133 生意気エルフ王女が汚らわしいヒトにハメ撮りされる事になるなんて
「もうすぐ、まちにつくよ?」
こえが聞こえる。
だめー、もうちょっと。
「んぅー? やー」
「あっ、きゅってした。スラ子ちゃん、もうちょっとゆっくり出来ない?」
「しかたない。げんかいあるから、なんとかしてね」
まだアーリャと、いっしょに。
しあわせなきもち、じゃましないでー。
「ほら、ユキちゃん。起きてくれたら、ちゅーしてあげるから」
アーリャは、そう言いながらも馬車の振動に合わせて内臓を突きあげてくる。
もう何回目かも分からない、自然と溢れる私の声。
実は、もうほとんど起きている。
もうすぐ町か。
何日か野営を挟み、中継点となる町に着く。
このペースなら、目的地までは一月掛からないかも知れないなー。
「あー、さっぱりした」
馬車から降りて遠くを覗くと、確かに町の端が見える。
こんな近くで停車して、密輸品の整理でもしているのか、と思われてしまうかも。
「わたしも着替え終わったよ」
座席付近は、すごい惨状だった。
見られても誤魔化せるように、と服を着たままだったから被害も甚大。
服もインナーも靴もぐっちゃぐっちゃで、質量保存を無視した水量が溜まっていた。
まあ、魔法で出したものがほとんどだから、質量保存も何もあったものじゃあ無いんだけど。
スラ子は馬に水をあげている。
汚れている座席は綺麗になったかな?
「ミニミニお掃除ゴーレムくんV2は……まだ、時間が掛かりそうか」
埃を吸うのが限界だった初期型を改良したV2が、モップを持ってゴシゴシ頑張っている。
本当は自動清掃する魔道具を仕込んだりしたいのだけど、馬車は借り物だからね。
不便だけど、空いた時間をほうけて過ごすのもたまには良いだろう。
道路脇の大岩に腰かけて、青空を仰ぎ見る。
夕方には、まだ早い。
道程は順調だと思う。
「ねえ、アーリャ」
「どうしたの?」
「……実は、さあ、私。その、元々男だったんだよね」
「知ってるよ? 精霊さんから聞いてるもん」
はい?
びっくりしてアーリャの方を見るが、今更何をと言わんばかりの顔で返された。
国の方には報告してなかったのは確認していたけど、アーリャには伝えてたのね。
「それに、男の振りをしていたユキちゃん……ウィローと会ってるよ」
「ああ、そうだったっけ」
ブラッドと対峙はしたけど、あれを会ったとは言っていいのかどうか。
でも、なんか肩の力は抜けたかな。
説明しなくていいのは楽だし、不安要素が減ったと言うか。
腰かけていた大岩から降りる。
少し緊張してはいるけど、思ったほどじゃあないな。
すーっ、はーっ。
よし。
「アーリャ」
「なあに?」
「私と、人生を共に歩んでくれませんか」
今度はアーリャがびっくりした様子で。
それも、すぐに笑顔に変わった。
「はい、喜んで」
私に跳びついて、草原に押し倒される。
……背中にささる小石が痛い。
しかし、そんな事を言えない雰囲気。
「でも、どうして? ユキちゃんなら、半年くらいは掛かると思ってたのに」
あー、うん。
確かに、そう。
アーリャの言葉を受けて、まだ数日。
最初の中継点である町に入ってすらいない。
今までの私なら、こんなすぐには判断しなかった。
逃げようかと思った事もある。
「何かあって、後悔するかもしれないでしょう?」
「何かって、何も起こらないよ」
「はは……」
思わず乾いた笑いで返してしまう。
まあ、半分嘘だけど。
何となく直感してしまったのだ。
中途半端な関係が続くと、アーリャに命の危機が起こるかもしれないと。
助けたその後で、失いたくないとかそんな事を言ってしまう、劇的な展開が待つ可能性を。
他人は楽しいかもしれないが、本人からしてみれば全く楽しくない。
そんな事が起こる前に、先手を打って行こうと思ったのだ。
当然、気のせいだろう。でも、気になったのなら仕方ない。
名付けて、かもしれない人生!
