134 名も興味ない町に、漂う不穏な空気感
旅の途中の中継地、その町の入口。
そこにはならず者や魔物が入り込まない様、歩哨が立っている。
町を守る、大事な役割だ。
この町も例外では無く、私達が入る際に当然の様に居た。
その横を通り過ぎようと……したのだが。
「おい、ちょっと待て」
呼び止められた瞬間。
あれ、こいつはオカシイなと感じた。
最近、強さを何となく感じ取れるようになった。
だからまあ、この歩哨もこれくらいかなと思っていたが。
何と説明したら良いのか。
属性……いや、性格が、闇のような……邪悪?
失礼にも直球で良いのなら、犯罪者の臭いがしたのだ。
「はい、何か?」
寄ってくる。
人数は二人。
確かに衛兵で間違い無いはずだけど、この違和感は気になる。
「……護衛は?」
えっ、護衛?
「そっちの御者、人型スライムが兼任してます」
護衛の件について、何も言われてないけど。
もしかしたら冒険者ギルドに依頼して、雇った方が良かったのかな。
「それだけ?」
「ええ」
男二人が顔を見合わせる。
アイコンタクトをした後、質問を続けた。
「何か気になるな……ギルドの馬車に、どうしてお貴族様が?」
あっ、これでもまだ私の服装は華美だったか。
誤解は解いておこう。
「いえ、この服は趣味で……どうぞ、ギルドから預かっている書類です」
「あ? んだよ、ちげーのか。えーと、銅級の……限定金資格? えっ、銅級で?」
限定資格は特定状況下でのみ、元資格以上の仕事を許されている証明書だ。
目の前の男が驚いたように、限定金のほとんどは銀級に与えられる権限。
私のような銅級に与えられるものでは無い。
それが、一般的な考え方だろう。
まあ、そんな実力があるなら、さっさと等級を上げられるはずだからね。
「ええと、責任者はそちらの女性?」
「いえ、わたしでは無く」
「私です」
見た目は子供だからね。
しかも華美な格好をして、錬金術が出来そうな容姿では無い。
「はあ……積み荷、確認しても?」
「どうぞ。はい、チェックリストどうぞ」
おい! と声を掛けられた部下が積み荷を確認する。
ガタガタ乱暴に扱って……丁寧に扱って欲しいね。
箱が歪む程度ならすぐに直せるとは言え、精密な道具もあるのに。
荷台から声が聞こえる。
――おーい、こっちの瓶詰はどうするっすかー!?
素材類か。
壊さないでくれよなー。
「中身、確認しても?」
「ダメです。空気と反応した煙を吸うと呼吸困難に陥ったり、水と混ざると爆発する危ないものがありますので」
扱いには十分な注意が必要になる薬品が多い。
金級指定されているのは、そういう事情もある。
「調査出来る、専門の方はいないんですか?」
「あー、常駐はしていないからなあ、今から呼ぶのも……。名前、お伺いしても?」
あ、これは手抜きするつもりだ。
別に私のせいにはならないから、良いけど。
「ユキです」
「担当は」
「水の精霊のアンダイン」
男は腰からスティック型の魔道具を取り出し、光を当てる。
そして、隠されていたマジックサインを読み取った。
なんか、こういう要所にハイテク感をチラつかせるよね。
「……合ってるな。行き先は、本当にウルフズピーク?」
「間違いありません」
二国間にある山間の開拓村。
狼の魔物が多く、人が住むには厳しいとされていた土地。
そこが行き先で合っている。
ただし、遠い。
「聞いたことが無いな……旅程は二か月程の予定? なあ、近隣の町から錬金術士を出さない理由は何だ?」
錬金術士が欲しいなら近くの町から人を寄越せば良い、そう言いたいのは分かる。
当然ながら、理由があるから私達が派遣されているのだ。
だけど、正直に答える必要は無い。
「さあ……? それはギルドに直接お願いします。ただ、限定金の仕事を求められているので、適当な人材が確保できなかったのかと察しはしますが」
表向きの理由はそうなる。
実際は、近隣の町では異邦審問官の都合がつかなかったのだろう。
そのカバーストーリーを演出する為の、限定金資格証明になる。
「あー、まあ、確かにそうだな。うん、良し。行っていいぞ」
「どうも……あっ、そーだそーだ、フロートソーダ」
「えっ、何?」
「通行許可を出した証明を書いてもらって良いですか? 他の人にまた聞かれても面倒なので」
「ん? ああ、どうしようかな……」
紙とペン、それと周りに気付かれない様、銀貨を袖の下に忍ばせる。
それに気づいた男が確認。
一瞬鼻息を強く吐き出し、口の端を釣り上げた。
「仕方ないな。なんの証明能力も無いが、それでも良いなら」
