」
そう言いながらも、焦った様子で倒れた男に触れる。
多分、血を操って記憶を探れないか確かめようとしているのだろう。
この場所で接触したのは、他にも仲間が居ないか確認したかったから。
あわよくば、わらわら出て来たり居場所を吐いたりしないかなあと。
(こいつらの仲間、近くにいる?)
(だれもいないよ)
ダメか。
うーん、それなら仕方ない。
ブラッドが血に干渉している間に、もう一人の死体を借りよう。
瓶の中身をじょぼじょぼ、と。
(それって)
(蘇生薬だね。それで、私の予想なら)
掛けおわって、しばらく経つが反応が無い。
やはり無理か。
私の様に魔力体が無事なら蘇るのだろう。
しかし、普通の生き物は肉体に致命的な損壊が起こった時点で、魔力体が霧散を始める。
復活の起点が無いから、蘇生出来ないのだ。
(スラ……ジェーンも気を付けてね。多分、私しか蘇生出来ないって事だろうから)
(わかった。でも、それなら)
(そうだねー。ブラッドの方が心配になるね)
危険な事をしているのに、保険が無い。
一応スラ子が守っているけど、それも万能では無い。
何かが起こりそうなら、その前に対処する癖をつけないと。
「ブラッド、もう諦めたら?」
「うぐっ、仕方ない。もう憲兵も来たみたいだ、そろそろ行こうか」
「ほいよー」
結局、末端の構成員に手を掛けただけか。
まあいい。
こういう結末になってしまうと、見せしめをするだけで抑止力になる、はず。
……なったらいいなあ。
これが、ただのチンピラなら指を折る程度で見逃してもよかったのだけど。
もしくは、盗んだのが私物の財布程度なら、ここまでする必要も無かった。
町を守る役目の衛兵が、その他大多数の命に危険を及ぼす犯罪をしないでほしいわ。




