124 置物の方がマシだったな
「ちょっと! このお菓子、手抜きしてるでしょう!」
え、今更?
皿の上が殆ど無くなってから、そう言われてもね。
「……皆さん、どうでした?」
「私はユキちゃんのお菓子、美味しいと思ったわ」
「自分も、悪くないと思うが」
「ドクターのなら、なんでもおいしい」
アーリャは、夕飯の準備で不在票。
ニヤリ。
アンは相当長生きしているからなのか、舌が肥えすぎなんだよね。
いや、それは良いんだけど。
わざわざ強い語調で、文句を言う必要があるのかと。
「まあ、不満があるなら今度改善しますよ。今回は我慢して下さいね」
「……わかったわよ」
大人の言葉では、前向きに善処します、となる。
つまり、取引材料の一つだな。
はあ……あほらし。
何が取引材料だよ。
金も時間も無いならともかく、少しずつでも腕を上げて行けばいいじゃあないか。
うん、今度はちゃんとしたの作ろう。
「だから、今回の任務はユキにしか出来ないのよ。あ、それポンね」
「話が戻りましたねー。まあ、理解しました。その時になったらお願いします」
対面のアン、これで三副露か。
トイトイ濃厚で、まだ六巡目。
ドラは一枚抱えているから、安目だろう。
「そういえば、ユーストマさんは来ないんですね」
「冒険者の方は絡んでないのよ。上の方からの指示で、別に動いて対応ってわけ」
ふーん、なんか面倒な事になってるな。
まあ、どこの国にも独立した諜報機関はあるものだから、存在自体は不思議じゃあ無いけど。
……大抵は命が軽いのが、怖い所か。
「リーチだ」
上家が点棒を供託する。
お、ここを引いたか。
じゃあ、ちょっと荒らすか。
「加槓で」
「ロンね」
「ロンだ」
「ダブロン……だと? 頭ハネは?」
「そんなもの、ある訳無いでしょう」
しかも槍槓で……いやいや。
これで上がるヴォートも大概だけど。
アンはトイトイじゃ無かったのかよ。
その捨て牌で槍槓地獄待ちは、おかしくない?
「裏が乗ってハネ」
「こっちは40符で1300ね」
「残り700……もう、リーチ出来ないねえ」
「ユキちゃんも、鳴かなきゃ良かったのに」
「えー、ローズさんまで遠いから、ドラが欲しかったんだけどなー」
トップのローズさんは余裕ですなあ。
しかし、私には奥の手がある。
「ああ、ユキ。すり替えたら分かるから」
「……そんな事、する訳無いでしょう」
ちっ、九蓮地和やろうと思ったのに。
いや、まだ諦めるんじゃあない。
自力で役満をツモれば、まだ逆転出来る!
「食事の時間だよー!」
アーリャの呼びかけ。
あ、もうそんな時間か。
「お開きだな」
「それじゃ、ユキちゃん片付けよろしくね」
「え、あの。これから私の逆転は?」
「何言ってるの、最下位に発言権なんて無いわよ」
発言権は言い過ぎじゃね?
重過ぎって言うか。
「要求内容は、また後でね」
「え? ローズさん、なんの話ですか?」
「知らなかったの? レートの説明が無い麻雀は、出来る限りの要求が可能なのよ?」
「アン?」
「いやー、ユキが知らないなんてー、おかしいわねー」
こいつ、知ってて教えなかっただろ。
あ、良いですねって受けた私も悪いけど。
周りも軽い返事に、不自然さを感じていたはず。
他二人も分かっていて、あえて教えなかった可能性があるな。
なんて人達だ。
思わず、目頭を抑える。
心を落ち着かせて、平静に。
「まあ、良いですよ。私に出来る事なら、何でもしてあげますから」
「そのことばをドクターは、こうかいするのであった」
「スラ子も助けてくれたら良かったのに」
「それじゃ、つまらない」
条件を知らない時なら、手助けされても断ったけどさあ。
まあ、大人の二人は現実的な要求で済ませるはず。
しかしこの精霊がなー、まったく読めないわ。
そもそも、なんで麻雀が広まっているのだ。
ご丁寧に、符計算までされているし。
手間とコストを考えてリバーシとかは……もう、時間が経ちすぎて陳腐化している?
カードゲーム等も、あるのだろうか。
それらしい娯楽を見たことが無かったから、存在しないと思っていたけど。
もう少し、サブカルチャーを確認した方がいいかな。
「それでローズ、どうだったの?」
アンがローズさんに問いかける。
私が気が付かない内に、何かの取引が?
「全員、進む道に不幸無し。悪くない結果ですね」
「ありがと。予定の変更は無しで良いわね」
「大丈夫かと」
……?
あっ、占いか!