「ええ、書いてもらった事実があれば、それだけで説得材料になりますので」
サラサラと適当な文と名前を書いていく。
それを受け取ると、スラ子に進行指示を出した。
「それでは失礼しました」
「良い旅を」
会話の合間に、宿を紹介してもらった。
馬の世話と敷地内に駐車が出来る宿は助かる。
今日は、そこで泊まろうか。
町自体には、目立った特徴は無いなー。
走らせている馬車の中で、アーリャがほっぺをぐにぐにしてきた。
アーリャがしてくれたメイクが……と思ったら、全然落ちない。
この化粧、魔法効果が付与されてるのか。
音が聞こえる。
そちらを見ると、吟遊詩人が……奏でていた。
す、すごい。
とても人間業とは思えない。
ハープを弾く腕が四本に見えるほどの速弾き。
ロックでとんがった演奏が興味をそそる。
当然、銀貨をケースにシュート。
詩人は手を止め、こちらにウインクをした。
手を振って応える。
あ……見えたのではなく、本当に腕が四本あったのね。
「スラ子、チェックインして落ち着いたら見に行っていいよ?」
「うん、そうする」
見慣れない演奏技術に、スラ子がソワソワしていた。
あんまりわがまま言ってくれないから、動ける時は自由にしてもらわないとね。
ストレスを溜め込まれても困るし。
「で、アーリャ。さっきの衛兵なんだけど」
「あれは間違いなく悪い人達だよ?」
「あ、やっぱり」
どうにも私は実感できないけど、人を見る目は私よりもアーリャの方が上だ。
その彼女が言うんだから間違いないだろう。
「手を出してこない可能性は? ギルドを敵に回すような事はしないでしょう」
「甘いよ! ああいう人達は、リスクを見ないふりしてリターンだけで動くんだよ?」
うわあ、なんと言う偏見。
でもまあ、人を見て考えられるなら悪い事なんてするはずも無いか。
「来るとしたら、いつ」
「夜中かな? でも、今日来るのかは分からないよ」
「じゃあ、宿に着いたら作戦会議だね」
何の問題も無く、宿に到着。
ごく普通の二人部屋で、特筆すべき点は無い。
「と、言うわけで!」
「どういうわけ?」
ぶー、スラ子! 横やり禁止!
唐突だったのは事実だけど。
「アーリャには、どんな武具が合ってるかコンテスト~!」
ドンドンパフパフ。
久々に風魔法で効果音を鳴らしたな。
腕が鈍って無いようで、何より。
「えっ……もしかして、今から作るの?」
「いやいや、私が持っている物から選んでもらおうかと」
忘れたころにやってくる倉庫キャラ要素よ。
一線級は各職に、低級は都度買えば良かったから持っていない。
しかし、サブ武具となる二線級の物品なら色々あるのだ。
問題は、私もスラ子も装備条件を満たせないから腐らせていただけ。
もしかしたら、アーリャなら何かを有効活用できるかもしれない。
今が選ぶ良い機会だろう。
「じゃあねえ……。ブラッドで操作する人形が欲しい、かな?」
はいクソー。
血を操って使う能力だから、血管が通っている人形でしょう?
そんなピンポイントな物、ある訳ないじゃん。
「って、え? アーリャ、何も用意してきて無いの?」
戦闘になったら、本人の能力で対処しなければならない。
そんなに強い印象は無かったが、はて?
「うんっ、えへへ。これでも一対一なら、銀級冒険者と良い勝負できるんだよ!」
おー、腕を上げたなあ。
前まで、生身なら銅級と良い勝負だったのに。
……これって某SLGでいう所のボスチクだよなあ。
反撃しないボスを相手に攻撃を繰り返して、経験と魔力を取り入れている。
スラ子は明確にドレインしているから納得だけど、人相手でも戦力の引き上げ効果があるのか。
アーリャが私に惹かれたのも、そういう面が……いや、やめておこう、邪推は良くない。
でもまあ、その程度なら実力が足りないと言わざるを得ない。
敵なら厄介だけど、味方になると役立たずとか。
そんなお約束は守らなくても良いんだよ。
今のままなら、一切動かない方がマシまである。
でもなあ、納得いかないだろうから。
「これをはめて、しっくりくる魔力を流してみて」
「指輪? ……はめてみたけど、しっくりくる魔力ってどんな魔力?」
当然の疑問を投げかけてきたが、そういう他ない。
しかし、結果を確認するのは簡単だ。
「まあまあ、この銅貨を握り潰す気持ちで。そうそう、魔力の流し方を変えながらね」
何も言わずにやってくれた。
信じてくれるのは本当にありがたい。
この説明だと、納得いくまでやらずに文句を言う人も結構いるからね。
アーリャの握りこぶしが震える。
ぐっ……。
ぐぐぐっ!
