127 ここで、ネタばらし
「ただいま戻りました」
「ただいまー」
「お帰りなさい」
アンが待つ錬金術ギルドの執務室に戻り、身体の調子を確かめる。
今回の転移は、ここに私の身体を残し、魔力体だけを飛ばした。
転移先は世界と世界の間、境界である。
境界は生身での進入が危険なので、身体を置いてきたのだ。
そこが魔晶石の保管先。
一部の者しか入り込めない場所になっていて、例外的に私が入り込んだ形になる。
同じ場所にいたブラッドは順番を踏んでいたので大丈夫……という設定だったらしい。
どこまでが真実か、分からないが。
スラ子は転移に耐えられたので、スライム体を借りて一時的に私の肉体にさせてもらった。
これが、私の身体ではありえ無い動きが出来た理由になる。
「それで、そちらの方は」
件の騒動、その中心人物であるブラッドがいる。
しかし、一応聞いておくべきだろう。
実は別人、なんてこともある訳……無いか。
「いえーい! 異邦審問官のブラッドでっす!」
両手でグッドサインを突き出すブラッド。
うっざ、何そのテンション。
「てっててー、ドッキリ大成功」
アンが立て看板を掲げて、おかしなことを言い始めた。
看板にもポップな文体で“ドッキリ!”と書かれている。
「だったのだけど、最後まで付き合いなさいよ!」
看板が地面に叩き付けられる。
「ええ……」
何、私が悪いのか。
いやまあ、中途半端な所で話の腰を折ったのは事実だけども。
「それで、どの話を進めましょうか」
とりあえず、話を促す。
私が主導する内容でも無いし、お互いに聞きたい事はあるだろう。
「そうね……ユキが茶番だと思えた、その思考過程を教えてもらおうかしら?」
「良いですけど、推測にもならない違和感での話になりますよ」
「それでいいわ」
それでは。
まずはブラッドに関しての違和感から。
はっきり言って強すぎる。
水の精霊が探知しても逃げ切れるうえに、直接戦闘せずに相手を暗殺出来るのがヤバイ。
そんな奴が勝てないと嘆く復讐相手って、どんなのだよ。
たとえいたとしても、それは魔晶石の力でどうこう出来る強さでは無くなるのでは。
「次に町の状況です」
静かすぎる。
ブラッドの狙いが本当だったとして、達成されたら町が滅びる事態だ。
それにしては平和過ぎる。
戦闘員が集まってローラー作戦を掛け、しらみつぶしする事も考慮に入るレベルの出来事だろう。
実際は憲兵が日常的な巡回を繰り返していただけ。
「後はスラ子について、は別にいいかな。動きが緩すぎたって事で」
分からない事もある。
それは、アンに聞いてみようか。
「それで、私が魔法薬で助けた人達はどういった方々で?」
「治療院で不治の判定を受けていた人達だったのよ、それを借りて寝かせていたってわけ」
随分とまあ、乱暴な事をするなあ。
結果的に治した件については、喜んでくれたとの事。
お礼を言いたいらしいが、正体や治療内容を明かす気は無い。
成果は正体不明の黒ガラスがやらかした事で良いんじゃあないかな。
「冒険者側の対応が早かったおかげで、中途半端な状態で逃げたようだけどね」
そうそう、その冒険者側の話も聞かないと。
「関わりが分からないのは、ユーストマさんでしょうか」
冒険者ギルドの人だったけど、結局あの人は何だったんだ。
話に絡むわけでも無かったし、意味があったのかと。
「部外者よ。あの子は無関係だから今回の事は話さないようにね」
「はい」
そこそこ年齢を重ねているユーストマさんを、あの子呼びかあ。
やっぱり精霊は長生きしてるのね。
「ところで、スラ子は何時から“そっち側”に付いてたの?」
「フードとリンク、きれたとき。せつめい、うけてた」
なるほど、その時かあ。
スラ子も私に劣らず嘘つきだね。
霧の森で昏睡していた期間が一年と言っていたのもそうだけど。
嘘の内容が悪質とは言えないのが、これがまた言及しにくい所よ。
その時に説明を受けて、はいそうですかとスラ子が納得するか?
