126 Rep
あの後すぐに、お呼ばれされてしまった。
出かけると誰にも言わずに外に出て、そのまま準備したらジャンプである。
もちろん、ぴょんとジャンプした訳では無い。
空間跳躍させられた。
「ここ、どこかな。暴れても大丈夫とは言われているけど」
黒ガラスこと、ジェイルアーマーをすでに纏っている。
シン・ブレードで壁を斬りつけても、傷が付かない。
何の役割で呼ばれたかは分かっている。
私に魔晶石の防衛をしろと説明された。
だから、それっぽい場所だとは思うけど。
「だれも、いないね」
独り言が、虚しく響く。
今いる場所は、見通しが良い。
とても大きな広間で障害物も無く、視界内は全面石壁で作られたような場所。
料理を運ぶ時に使う蓋の、クロッシュの中に居るみたいだ。
石っぽいのは見た目だけで、実際には何で作られているのやら。
本当に石製の類なら、容易に斬り裂ける武器なんだけど。
そこに(スラ子もいるけど)私が一人で居る。
まるで、最奥に配置されたボスキャラ役のような。
ような、では無くそのものか。
「どう見ても、あそこが入口だよね?」
「うん。かすかに、きこえてくる」
クロッシュに一か所だけ、穴がある。
実寸なら、ネズミが入れるかどうかだが。
この大きさなら、人が通るのに十分な幅。
ちなみに私の後ろに、出口は見えない。
ここが終点では無いらしいが。
入口の外、影になる場所に何かが潜んでいる。
「――! ほっ、よっと」
音も無く飛んできたナイフを掴み取る。
そのまま後ろ手に回し、インベントリに仕舞う。
躱したり叩き落として、後の伏線で使われたら困る。
「結局アンタが立ち塞がるのか」
どこか不明瞭な声。
フードの影になっただけで、何故か顔が分からない。
情報屋。
「ブラッド……で、いいんだよね?」
「そうだが」
一瞬だけスマパで顔を見ようと思ったが、やめた。
姿を見せる前からナイフを投げて来るような奴を相手に、悠長な事はしたくない。
ブラッドが部屋に入る。
相手が入って来た通路が壁になり、密室に変化した。
「なるほどね、お前さんを倒さないと先に進めないって訳だ」
距離は二十メートル前後。
残念ながら、そこは死地。
跳び込み、剣を振り。
横に抜けて、血振りする。
「一気打ち……一撃だぜ!」
反応できなかったブラッドが、細切れになる。
これで終わり、さあ帰る――
「効かないな」
斬ったはずのブラッドが、元の姿で佇む。
前回の技よりも早く、躱す隙も与えなかった。
しかし、予想しなかったわけでは無い。
「見た技だ、対策しない訳ないだろ」
ブラッドは確かにバラバラになっていた。
自身の血液を使って、身体を糊付けするように再生した。
物理の効果が薄いなんて、まるでスライムだな。
もしかして、人間やめていらっしゃる?
「ですよねー。降参だわ」
鎧を仕舞い、服を着た状態の私だけが地面に降りる。
今のが通じないなら、鎧を着る意味は無い。
「あ? 舐めてるのか?」
「燃費が悪いし、勝てないって分かったからね。ほれ、多分そっちの方に抜けるんでしょう? さっさと行けば」
……。
ブラッドが私を警戒しながらも、先に進もうと壁に近づく。
私なら壁を背に座っているから、気にする事は無いのに。
まあ、嘘だけど。
相手の情報は聞いている。
戦闘において、ろくに攻撃魔法が使えない事を知っていた。
ならば、あんな燃費の悪い鎧なんて邪魔にしかならない。
ただ情報を鵜呑みにせず、試してみたかっただけだ。
「なんだ、この壁……? ただの石壁じゃ無いな」
スマパでパシャり。撮影音は無いけどね。
おー、しっかり撮れてる。
どこにでも居そうで、女だと自己紹介されたら信じられる顔だ。
一月も経ったら忘れそうな顔をしている……?
