132 答えの無い問題は難しい
「うぐ……ぬー、負けた気分だ」
「しかたない」
「これじゃ、ダメなの?」
ゴムタイヤの代用を考えていたが、全く思いつかなかった。
知らないのは比率だけで、使う素材は分かっている。
なので、それっぽいタイヤを車輪に着け終わったところ。
最初は一日、二日で割れたりするはず。
しばらくは研究し続けないと。
じゃないと、急に破損して馬車がバランスを崩し、馬に負担が……?
「あ、そうだ。今更だけど、馬一頭だけで馬車を引けるものなの?」
すでに引いてもらっている後で言うのも、おかしな話だけど。
旅の間バテずに、ずっと引き続けられるのだろうか。
錬金術に使う道具は、重量が嵩む物が多い。
人も乗り込んでいるのだから、最低でも二頭立てで運用するものでは?
それだって整備された道が前提か。
荒れ気味の土道路なら四頭は要りそうなもの。
この疑問には、アーリャが答える。
「きちんと調教を受けた馬だから、とっても強いんだよ!」
アーリャが馬の首元を撫でると、馬も目を細めてアーリャに頬ずりする。
微妙に説明になって無い、強いからセーフ理論はブラックな何かを感じる。
しかし、ピンと来た。
強さの恩恵は、別に人だけが受けているわけでは無い。
この馬も、そう。
単純に筋力を鍛えただけでは無く、強さが底上げされるだけの経験を積んできたのか。
「今まで頑張って来たんだね、これからよろしくね」
私も馬に近づいて、撫でようと。
しかし。
ぱくっ。
頭ごと甘噛みされて、はむはむされる。
うぇ、くっさ。
「こーらっ、ダメ!」
アーリャがぐいぐいと、手綱を引っ張って止めさせている……はず。
口の中からじゃあ、見えないけど。
生暖かい空気から解放されて、外の世界を満喫する。
スラ子が頭に被さって、よだれを落としてくれた。
それをするなら、馬が噛んで来るのを止めてくれよ……。
「はあ……スラ子、もう少しで終わりそう?」
「いつでもいけるよ」
力仕事になるパーツの取り付けは、スラ子にすべて頼っていた。
それが終わったのなら、出発しても良いだろう。
「じゃあ、馬車の様子を見ながら進もうか」
「おー」
「おー」
「それで。ローズさんには、言ってから来たの?」
馬車の改造が落ち着いたので、乗り心地を試しながら進んでいる。
そろそろ、本格的に進もうかと決めた矢先。
隣に座るアーリャに本題を切り出した。
「ママ? うん、ちゃんと話し合って、それから来たよ」
「友達にも?」
「うんうん、頑張れーって」
ローズさんのお店に厄介になっていた時も、たまにアーリャの友人が訪ねて来ていた。
まあ、私がオモチャにされた記憶しかない。
「それに、今から帰れって言われても、三日は掛かるよ? 一人で帰るなんて、嫌だよ」
「う……でも、ほら。困った人を助けたいとか、言ってたでしょう」
「ユキちゃん」
「?」
「ずっと、困ったままでしょ? それに最初、言ったよね? なんか、放っておけないって」
今、この状況の事では無く、困ったまま?
あまり自覚は無いけど……。
それと、放っておけないって言葉は、私に近づくための嘘じゃあ無かったのか。
そこまで考えたうえで、私について来てくれるなんて。
ちょっと……いや、大分嬉しいかも。
「一番は、ユキちゃんとの約束を守ってもらおうかなって」
「約束……? 何かしていたかなあ」
「わたしの、子供を産んでくれるって」
「……は?」
嬉しさに綻んでいた表情筋が、一気に冷え込む。
何言ってんだこいつ。
しかし、腰に走る一瞬の悪寒。
それにプラスして、湧き上がる幸福感。
ない交ぜになった感情に、少しだけ混乱する。
「ほら、これにも」
スマートパネルね。
さっき真剣に見ていていたのは、これが原因か。
問題となる、該当のシーンを見せられる。
うっわ、私こんな顔してたのか。
完全にメスの顔じゃん、すっごい恥ずかしいわ。
「ね? 言ってくれてたでしょ。アーリャの赤ちゃん欲しいから、いっぱいちょうだいって」
ああ、そういうこと?
いや、でもそれは。
「リップサービスみたいなものでしょう。実際どうするかは、話が別で」
「そんなこと、ない」
御者台から、スラ子の声がとんできた。
運転中なのに、結構余裕あるなあ。
対向車なんて、早々来ないから大丈夫だろうけど。
それで、私の言葉を否定する理由とは。
「これは、うそじゃない。かんじょうがでると、うそをつけない」
感情的な時は、嘘をつかない……?
確かに、そうかもしれない。
嘘を吐く時は理性的に考え、損得を計算に入れてる、か?
