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117 黒い鎧の男、一体何者なんだ?

『黒い鎧で全身を覆った長身の男が、そっちの方に逃走中よ。協力をお願いするわ』


 お願いと言われてもね。

 現場が遠距離なら、正確な情報を得られないのか。

 精霊といえども、千里眼がある訳では無いようで。


『すみません。それ、私です』


『そう、だから宿の屋根上を見張る様に……今、何て?』


 隠す意味は無い。

 知らずに、あたふたする姿を楽しめるかもしれないけど。

 趣味が悪いし、状況的にもふざけていい場面では無い。


『私の鎧姿です。おかしな魔力反応を検知して、その場所まで行ったんですよ』


『詳しく説明してくれないかしら』


『勿論』


 先ほど起こった件の要約を話した。

 急いで現着したかったので、専用の装備で向かったこと。

 倒れていた人が病気のような症状だったので、感染を恐れて現場判断で治したこと。

 下手人が見当たらず、ユーストマが問答無用で絡んできたので足止めしたこと。


 うん。

 こうして並べると、やっぱり何も問題は無いな。

 私は悪くない。


『はあ……バカバカしい』


 通信の向こう側で、何かを伝える声がノイズ交じりに聞こえてくる。

 多分、部下へ情報の更新をしたのだろう。

 向こうからの通話は、私のブルーキューブを介して魔力で繋がっている。

 だから本来、向こう側の音の振動は伝わってこないはずだけど。

 相当焦ってか、それとも疲れているのか混線しているようだ。


『それで、何も痕跡は無かったわけ?』


『ええ、まあ。被害者の血液なら採取しましたけど、要ります?』


 本当に病気なら、血液から血清が作れるかなあと血を貰っておいて良かった。

 私には作れないが、必要な人が出れば渡すつもりだった。

 一般人相手には強烈なポーションでかいけつ、とは行かないのが辛い所だな。


『明日、その血液サンプルを持ってきなさい。はあ、もう疲れたから切るわね』


 それだけ言うと、ぷっつりと切られてしまった。

 今日ギルドに行って、明日も行く必要があるのか。

 有事まで待機命令とは何だったのか。

 いやまあ、有事なんですけど。






 翌朝。

 息苦しさに目が覚める。

 ぎゅーっと、圧し包まれてる感覚。

 あれ……スラ子が寝ぼけたか?


 身じろぎをすると、刺激が走る。


「ひあっ!」


 ふっ、くくくっ。

 ちょおっと可愛い声が出ちゃったじゃあないか。


 思い出した、寝ぼけてたのは私だった。

 私を抱き包んでくれているのはアーリャ。

 ふう、この態勢のままで一晩寝て過ごしたってマジか。


 そもそも、なんでこの状況に?

 確か……ああ、そっか。

 帰りが遅かったから、お詫びに好きな事していいよって言った記憶が。

 まあ、それはそれとして。


 起きた瞬間は分からなかったけど、今は律動で意識させられる。

 こんなの、本物なら寝ている間に絶対萎える。

 流石オモチャ、こういう所で差異を感じるとは。


「う~……んんっ、うきゅー」


 アーリャの寝ぼけた声。

 起こさないように、動けるかな?

 完全に密着して、私と彼女の体温が混ざり切っている。

 

 べっとべとの身体が貼りついて、身体を動かせないかと思ったけど。

 さらさらになって、いつの間にか綺麗になっていた。

 ベッドになっているスラ子が寝ている間にやってくれたか、ありがたい。


「……よし」


 二度寝したい気持ちを抑えて、起きるために気合いを入れる。

 しかしこのままだと、動けそうにない。

 オモチャの根元に魔力を流し、アーリャから剥がす。

 これを抜くのは、この状況から脱した後で……と。


 スラ子に魔力通話で話しかける。


(スラ子、私の身代わりお願い)


(うん、おはろー)


(ああ、おはろー)


 おはろー、って何だよ。

 アーリャの抱き枕にされている私の身体を、少しずつスライムと入れ替えながらスライドしていく。

 …………。

 ……うん、成功。

 アーリャは気づかずに、スライム枕を抱きしめて寝たままだ。


 さて、後はこれを抜き取る訳だが。

 軽い緊張感が走る。


「……! ふっ! ふーっ、ふー。はああ」


 思ったよりも楽で助かった。

 乾いて痛いかと思ったけど、朝濡れのお蔭でスルスルと取り出せた。


 マジかよ……。

 生きていくうちに、胸にぽっかりと穴が空く経験をするのかなあと考えたことはある。

 しかし、まさかこっちの穴がぽっかりと開く経験をする方が先とは。

 空気が中に入り、すーすーして違和感が半端じゃあない。


 取りあえず、立ち上がって洗浄しないと。


「おっ、おろろ!?」


 一部、身体の形が歪んでいた事で、体幹バランスが崩れていたのか。

 立ち上がった勢いに身体が付いて行けず、倒れ込む。

 意識はしっかりしていても、身体は本調子には程遠い……!


