120 胸がおどる
ギルドの試験も終わり、アーリャは帰る事に。
付き添いで、私もついて行く約束だった。
そのため、着替えてから出発……となったわけだが。
「なー、スラ子。私の胸、大きくなってない?」
「なってる」
「だよねー」
そりゃあ毎日、乳腺に夢詰め込んでハチャメチャが押し寄せてるからなあ。
貧乳も捨てがたいけど、どこまで大きくなるのか実験してみるのも悪くないか。
仕方ない、スポーツブラを裁縫し直すか。
気が付いたのも、サイズが合わなくなったからだし。
宿部屋の収納箱から取り出す振りをして、裁縫セットと素材を用意する。
「ユキちゃん、縫い物も出来るんだね」
「えっ、そういうアーリャは出来ないの?」
服飾の既製品は、結構なお値段がする。
だから、せめて穴が空いたら塞ぐくらいは出来ないと、お金の浪費が激しいだろうに。
親が、やってくれていたのかな。
それとも、修繕屋のような場所がある?
「裁縫も教えようか?」
裁縫特化の人には敵わないけど、そこそこの良品なら作れる。
錬金術で繊維は作れるけど、糸と布は裁縫スキル頼りだったからね。
そして、何故か出来た布の方が中間素材になるという面倒さが……まあ、それはいいや。
「いやあ、わたしは縫い物は別にいいかなって、えへへ」
サイドヘアーを指でクルクルしながら、ばつの悪そうな態度。
この子、興味のない事は本当にやる気を出さないな。
「そう。じゃあ、スラ子と遊んでて良いよ、すぐに終わらせるから」
裁縫している間もアーリャは、ずっと私を見続けていた。
視線が手元に集中されると、ちょっと気になる。
「すごいねー、寸法も測らないで縫えるなんて、ユキちゃん天才?」
「いやいや、慣れだよ」
嘘だけど。
それも含めてスキルなのだけどね。
アーリャもスキルを習得すれば、同じことが出来るように……そうだ。
「そういえば、アーリャはこんな物を見たことある?」
空中に水を浮かせて、変形。
色を着けて、見た目は電子チップの形へ。
霧の森でスラ子が使った、スキルチップだ。
「何それ、虫? 気持ち悪い形してるね」
確かに、わしゃわしゃしたら気持ち悪いかも。
知らないのか、やっぱり一般的に見られるものじゃあないって事かな。
よし、縫い終えた。
早速着替えて、着心地を確かめる。
ふにふに。
うむ、サイズが合ったからか胸周りが軽くなった気分。
「アーリャの分も作ろうか?」
布を巻いただけだし、気になっていた。
この大きさで大事にしないのは勿体ない。
「それじゃ、お願いしようかな」
「おっけー、スラ子。採寸よろしく」
「りょうかい」
「ひゃっ、スラ子ちゃん!?」
一時的に布は外され、スラ子が貼り付く。
明るい時間に見ると、あまりドキドキしないな。
まあ、仕事の目線ならそんなものか。
「うごかないで」
「そうだよアーリャ、すぐ終わるからねー」
「冷たい! くすぐったい!」
スラ子は石膏で固めたように、胸の形へ変化。
布を当てて、切り取っていく。
あっ、新しい生地使わないと大きさが足りないわ。
でかすぎんだろ。
「これ終わったらどうしようか? すぐに出発する?」
縫い終わるまで、時間が掛かるからね。
留め具に金属は……出来るだけ使わないで作るか。
他の人が参考にした時、再現しやすいような構造にしないと。
サイズの調整は目立たない部分を縫う事で、短く出来ればいいや。
「うん、遅くなると心配するから」
自動調整する下着を渡してもいいけど、使い潰した時に困るだろう。
いつまでも私がいるとは限らないし、買おうと思ったら結構な値段がするはず。
「ちょっと着けて見せてねー」
「え、うん。ひぃ! なんで揉むの!? ちょっ、スラ子ちゃん! やめて!」
だって、乳首が立った時のサイズも想定しないと擦れるでしょう。
どこまで生地に冗長性を持たせればいいか、確かめないと分からないし。
二次キャラみたいに服を着ていても立っているのが分かったら、恥ずかしいだろう。
「はあ、疲れた……」
アーリャは、ぐったりした様子でベッドに倒れ込んでいる。
大げさだなあ。
「お疲れさまでした。それでも、疲れた価値はあったでしょう?」
「うん。そう、だね」
疲れた様子は演技だったのか、元気に起き上がる。
そして、肩を回したりして身体の動きを確かめていた。
「すごく軽くなったけど、何かの魔法が掛かってるの?」
「いんや、サイズが合って無いから肩が重かったんだよ」
下着が合って無いなんて、そりゃあ肩が重かっただろう。
こうしてみると良い形に矯正されてるし、姿勢も良くなっている。
しばらくは窮屈に感じるだろうけど、そこは我慢してもらわないと。
そして年を取って体力が落ちてくると、矯正ブラの締め付けが苦しく……いや、やめておこう。
おばさんになってからの話は気が早い。
「それじゃあ行こうか、どこか寄る所ある?」
「真っ直ぐ帰って来なさいって」
「え、出るだけでも時間掛けちゃったけど、良かったのかな」
「大丈夫だよ、それくらいで怒ったりしないから」
どうも社会人の時間間隔から抜けない。
もっと、ゆったりと構えればいいとは分かってるんだけど、もう癖になってるなー。
チェックアウトして南へ。
町中で怪しい動きがあったから、噂になるかと思ったけど。
そんな事も無く、平和な空気が流れていた。
「聞いてなかったけど、新市街って遠いの?」
「うん。歩いても良いけど、ちょっと遠いかなあ」
歩いても良いけど?