「ねっ、ユキちゃん。わたしは、ユキちゃんの事が好き、本気だよ」
身体が浮く。
隣に座っていたアーリャに抱きかかえられ、膝の上に座らされた。
後頭部に、甘い息が掛かる。
「お返事、欲しいなー」
耳に、ささやかれる。
私にだけ、聞こえるように。
その声量だと、余裕でスラ子にも聞こえるんですけど。
ぎゅーっと、抱きしめられる。
ほんの少しだけ、微かにアーリャからの震えが伝わって来た。
感情も一緒に伝わってくる。
不安や期待、後悔すらも混じるほどのごちゃまぜで。
今なら魔力を同調する事で、もっと心の中が分かるかも知れないけど。
そうはしたくない。
「すぐに、決められないから……待ってほしい、かな」
自分でも分かるほど声が掠れている、緊張が隠せない。
これほど直球で来られたのが初めてで、どう返していいのか分からない。
そうか。直近の一年間、私にとってはあっという間だったけど。
アーリャの一年は、そういう感情が育つほど長い時間だったのか。
元々、他人とはそういう関係になるつもりは無かった。
肉体的な充足を求める事はするけど、お互いに同じ人生を歩むかどうかは別問題だ。
なら、断ればいいのに。
何故か、そうしたくなかった。
しかし、断る理由があるのか?
私なら、もし子供がデキても面倒を見きれるだろう。
衣・食・住は、余裕をもって揃えられる。
養う過程で起こる些細な問題は、協力して解決していけば良い。
だけど、すぐに返事を返せるほど、今の私は冷静ではいられない。
今度、考えを整理して答えを出そう。
すぐに「はい、分かりました」と言うような事でも無い。
……あれ。
要は、わたしの子供を産んで下さいって。
これ、プロポーズでは?
「うーん、仕方ないなあ。すぐに返事が欲しいなんて、ちょっといじわるだったかも」
脇の下から手が潜り込み、胸の下から谷間に差しこまれる。
私の方が基礎体温が高いのか、その手はひんやりとしていた。
「ちょ、ちょっと?」
「こんな服で誘ってくるなんて、ユキちゃんはえっちだよねー」
「いや、これは誘ってる訳じゃあ無くてですね?」
「ユキちゃん、自分で気づいてる? すっごいドキドキしてるよ」
「そりゃあ、イキナリ触られたらドキドキもするよ」
向かい側から、馬車が走って来て見られるかもしれない。
こんな状況下で、ドキドキしない方がおかしい。
そんな事を考えている内に。
もう片方の手が、私の下に潜り込む。
ドキっとして、思わず太ももで挟み込んでしまった。
刺激が走って思わず腰を引いたせいで、腰をアーリャに押し付けてしまう。
当たり前だけど、着けっぱなしにしてたりはしないか。
萎えた状態になるよう、改良しておいた方が良いのかなー。
布越しに伝わってくる存在も、あれはあれで良い物だからね。
「いつもの暖かい、良い匂いがしてきたよ?」
「う……見られたら、どうするの」
「その時は、スラ子ちゃんが隠してくれるよ。ねえ、その構造、挟めるように出来てるんでしょ?」
「うん……」
否定できない。
むしろ、そうされる事を期待していたのは事実だから。
身体が動かされ、膝に横座りさせられる。
そのまま、顔に手を当てられて口を塞がれた。
アーリャの直球の感情。
しかし、今日は少しだけ多くを求めているように感じる。
もしかしたらさっきまでのやりとりは冗談なのかも、なんて思っていたけど。
どうにも、本気らしいのが直感的に理解できた。
これは何かしらの答えを返す必要が有る。
アーリャの覚悟から、逃げるわけには行かないよね。
「ねっ、わたしは座ったままで……お胸を使ってお願い、していいかな」
「しょうがないなあ」
一時的に開放され、床板におりる。
そして私は膝立ちになって、向かい合わせの態勢へ。
「……むー、こういう時だけ返事が早いんだもん」
「それと、これとは話が別で……うん、今のうちに言っておくね、私もアーリャの事が好きだよ」
これは嘘じゃあ無い。
それだけ、私も本気で考えているのだ。
はあ、よく考えたら返事の前に話さなければならないことがあるなあ。
私の事について、話していないことが沢山ある。
その辺りも、考えが纏まってからかな。
アーリャの下腹部に手を掛ける。
大きい胸を使うのは久々だけど、心配は要らないだろう。
馬車の不規則な振動が、思わぬ刺激になってくれる。
いやあ、こっちの方が慣れた対応が出来るのは、順序があべこべだよなあ。
でっかい反省点のある展開
本当なら空白の期間を書く必要があるんですけど
書けるほどの実力になったら考えます(多分書かない)