麻雀で占いって、他に手段は無かったのだろうか。
いや、的中率が高いからこそ生き残った訳で。
だからこそ、麻雀のような複雑なルールが広まっていると。
単なる時間つぶしの遊びかと思っていたけど、意味があったようで。
趣味と実益を両立できるなら、私もローズさんに占いの方法を教えてもらおうかなあ。
後で聞いてみようっと。
「それでね、他にも優秀な人がいたんだよ? 声を掛けたら、お互い頑張ろうねって」
「そう、期待してるわね」
アーリャとローズさんが、母娘水入らずで試験結果について話し合う。
それを聞きながら、豆と野菜のスープを頂いている。
塩のみの味付けだが、野菜の甘味と素材の旨みが溶けだして、中々美味い。
それと、塩味が強く癖の強いチーズ。
単体ではキツイが、スープやワインと合わせると丁度いい。
アーリャは菓子作りに消極的だったが、料理自体は出来るのか。
この辺りも教材に……いや、明日考えよう。
何でも仕事に結びつけるのは悪い癖だな。
アンは、あの後すぐに帰った。
なんだかんだ、忙しく動いている。
食事の席には、ヴォートも居る。
その腰には剣を佩いたままで、見るからに邪魔そうだ。
常在戦場、とは心構えの話じゃあ無かったかな?
実際にやるのはどうなのよ。
しかし、気になる。
「ヴォートさんの、その腰の剣。随分、古いようですが」
「ん? ああ。これは昔、造って貰った大事な剣でな……そうか」
「どうしました?」
「スライム娘、剣の調整をお願いできないか?」
剣に手を当て、鞘を揺らす。
私のエルフ耳は、僅かにカタカタと異音が出ているのをキャッチした。
ズレてる。
刀身と柄を接続している、なかご部分からだろうか?
「スラ子はムリ、ドクターならできる」
「そうか、ユキが今の主人だったな。ユキ、頼む」
「それが麻雀の報酬って事でいいですね」
「ああ、それでいい」
差し出された剣を、丁重に預かる。
食事を早々に終わらせ、早速確認する事に。
剣を抜いてみるが……酷いなあ。
「これ、ちゃんとメンテナンスしてました?」
「信頼できる筋にも持ち込んだが、扱えないと言われた」
何と無能な。
刀身には欠けや歪みが無いが、それ以外の所にガタが来ている。
こんな状態で、よく振るえたもんだなー。
「他の剣を使おう、とは思わなかったんですか」
「む……これ以上の剣が、どうしても見当たらなくてな」
構えてみる。
……チャキ!
チャキ、じゃねーよ。
構えた時に音が鳴る時点で、不良品じゃないか。
「直せますけど、補修素材を取りに部屋に持って行ってもいいです?」
「ああ、いいぞ」
この場でも直せる。
しかし私の事を、あの時の人物とは別人だと思っている様子。
ならば、そう勘違いさせておいた方が良いだろう。
いやあ、奥さんの前で「どうしたの、お父さん?」とか言ってみたいなー。
事実、隠し子みたいなもので、不倫していたのは間違い無いからね。
実際には、そんな事はするつもり無いけど。
経過年数を考えれば、娘が巣立って暇なはず。
大人になるまで養うとか言われたら困るわ。
「ドクター。またおかしなこと、かんがえてる?」
「クックック、そんな事は無いさ」
「めいわくかけたら、ダメだからね」
「スラ子が、それを言うのか……」
さあ、錬金魔法でさっさと剣を直そう。
剣に魔力を浸透させ、細かくみていく。
あー、これはこれは。
さっきは委託されて直せなかった人を無能って言っちゃったけど。
前言撤回。
まず、柄と刀身の接触部分がすり減ってカタついている。
これが使う際の違和感。
しかし、物理的に外せないのだ。
メンテナンスフリーで使えるように、と考えたんだった。
柄を錬金溶接して、刀身から外せないようになっている。
だから、刀の目釘にあたる部分が無い。
壊して刀身を外すことも出来るけど、柄自体にも魔法付与をしたからね。
直してみたらナマクラと化した、なんて笑えない訳で。
むしろ、手を出さなかった人は有能だったわ。
性能は落ちるけど、他の人でも直せるようにしないと。
柄を二つに割って、留め具で固定出来るように。
定期的に留め具の締め直しと、修繕が必要になるけど誰にも直せないよりはマシだろう。
はい、終わりっと。
早速、引き渡し。
「はい、ヴォートさん。なるべく同じように直しましたが、どうでしょう?」
「ふむ、感謝する」
剣を抜かずに、柄を持っただけで判断している。
試し切りしなくていいのかな?
信用してくれているのか。
「あと、これも追加で」
「これは?」
数枚綴った、羊皮紙の束を渡す。
「新しく修繕した部分の仕様書です。直す人に渡す際、これを見せてください」
「調整や修理も?」
「してくれると思います。研磨は要らないですが、定期的に綺麗にしてあげてくださいね」
「そうか、感謝する」
剣を腰に戻すと、出立の準備を始めた。
「あれ、もう出るんですか?」
「長くかかるようなら別の武器を用意しようかと思ったが、準備が出来たのならやる事がある」
「そうですか、頑張ってください」
「ああ、それじゃあな」
その後、アーリャとローズさんに言葉を交わし、本当に出て行ってしまった。
今日くらい泊まっていけばいいのに。
いや、私が呑気なのか。
テロリストが捕まらず、町に潜伏している中で動ける人が動かないのはマズいよなあ。
かと言って、焦っても何かが出来る訳でも無い。
呼ばれるまで待機するのも、また仕事ってことで。