説得力を持つ材料があったはず、そうなると可能性としては――
「そういえば、まだ今日のお菓子を出してませんでしたね」
迎える側のアンが用意しろ、と思わなくも無いけど。
今回は、これをダシにしてみようか。
「はい、アンにはザッハトルテをどうぞ」
「へえ、チョココーティングの艶、滑らかさ……やるわね」
「苦労したんですからね、味わってください」
器用さの補正を受けて精密な事が出来ても、技術の習得は別の話。
専用の機材が無いチョコのテンパリングに関しては、素材の品質が安定していないから大変だった。
今回も、たまたま上手くいったものを出しただけ。
安定した物を出そうと思うなら、それ専門に長期の時間を使わなければならないだろう。
そんな事、面倒でするつもりは無いけど。
美味しさを維持できる範囲で、不格好な物を食べれば良い派なので。
錬金術で作れなくも無いけど、どうしても味が劣るのがねー。
錬金術的に完璧なチョコ結晶と、美味しさを感じられるチョコ結晶には微妙に差異があるのだ。
だからこそ、お菓子作りに手間が必要で、それが錬金術の練習として優れていると思っている。
他にも効率的な練習はあるだろうけど、楽しくないと続かないからねー。
「スラ子にも同じ物。そしてブラッドには」
皿に載せられた、黒い板。
一口サイズにカットされた小さい――
「板チョコで」
「え、嫌がらせ?」
と、言いつつ躊躇なく食べ始めるブラッド。
「好きだった味、そのままですよ。ああ、カフェラテも淹れますね」
「ちょ、ちょっと? 君の前でそんな物を食べた事なんて」
「明日から、手を抜かずに錬金術を教えるから覚悟して下さいね……アーリャ」
ブラッドの、一瞬の硬直。
へー、当たりだったか。
こういう所を見ると、あの時“まだ若い”と評価したのは正しかったなあ。
「ブラッド、あなた減給ね」
アンの酷い一言。
正体バレは、まずかったのか。
悪い事したかなー。
「い、いやあ……何のことやら、さっぱり。精霊さんも酷いなー」
へたくそか。
何事も無く「何のことでしょう」と言えたら、私も騙されていたのに。
スラ子はリンクが切れた時、と言っていたが。
その前にアーリャから説明を受けていた可能性を考えて、引っ掛けてみた。
ブラッドを操っているのがアンやヴォート、ローズさんの線もあったけど。
異邦審問官と自己紹介をされて、一番身近にいたアーリャが気になった。
監視をするには最適な距離。
たまたま気になったから私に寄って来た、と言っていたのも嘘だな。
まあ、怒る気にはならないけど。
実害の無い嘘なんて、可愛いイタズラみたいなものだからね。
「私が相対した時に斬ったのは、生きていた本物の人?」
返答次第では、今日以降の仕事は無し。
犯罪に手を貸すくらいなら、そのまま去る。
しかし、ブラッドは口軽い説明を始めた。
「手続きを取って使わせてもらった死体だよ。隠ぺいもしていたから、誰も気づいてないよ」
「錬金術の資格周りの話は?」
「あれは、本当は落ちても良かったんだけど……その節は、お世話になりました」
ぺこりとお辞儀をされてしまった。
騙すことはしても、恩義を感じないわけでは無いか。
人に表と裏があるなんて、当たり前の事。
だから、違和感は無い。
しかし。
「アーリャは、ずっと演技をしていたの?」
出会った時からの、人格面。
「アリシアの性格は元来の姿ね、そもそも演技をしていたら分かるでしょ」
「それはまあ、演じている子だったなら嫌味たらしさがにじみ出ますからね」
「たまたま選ばれたのがあの性格、では無くアリシアだから選ばれたの」
過去の異邦の好みから、ウケが良い人物が選ばれている。
実際、あっさりとハニトラに引っかかったので返す言葉も無い。
ちなみに、ブラッドの方が演技だったらしい。
どうも性格が安定していないと思ったけど、試行錯誤も兼ねていたか。
「まだ聞くことはあるかしら?」
「ローズさんとヴォートの立ち位置を」
「そうね」
ローズさんは本当にアーリャの母で、色々知っているだけの一般人。
ヴォートは別件で、たまたま出会っただけ。
月食を境に不穏な動きを見せているソテラ教とは別の、過激派宗教の鎮圧に向かっていたようだ。
聞き流していたが、突っ込むと手伝わされそうで嫌だなあ。
要はテロリストを壊滅しに行ったのだろう、大変だと思うけどやりたいとは思わない。
「最後に、私の評価はどんなものでしょう?」
わざわざ異邦審問官と言って来たのだから、人間性の評価をしていたはず。
まあ不合格なら和気あいあいとせずに、命を狙っていたと思うけど。
これに、ブラッドが答える。
「合格! 利己的な面もあるけど、客観的な正しさを模索し続けるのは美点……で、良いんだよね?」
自信が無かったのか、アンに聞き直す。
ありゃ、ブラッドは実務経験が浅いのか?
「おおむね合ってるわ。もういいでしょ、つまらない話しは終わりにしてゆっくりお菓子を食べたいわ」
「そうですねー」
ブラッドは隠ぺい魔道具を取って、アーリャの姿に戻って落ち着き始めた。
アーリャにも意地悪をせず、皆と同じお菓子を提供する。
まだ聞きたい事はあったけど、また今度でいいや。
血を操る能力とか。
別の目的がありそうな、アンの行動についてとか。
今後の仕事についてとか。
いらないことを考えてると、またスラ子にアホ面と言われてしまう。
きっとあの時は、早く気が付けとイラついていたに違いない。
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