うーん、顔が整い過ぎている。
本当に生き物か?
人形と言われた方が信用できる。
「ブラッドはさあ、なんでそこまで魔晶石に拘ってるの」
「復讐と……言っちゃあ何だが、世直しになるか?」
おっ、回想か?
もちろんカット。
興味がそそられ無いし、聞いていても面白い話では無かった。
簡単に言えば、傭兵が悪い。
魔晶石で力を得て、悪い奴を全部やっつけちゃえばいいじゃん。
うん、話が大分軽くなったな。
「もう協力しろとは言わない、俺がやる事を邪魔するな」
今の社会に任せていても、望む未来にはならない。
だから自分で動いた、そこまでは評価できる。
しかし、手段が悪い。
魔晶石は極寒地帯における、暖房としての役割がある。
当然、それ前提の備蓄や生活様式になっているだろう。
それが無くなってしまえば。
もちろん、緊急用の資材はあるだろう。
しかし魔晶石を無くせば、近いうちに限界が来る。
じゃあ、全員で移動して他のところに住もう……などと、簡単には行かない。
「一般人が犠牲になるのは分かってるの? それって、お前が復讐したい連中と同じことをする事になると思うけど」
「その犠牲を無駄にはしない。世界中を周って、人を苦しませる奴らを探しに行く」
言いたい事は、小の虫を殺して大の虫を助ける? ちょっと違うか。
軍人辺りが同じことを言う分には納得出来なくも無いが、個人でそれを言うとは。
本当に、それが実行できるかは不明なのに。
悪人なんて消しても、また出てくるだろう。
「神にでもならないと無理では? 一時的に解決出来ても、ブラッドの寿命が尽きたらまた同じことが起こるのでは?」
返事は無し。
私の話が理解できないほど、馬鹿では無いか。
そもそも個人的な恨みが動機なら、協力を募って解決すれば良いだけの話だろう。
どうしてそれが社会に向けられたのか……他の、誰かの入れ知恵か?
この話を本当に解決へ持って行きたいなら、為政者と繋がりをもって根本的に社会構造を変えないと無理だ。
努力の方向が間違っているな。
「希望者を集めて、どこかに国をつくれば良いのに。自身がトップになれば、理想の社会を作れるよ?」
なお、苦労は考えないものとする。
簡単な事では無いだろう。
しかし、町村規模なら何とかなるのでは?
情報の収集能力はあるのだから、他地域に対して需要を生み出すことも出来るだろう。
「……無理だ。俺の恨みは、そんな事で忘れられねえ」
「そう」
話を聞かせて、はい分かりましたと言える奴なら、こんな事はしないか。
んー。
なんとなく流れに巻き込まれて、勝手に進行していくからかな。
どうにも深刻になれない。
正直に言って他人に迷惑を掛けなければ、こんな奴何をしてようと構わないんだよね。
復讐心からくる恨みが、最も優先する動機かあ。
世直しなんて言ってたが、それは蛇足。
他人が犠牲になる良心の呵責で、そう言っただけだろう。
対抗で、協力者への説得材料としての騙りか。
大穴は誰かに唆された説。
いずれにしても、やはり説得は無理か。
S・P・W再構成、タイプC。
「そうそう、言い忘れていたけど」
「あ?」
S・P・Wは形を変えて、手のひらサイズのドーナツに刃が付いた。
いわゆる、チャクラム。
シン・チャクラムを指でクルクルと回し、もてあそぶ。
「ここ、どちらかが死ぬまで開かないらしいんだよね」
「……」
ブラッドの顔から表情が消えている、ように見えた。
相変わらず隠ぺい効果は完璧で、全身から感じる雰囲気でそう見えただけだ。
説得の必要が無いなら、言葉を交わす必要は無い。
下手に同情すると、心が病む。
チャクラムを飛ばす。
真っ直ぐブラッドに。
私の非力を想像していたのか迫るチャクラムを見て、微かに動揺が伝わって来た。
なにせ早い。
間一髪避けたブラッドの軽装備を掠め、脇腹から数滴の血をチャクラムが奪う。
そのまま通り過ぎ、壁に反発。
速度が落ちないまま、今いる空間を乱反射し始めた。
「まだ行くよー」
チャクラムは一個だけでは無い。
リズムよく、ほいほい投げ込む。
不意を突かれたのは一発のみ。
ブラッドは血の剣を作り、チャクラムを弾き飛ばす。
しかし、弾き飛ばされた物も速さを維持して、壁に反射を続けている。
「そういう武器か」
部屋を縦横無尽に飛びまわるチャクラムが、中にいる存在に牙をむく。
私にも飛んでくるが、スラ子の視界を借りているので死角は無い。
近づいたチャクラムをキャッチ、再投擲。
三次元の弾幕ゲームは、慣れるまでノーミスは難しいぞ?
