130 ぶらり、旅準備
前も聞いた気がするけど……聞いたかな?
「アンはさあ、自分でお菓子を作らないの?」
今日は、錬金術ギルドに遊びに来ている。
暇つぶしに。
応接用の机で、アンとお菓子を食べているのだが。
横目で見ると、ケット・シーがペンを走らせて執務をしている。
なんて人……猫使いの荒い。
ちなみにアーリャには、必要な知識は教え終わった。
錬金術の銅級の補足分だけなら、こんなものか。
それとも、彼女の物覚えが良かったのか。
「作った事もあったけど、やめたわ」
「なんで?」
「上手く作れないもの。それなら、作れる人に頼った方が良いと思ってね」
「そっかー」
「なに? 作ってほしいの?」
「いやあ、味にこだわりがあるみたいだから。作らないのかなと」
出されたもので妥協出来るなら良いけど。
そんな様子は無く。
常に、どこか不満を漏らしているアンの姿を見たらね。
自分にとっての究極は、自分にしか作れない。
他人に任せたら、絶対にコレジャナイ物になってしまうのだ。
金や口出しをした所で、どうにもならない。
だからこそ、私も何かしらの研究・開発をやめない訳で。
「その、なんと言うか。そこまでお菓子を要求するなら、もっと報酬くれませんか?」
今日のお菓子は、固く焼きしめたプレッツェルをパイプ状に焼いた物。
その中に、ミルクチョコを詰め込んでいる。
うん、今日のお菓子も美味しい。
だって、チョコたっぷりだもん。
「報酬なら、あげてるでしょ。特大のを」
「えっ」
「ユキの人生の、暇つぶしとなるイベントの提供よ」
「はい、そうですね」
本気か冗談か、判断に困る。
本気だと仮定した場合、精霊の異邦への役割の一つって事になるのだろうか。
生活環境が変わった事で、ストレスを感じさせないための。
突飛な事を始めて、周りに悪影響を与える異邦の者が出ないように。
うーん、ありそう。
サクサクと、前歯でお菓子を削りながら考えてみた。
確かに、暇でダラダラと過ごすのも悪くは無いけどねー。
どうでもいい、日和見できるイベントなら歓迎なのだが。
直近の内容が、どうにも過激で困る。
あれも、過去のデータから考えられたものなのか。
「そんなユキに朗報よ」
ひえっ。
嫌な話題を振られたと、直感的に理解できた。
最近、徐々に勘が鋭くなってきたのは女の勘が養われてきたからだろうか。
「何でしょう」
まあ、受けるんですけどね。
夏も終わり、外に雪がちらつき始める季節に変わった。
町から出られなくなる程ふぶいて、長距離移動が出来なくなる日は近い。
行動するなら今しかない。
年中、生産業務をするのも悪くないけど。
たまには別な事をして、飽きを解消するのも良いだろう。
「開拓村への参加、出向になるわね。はいこれ、資料」
ざらざらした、質の悪い植物紙を渡された。
上質紙とまではいわないけど、仕事に使う資料ならもっと質は上げられなかったのか。
しかし、良質な紙は機械工業が安定しないと作れないからなあ。
機械が発展しない理由の一つに、大きく開いてしまう能力の個人差がある。
高い能力者一人がいれば、一般人基準で千人~万人分の作業が出来てしまうのだ。
もしも上質紙を作れる人がいるなら、じゃああの人に任せた方が良いよね、となる。
魔法がある以上、他の方法を取ると新規の事業となり、コストが嵩むだけ。
底辺の能力者のために造られる施設は浸透しにくいのだろう。
もし作るなら、投資金が回収できる未来を見据える必要がある。
これが平和な世界なら、そのために動く人もいるだろうけど。
大抵の工場は公害対策で町の外れで操業するもの。
町の外れになれば、魔物に狙われてしまうだろう。
せめて、人同士の戦争みたいに攻撃する場所を限定してくれたらまだしも。
魔物相手に、ここを壊さないでね。なんて、無理な話である。
「一通り読みましたけど……これ、国に喧嘩売ってません?」
「そうよ、面白いでしょ」
面白くは無いんですけど。
場所は対立する二国間の国境付近。
だが山道で交通が険しく、キビシイ道のりの途中。
いわゆる、事実上の空白地帯と化している場所。
その開拓に途中参加しろと書いてある。
どちらの国の領土である事を主張しても。
たとえ、中立と喧伝しても緊張感が生まれる話になるだろう。
救いがあるとすれば、付近からは大したものは採れない所か。
話が舞い込んでくるとしたら、橋頭保にするから村を寄越せと言われそうな感じか?
