13
まだ暗い部屋の中、目を覚ます。
程よく安物でそこそこ硬いが、私にはよく合っていたベッドから起き上がり木窓を開ける。
ほとんど灯りの付いてない町の空は星明りが眩しいほどでしばし見とれる。
……寒くなって来て身震いをする。
オアシスの水が気温の上下幅を抑えてはくれるのだろうがそれでも砂漠地帯。
昼の気温が高く、夜はやはり寒い。
窓から肌寒い風が吹き込む中、日課の柔軟体操をする。
じっとりと汗が出てきた所でやめて、緑茶味の赤ポーションを飲んで一服する。
催してきたのでタオルとランプを持って共用トイレに入った。
この暗さは怖い話が作れるな……。
個室に入って壁の出っ張りにランプを掛けると座って落ち着く。
紙が無かったので横にあったスイッチを二つとも押すとビデとおしりの洗浄液が出てきた。
それでも拭くものは要るんじゃないのかと思ったが速乾性ですぐにサラサラになる。
快適すぎでは?
誰がこんな性能の高い物を作ったのやら。
立ち上がると水が流れていく。
便座を見るとスライム式ボットンでは無く、どこかで下水処理されるようで。
技術的な事はあまり深く考えないようにしよう。
洗面台で手と顔を洗った後、鏡をみたら寝癖が跳ねていたので直した。
トイレから廊下に出ると二階に下りていく女の子が見えた。
ピンクのツーサイドアップ、三階にいるって事は使用人だろうけど見たことが無い。
あと会ってないのは厨房か庭の管理をしている人だからどっちかだろうなあ。
部屋に戻って仕事着に着替える前に濡れタオルで体を拭く。
洗濯物はどうするんだろう、夜は回収して無かったから朝に一括で出すのだろうか。
今から仮眠するのも気が乗らないので窓から町並みを見る。
暗くてよく見えないのではと思ったが、月明りが強いのか案外よく見える。
富裕層であろうこの辺りの建物の高さはどこも同じような物で、道を巡回兵のような人が歩いている。
ぼーっとしていたら正門横の通用口からマリーさんが入って来たのが見えた。
こちらを見上げてきたので、軽く手を振って返す。
あの人いつ休んでいるんだろう。
しばらくそのまま外を見ていたらドアをノックされた。
返事をして開けるとマリーさんが立っている。
「お早いですね、眠れませんでしたか?」
「たまたま目が覚めまして、夜の街を見てましたが静かでいいですね」
見慣れると飽きてしまうので毎日見ることは無いだろうけども。
「そうね、平和な町は素晴らしいものね」
さて、と言ってマリーさんは手を合わせる。
「お仕事に行きましょうか」
今から、私もですか? ……お早いですね。
気付かれないよう鼻から溜め息を抜く。
「昨日は自分の部屋の掃除だけでしたが、いつもはこれくらいに始まるんですか?」
他の人が起きてくる気配が無いから仕事の開始はもっと遅いだろう。
まだ空も明るくならない時間に始まる仕事なんて配達員くらいじゃあないのか。
「いつもは太陽が出るくらいに集まってから始まるわね、仕事がどこまで出来そうか体力測定をするのよ」
裏庭に出て色々運動をさせられて、時間はあまりかけずに簡易的だが体力測定をした。
力は外見年齢の割には強く、体力は高め。
それ以外は一般的な能力で特筆すべき点はない、という事らしい。
普通は少女が成人男性並みの力があったらビビると思うんだけど。
見かけと強さが比例しない世界って怖いねえ。
空が明るくなってきた。
館に戻って一階の業務準備室に案内されて行く。
部屋の中にはこの館で働いている人が全員集まっているようだ。
皆リラックスした様子で話をしていて、私達が入ると挨拶を掛けてきてくれた。
昨日と同じようにマリーさんが促してくれて自己紹介をする。
その後、業務内容の確認をして各自解散となった。
私は昨日の晩飯を共にした3人と一緒に清掃業務をする事に。
あれ、これで全員? ピンクツーサイドアップの子は?