ぐにゃ!
「わわっ、銅貨が曲がったよ!?」
「今の魔力の流し方を覚えてね。剛力の指輪、何のひねりも無い名前だけど」
アーリャは曲げた銅貨を戻そうと頑張っている。
しかし、指輪の効力を使えたのは偶然だったのか、戻すのに苦労している。
「スラ子も、つかえるの?」
「んー、まあ。使って見て」
スラ子が指にはめて……すぐに外した。
やはりダメか。
「これ、つかういみない」
「膂力が足されないで、一定の力で固定されるから。スラ子が使うと弱体化しちゃうかな」
「? ドクター、つかわないの」
「私は無理、必要最低限の筋力が足りて無いから」
「なんか、びみょうだね」
ある程度の実力まで底上げする指輪なのに、筋力要求を満たす必要がある謎の仕様。
確かに微妙だけど、ギリギリ使える筋力まで上げて装備すると効率が良かったりする。
効果を発揮している間は魔力を常時消費するから、その点でもスラ子には合わないだろう。
「ちなみに、他の効力を持つ指輪もあるよ」
「えっ、見せて見せて!」
「どうぞ、俊足の指輪だよ」
受け取ったアーリャが、指輪をはめて私に見せて来る。
いや、見てたから。
「じゃーん! これでわたしは更に強く!」
「なればいいねー」
「……? これ、どうしたら同時に使えるの?」
俊足の指輪はその名の通り、動きの早さを底上げできる。
アーリャも慣れてきたのか、剛力と俊足をそれぞれ使って見せている。
早さの向上は三割増しくらいだろうか、結構効果が高いね。
しかし問題は、別種の魔道具を同時に使おうとした時。
「そうだねー。手と足と口で、別の楽器と別の曲を同時に演奏するくらいの難しさかなー」
「なにそれ? 難しいの?」
あー、分かりにくいか。
えーと。
「右手で水の玉、左手に火の玉を作れる?」
一応、私が手本を見せてみる。
いやあ久々にやると、結構辛いわ。
「……ぐぬぬっ、むり!」
力を入れても無理だから。
制御能力と、意識の分割がどこまで出来るかだからね。
「二種の指輪を使うなら、この状態を維持しながら更に戦ったり他の事をしないとね」
「はー、難しいんだね。でも、ユキちゃんが手首に着けてるのって」
私の両手首に着けている、金色のブレスレットを目ざとく指摘する。
これも能力に関係する、大事な腕輪。
でもアーリャに渡した指輪とは、ちょっと違うんだよなー。
「同じ種類の同時使用なら、慣れると何とか活用できるようになるよ」
「ふーん。あれ……さっき、一定の力で固定されるって言ってたような?」
おっと。
嘘がばれてしまう。
「アーリャも出来れば良かったんだけどねー。で、どっちの指輪を使う?」
「両方着けたらダメなの?」
「多分、いざとなった時に間違った方を使うミスをするから、使わない方が良いよ」
「そんな事しないよ」
大丈夫、私が良くやるミスだから。
特に慣れない物は、危険。
だけど、意固地になり始めている人を説得するには、か。
「長時間の運用は危なくて……違う指輪を同時にはめたままだと、干渉して壊れるから」
嘘だけど。
そんなデメリットは無い。
「あ、そうなんだ。じゃあ、力が上がる方を借りるね」
「いや、プレゼントするよ。そのかわり、私が困ったときに助けてね」
「うん、もちろん!」
スラ子の視線が痛い。
騙した事を咎めているのか、それとも守る役目を取られまいと張り合っているのか。
だけど、気にすることは無い。
剛力の指輪で真っ先にする事なんて、分かり切っている。
これを使えば、割と無茶な態勢でも出来るようになるからね。
いやあ、男顔負けの力でどんな事をされるのか今から楽しみだわ。