「それで、また何でこんな事を?」
「ここの開拓を始めた、まだ若い村長。インフルエンス・ファクターを持っている疑いがあるの」
「え……転移者?」
「その遠い子孫である可能性ね。たまに、遺伝された因子が発現するのよ」
「ああ、そうか。そうじゃあ無いと、異邦審問官なんて存在し続けられないですよね」
いつやってくるのか分からない、異邦精神体……と、呼んでいたかな?
そんな人の為に、金を食いつぶし続ける訳が無い。
遺伝性の発現ねえ。
高潔な精神を持っていればいいけど、危ない思想で人を振り回すなら放置は出来ない。
そういう事態に対応するための機関か。
「能力の方は?」
「ほぼ一般人と見て良いわ。ただ、経歴が上手くいきすぎているのよ……書いてあるでしょ」
「いやまあ、そうなんですけど。記載と違う、なんて仕事では良くある事でしょう」
「構えているようだから先に釘を刺して置くわね。今回の話、気楽にやってもいいから」
「はあ」
「こういった依頼は良くあるのよ、そのほとんどが偽物。だから、気楽に旅行して来なさい」
「なるほどね」
要は妬みか。
自分には出来ない事が、特定の人物に出来てしまっているのがありえない。
だから、足を引っ張て来てねと。
「くっだらないわー」
ソファに体重を預けて、上を仰ぎ見る。
あまりの下らなさに、一気に力が抜けてしまった。
「言ったでしょ、旅行だって」
「でも、仕事ですよね」
「表向きは、そうなるわ。一応、錬金術ギルドから人員を出張させている事になるわね」
まあ、そこは良いんだけど。
現地で寝て過ごすだけなんて、張り合いが無いし。
「……私、異邦審問官じゃあ無いんですけど」
正確には、アンの下に就いている。
国が作った機関の所属では無い。
「所属している事にしていた方が、疑われないでしょ? それに、案件が事実なら見過ごせないわ」
そう、アンの言う通り。
私の事は、異邦の者では無いと報告されているらしい。
知られても別に良いんだけどね。
どうせ、誰に利用されるかの違いでしか無いし。
「あ、それならアー……ブラッドも?」
「あれは、まだダメ。実力が足りて無いから」
数日間、起きたまま活動しただけでダウンしちゃったからね。
求められているレベルが高すぎる気がするけど、それくらい強くないと使い物にならないとか。
そういった経緯も含めて、総合的な判断がなされたのだろう。
「仕方ないですね……かわりに、その」
「何よ」
「ちょっと、身体を貸してもらっても良いですか」
思わず、目をそらしてしまう。
私の小さくささやいた声に察せられたか、ジト目で見下されてしまった。
うん、むしろ最高だわ。
しばらく使ってないと、男だったころの幻視が疼いてしまってねえ。
時折、我慢できなくなる。
「ユキも、魔力を飲ませなさいよ」
「もちろん」
「それじゃ、ケット・シー。少し、席を外すわ」
ケット・シーがペンを置き、こちらに向き直る。
「別に、ここでもいいニャ。そこの精霊の考えがおかしいのは、今に始まった事じゃないニャ」
ええ……猫の妖精にも、おかしいとか言われているのか、コイツ。
流石に、私は見られながらする趣味は無いよ。
絶対、気になるわ。
「失礼ね! 場所くらい、わきまえるわよ!」
「時は、わきまえ無いんですね」
「どっちでもいいわよ! するの? しないの?」
「しますします」
「あー! ユキちゃんから女のニオイがする!」
「ドクターから、おとこのニオイがする」
どっちだよ。
どっちも合ってるけど。
「わたしの事は遊びだったの!?」
「スラ子をおいていくなんて、ひどい」
「二人とも、仲良いね?」
「ふふふ、ねー!」
「ねー」
ねー、とか言われても。
女性のこれって、マウンティングなの?
よく分からん。
あと、スラ子は家に置いてきた形になっているけど。
ずっと居たうえに、陰から撮影していたの分かってるから。
後で見せろよ!
エルフ少女が、精霊相手に善がってる姿は貴重だからな!
「まあ、いいや。スラ子、しばらく町を出るよ」
「りょうかい」
「えっ。それじゃ、わたしも?」
指でバッテン。
「アーリャは、まだダメだってさ。ローズさんを手伝ってあげてね」
「ぶー」
「ついて来る? 二度と帰れなくなるかも知れないけど」
「ええっと、それはちょっと……?」
「ですよねー」
気付いたら40年経過とかするからね。
これを最後に知人と会えなくなる可能性がある。
親の死に目にすら会えないのは、いくら何でも可哀相だ。
その空虚感を埋めるために、依存されても面倒を見切れるか分からないし。
それでも。
ついて来いと言えないのは、私の弱さ……なのだろうか?