「マリーさん、今ここにいた人で全員ですか?」
夜中、階段で二階に降りていく子を見たことを伝えるとマリーさんは腕を組んで考えている。
「あなたは先輩達に教えてもらいなさい、私はこれから用があるから」
気のせいか語調の強まったマリーさんはメイド服を翻して歩いて行く。
あの急ぎ様は予定外の何かが起こったのか。
なんとなく予想が付くけど必要になったら説明してくれるだろう。
日中の清掃業務はおおむね予想通りの内容だった。
通常業務になるのは水回り、主人の寝室。
後は毎日使う通路や階段などで、使用頻度が低い部屋は掃除する頻度も少なくなる。
私が主に担当したのが低い位置の家具を掃除する事で、先輩方には屈まなくてもよくなったとありがたがられた。
一番大変だったのは洗濯だ。
粉石鹸を使って手洗いするのだが、洗い物毎の扱いがそれぞれ違うので覚えるまでに時間が掛かりそうだ。
今日の仕事が終わるとお昼を過ぎて少し経つ、慣れたら昼頃に終わるようになるかな。
皆で食堂に行くと軽いおやつのような食事が提供されてそのあと解散。
これからは自由時間でこの時間を使って縫物や他の仕事を手伝って副業として別に稼ぐらしい。
もちろん何もせずに休んでもいいし、申請をして外に行ってもいいと言われた。
ただ門限は夜の鐘が鳴るまでには戻る事って。
時間を告げる鐘なんて覚えがないな、知らなかったから馬車等の環境音だと思っていたのかも。
どれくらいに鳴るか聞くと夕焼けから夜に変わる合間らしい。
さて、何をしようか。
仕事を始めて初日から他の人の仕事を荒らしたりするのは印象悪いよなあ。
かと言ってマリーさんとピンク髪の秘密を探ったりするのは身の危険を感じるし。
外に散歩にでも行こうか、物価の確認や置いてあるものを眺めるのも面白そうだ。
検問小屋に常駐しているおっさんに声をかけて出かけることを伝える。
外をぶらついて迷っても人に聞けば帰れるだろう……?
あっ、この館の家名聞いてなかったわ。
マリーさんも最初に言うべきことじゃあ、って契約書類流し読みしてたけど書いてたのか?
おっさんに聞いてみたらここはゴールド家らしい。
家もデカイし金持ちだよね。
名前もマリー・ゴールドだったりして。
くだらないこと考えてないで行くか。
外に出るとそこは富裕層の住む閑静な住宅地。
私が塀やそこらを通る馬車マニアなら喜ばしい通りだろうけどそんなことは無い。
さっさと商店街まで行こう。
緩い坂を上り、商店街までたどり着くと人の活気が増してくる。
マリーさんに案内された店でもあるスパイスショップを覗くと独特の匂いが漂ってくる。
唐辛子やカルダモン、クミンが置いてあるところを見るとカレーでも作れそうな品揃えと言えるだろう。
普段使いするような調味料は100gで銅貨5~10枚と手ごろだが高いものは手が出ない。
サフランなんかは1gで銀貨1枚する、さすがに現物は置いてなかったが。
こんなにする物だったか。
調合素材の用途もあるから買おうか、なんて軽く考えてたが高い素材は節制した方が良さそうだなあ。
手持ちのお金も多くないので目についた店を冷やかして回る。
歩いていると誰かに見られているような気がする。
それも特定の誰かでは無く、ちらほらと。
店の物陰に入って変なごみでも付いていないか確認して理解した。
このメイド服のままで歩いたらそりゃあ見るよね。
歩いている人は皆汚れてもいいような地味な服装でメイド服は浮いていたか。
今日はもう帰って次出かける時は別の服にしておこう。