だろう人生で、甘い見通しをするつもりは無い。
「うう、良かったわねアリシア」
「じぶんのきもちに、すなおになって、がんばった。かんどうした!」
イチャイチャし始めた私達を眺めながら、アンとスラ子が水を差す。
お前らな、そういうとこだぞ。
拍手しているだけのスラ子はともかく、お菓子を食べながら見世物にしているアンは酷いと思う。
「これからアーリャと良い所だったんですけど」
「そうね、それじゃあね」
アンが、唐突に消える。
スラ子、スマートパネルは!?
視界をリンクして、確かめる。
1カメ、2カメ、3カメ、全部撮影出来ている。
よしッ! 魔術痕跡から解析するのは苦労するだろうけど。
魔道具の形にして、魔法による短距離転移を使う足がかりにはなりそうだ。
ご祝儀かな?
あ、お掃除V2が機能停止してる。
馬車内の汚れはほとんど落ちているけど、エネルギー管理が甘かったか。
少なくなって来たら、自分で太陽を浴びに行って貰わないと。
「ねっ、ユキちゃん。こっちに着替えて」
渡されたのは、スカート?
まあ、いいけど。
で、穿いたのはいいけど。
「これ、動きにくくない?」
フィッシュテールスカートは、屋外には向かないと思う。
しかも、前がミニだから大きく動くと見えそうだ。
「ユキちゃんが、どこかへ勝手に行かない様に、だよ」
「えー、これでも落ち着きがある方だと思うんだけどなあ。ふむん……?」
上は胸の中央が開いている服のまま。
上下の服のバランスは取れている……はず。
しかし、自分の姿を見ていると、何かが足りていない。
そうか。
成長薬を頭に掛ける。
すると、ショートだった金色の髪がみるみる伸びてきた。
あー、頭がかゆい。
掛け過ぎたかも、髪先が地面に触れてるし。
「スラ子、ごめん。髪、ちょっと整えてくれない?」
「いいよー」
ロングサテングローブを着けて。
高魔法抵抗を発動するための魔力条件が足りないから肥やしになっていた……ああ、あったあった。
ティアラをのせて。
長く伸びた髪は、スラ子がゆるふわに仕上げてくれた。
「メイクもしてあげるね」
「あ、うん。ありがとう」
必要か? とは思ったけど、任せる。
あとは、グロースバトンを伸ばしてステッキ代わりにしたら完成。
「どう? 素敵でしょう」
ステッキだけに。
……はい。
「きゃー、かわいー! ユキちゃん、エルフの王女様みたい!」
おっ、ユキの王女編始まったな。
これから時間内にクリアしなければゲームオーバーだよ。
「汚らわしいヒトが我に触れる事など許さんのじゃ! 控えおろう!」
「そのご、なまいきなエルフはヒトにおそわれて……」
おいスラ子、余計な事言うな。
ほらー! アーリャの雰囲気がおかしくなったじゃあ無いか!
目が鋭い訳でも無ければ、舌なめずりもしてない。
しかし、明らかに性的な目で見ているのを本能的に理解した。
これじゃあ、すぐに攻略されてしまうな。
かくして、ユキの王女はヒトの嫁にされてしまうのでした。
「あの……アーリャ?」
「……はっ! あ、その、だって……ね?」
ね? じゃあ無いよ。
股間を抑えるな! 今は着けて無いから気にする必要が無いだろ!
だけど、こんな格好のまま、そんな事されたら……。
うん、まあ楽しみにして置こう。
「ユキちゃん、そのまま行こうよ」
「だーめ」
「えー、どうして?」
「王族を騙るのは死罪でしょう」
少なくとも、ティアラは外さないと。
他の衣装は旅装をしていれば、コスプレ程度に見られるだけで済むだろうけど。
「キラキラしていて、可愛かったのに」
「誰にも見られない所なら良いよ。我慢してくれたら、いつでも見せてあげるから」
「絶対だよ」
アーリャから手を差し出された。
私も手をのせてエスコートしてもらう。
……いや、身長差が激しくて母娘にしか見えないわ。
「それじゃあ出発しようか」
「いつでも、いけるよ」
そうだ、馬にもヨロシク言っておかないと。
あとちょっとだから、頑張ってくれよなー。
「うえっ」
ぱくっと。
また、頭から甘噛み。
コイツ、私の魔力を舐め取ろうとしてるのか?
良いセンスをしているな。
そのうち、優れた直感を頼りにする日が来るかもなあ。