疑問に思いながら、通りをそのまま歩こうとした私を呼び止めた。
「ユキちゃん、こっちこっち」
「あー、はいはい。そういう事ね」
石が土台の、見たことある看板付きポール。
どうみてもバス停です。
走っているのはバスでは無いだろうけど。
馬車道と歩道が分かれていて、ごく自然に視界に入っていたが。
こういった交通整備の知識も文化汚染になるのだろうか。
馬車程度ならともかく、自走ゴーレムになると死亡事故が起こるから自然に出来た発想かも?
「これ、いつ頃来るの?」
田舎なら30分待ちどころか、時間単位で待つ訳だが。
人の往来が多いから、すぐに来るのかな。
よく見ると、アーリャは推定バス停に嵌められているスイッチに触れている。
明るい色と暗い色が多数並んでいて、触っている明るいスイッチからは魔力反応が出ている。
なるほど、これで呼ぶのか。
「すぐに……あ、来たよ!」
乗合馬車かと思いきや、席数の少ない荷台が。
御者も、ちゃんといるけど。
こりゃタクシーだな。
「新市街の……ええ、そうです。この辺りまで。どうでしょう、行けますか?」
「結構掛かるけど、いいかい?」
「はいっ。では、お願いします」
アーリャは御者に前払いを終えると乗り込んだ。
私とスラ子も続いて乗車する。
「えっと、高そうだけど。いくらしたの?」
「あ、いいの。交通費は、ちゃんと使ってきなさいって言われたから」
折半しようとした私に釘を刺す。
そんな経費として落ちるみたいな事を……。
浮いたお金を懐に入れるとか、考えないのはどうなんですかね。
馬車が行き交う。
あれ、冬は雪が凄いっていって無かったかな?
「アーリャ、雪が積もったら馬車は走れないよね?」
こおんなに積もるって言ってたのだ。
メートル単位で積もったら、歩くのも大変。
流通も滞って、食料品の調達も出来なくなるはず。
馬車どころか、餓死者が大量に出るだろう。
「それがね。ノースオーバーの町の中は、魔晶石の力で冬の間も雪が解けるんだよ」
「それじゃあ、年中暖かいんだ?」
「暖かいのは地面だけ、なんだけど。そのおかげで確かに暖かい……のかな? 冬に町の外へ出るのは禁止されてるから、分からないかも」
「へー、環境が厳しい割には人が多いと思っていたけど。そういう事だったのかー」
「だったのだよー」
魔晶石が町に恩恵を与えているなんて、誰も説明してくれなかったんですが。
常識的っぽいし、情報屋もそれが理由で伝達漏れしたか?
それなら猶更、魔晶石を狙うって結構ヤバイよなあ。
町ひとつ滅ぼしてしまう意味を持つ、逆に言えばそれだけの防衛力があるのだろうか。
そこまでして狙う意味、あるのか……?
「もうすぐ着くよー」
早いなあ。
考え事をしている間に、全体的に新しい町並みが目に入って来た。
壁の塗りや屋根の色が鮮やかになっていたりと、技術の差が見た目に表れている。
冬は町の外へ出るのが禁止、ね。
旅に出るなら早いうちだけど、出るかどうかはまだ決めかねているんだよなあ。