「はッ! んなもん効くかよ!」
先程とは状況が逆になる。
今度は私が受ける番。
飛び舞うチャクラムから致命的なダメージだけ回避して、真っ直ぐに私に向かってくる。
早く、素直で、純粋な殺意。
血の剣は私に迫り、回避不可能な軌道を描く。
いつもの、私の運動能力だったならば、だが。
「まだまだ遅いね」
後ろ側へ、身体を捻る様なバック転で避けた。
一撃では終わらない。
諦めずに距離を詰め、幾度となく振るわれる凶刃を紙一重で躱し続ける。
「実力を隠してたか」
答えは、スラ子が身体を操っているだけでした。
しかし、感想を言う暇があるのか?
不定期に襲い来るチャクラムを落とそうと、血の剣を振ったとき。
ここだ。
「なにっ!」
チャクラムの軌道がカーブし、ブラッドの腕を浅く切り裂く。
送った魔力を受信して軌道が変わる。
本番で不具合を出さなくて良かった。
「くそっ!」
ブラッドが飛び退る。
私は追いかけず、見ているだけ。
というか、チャクラムの操作が忙しくて反応が遅れてしまう。
「傷、治さないんですか?」
「……何をした?」
傷の開いた腕が治せないようで。
もちろん、原因はチャクラム。
闇魔法を付与してある、主な目的は魔力への干渉。
血の操作は、魔力を介して操作している事は分かっている。
だったら、自由に使わせなくしてしまえばこの通り。
傷を塞ぐことが出来なくなる。
「傷、治さないんですか?」
今度は無視。
闇魔法で干渉しても、私の付与効果では結果が出るまで時間が掛かる。
ブラッドもそれを瞬時に理解したのだろう。
私を倒す事を優先したようだ。
チャクラムを叩き落としつつ、私に再度向かってくる。
しかし、もう負けは無くなってしまった。
理由はいくつかあるけど、それはまた今度で良いか。
遊びは、ここで終わりだ。
「ブレイク!」
呼びかけに応じて、チャクラムが分解。
透明な欠片に戻り、バラバラと地面に落ちた。
仕込んだ重力石の効果で欠片を手元に集めて戻していく。
「ここまでにしましょう」
手を前に突き出して、ブラッドを静止する。
相手は素直に応じ、ぴたりと止まった。
懐からブルーキューブを取り出す。
『アン、茶番はもう終わりにして良いよ』
『あら? いつ気付いたの』
『ついさっきだよ』
正確には、スマパでブラッドの姿を撮った時。
人形のような見た目だと思っていたけど、傷口の細部から違和感を覚えていた。
生身とは思えない、つまり本人では無い。
この状況で、偽物が来る可能性は確かにあった。
しかしアンが、そう何度もダミーに騙されるか?
その考えから直近の出来事を精査すると、一つの可能性が思い浮かんだのだ。
この騒動そのものが茶番である可能性が。
いやまあ、あくまで可能性で、確信があった訳じゃあ無かったんだけどね。
アンがカマ掛けに乗ってくれたから、それで話が進んだだけである。
『それじゃ、執務室に跳ばすわね』
『いつでもどうぞー』