 もにゅ。


(なにやってるの)


(スラ子、ナイスキャッチ。ありがと)


 倒れた先へ、スラ子が潜り込んでくれて助かった。

 ついでに洗浄をお願いして、ポーションを飲んで元に戻す。


(はー、落ち着いた。もう朝だよね?)


(そうだよ)


(それじゃあ、先にギルドで用を済ませるってアーリャに伝えといて)


(わかった)


 アーリャは試験を受け終わった以上、宿に残る理由が無くなった。

 なので、帰りに付き合って家に遊びに行く約束をしたのだ。

 その為に、さっさと呼ばれた用を済ませてしまおう。


(今日の服は?)


(はい)


 シックなラシャコートに黒ストッキングとブーツ。

 大人っぽくなりすぎかと思いきや、着て見ると案外子供らしいデザインになっていて悪くない。


(結構暖かい、良いねこれ)


(がんばって、つくった)


 へあ?

 スラ子が作ったのか。

 それは大切にしないとなあ。


(ありがとう、大事にするよ)


(いいでしょ?)


(かなりね)


 うん、気分が上向いてきた。

 今日は平和に生きたいなあ。




「アン、おはろーごじゃーます!」


「おはろー」


「おはろーって何よ。今日は随分早いわね」


「えへへー、早速始めましょうか」


「? ちょっと、大丈夫なの?」


「だいじょうぶ、すぐなおる」


 壊れたみたいに言うな。

 あー、うん。まだちょっとだけ、脳内麻薬が残ってただけだよ。

 よし、真面目にいこう。

 ひっひっふー。


 最後に自分の顔を叩いて、気合いを!


「おごっ!?」


 スラ子の腹パンチ!

 呼吸! 呼吸が!


「なにおー」


「ドクター、これでおきた?」


 起きたよ。

 全然、声を出せないけどな。


「あんた達、遊びに来ただけなら帰ってくれない?」


「……! くはぁー、ごほっごほっ、ふー、死ぬかと思った。いやいや、遊びでは無いですよ」


 ほれっと。

 封じた試験管の血液サンプルを投げ渡す。


「ちょっと! 丁寧に扱いなさい!」


 めんごめんご。

 割れたら危ないもんね。

 んー? まだ、調子悪いのかな。


「私が医療系の研究には疎いので、お任せしますね」


 医学・薬学は錬金術とは別なので。

 やれない事も無いだろうけど、趣味の範疇にしかならない。

 実は何でもなかった、ってのが一番良いんだけど。


「後はこちらでやっておくわ。それより、黒い鎧で暴れたんですってね」


「いやいや、暴れてないですよ。冒険者のユーストマさんが、いきなり殺しに来たので、つい」


 武器も出してないし、相当手加減した。

 その後、スラ子がどういう戦い方をしたかまでは、うろ覚えになってしまうが。


「責めたい訳じゃないから、どうでもいいわ。ただ、戦力としてどの程度の物か、知りたいから見せてほしいの」


「まあ、いいですけど。やるよ、スラ子」


「おいすー」


「瞬着!」


 ぴょんと垂直跳び。

 道中、短縮手順をスラ子と練ったので、装着時間は宣言通り一瞬。

 あっという間に、全身黒の姿に変貌した。

 ん、一瞬だけ裸を見られたかも。

 多分、謎の光が大事な部分を遮ってくれるから大丈夫だろう。


「これで満足ですか?」


「へえ、これがねえ。太陽に突っ込んでも平気なのかしら?」


 鎧をコンコン叩きながら聞いて来る。

 凄い事聞くね、そんな訳ないじゃん。

 ……冗談だよね?


「思っているよりも脆いですよ。魔力の関係で、短時間しか運用出来ないですし」


 嘘だけど。

 魔力は私がポーションで補充し続けられる限り、いつまでも使える。

 何でもかんでもコレで済ませようとは思わせない為の一手を打つ。

 面倒だから。


――特別顧問、入ります。


「どうぞ」


 ん、他に誰か来る予定があったのか。

 邪魔になりそうなら、もう帰るかな。

 せめて、私が退室するまで待っててもらえばよかったのに。


 それにしても、アンは特別顧問扱いか。

 まあ妥当だろう。

 この精霊、仕事をケット・シーに任せて抜け出した前科があるからね。

 それでもクビにならない辺り、何か役割があるのだろうけど。

 ケット・シーか……あの後、どうなったのかな?

 また今度、聞いてみよう。


「それでは、私はそろそろ――」


 直感に従い、退室するために鎧を外そうとした矢先。

 ドアが開けられてしまった。


「キサマ! 何故ここにいる!」


 聞き覚えのある声。

 ユーストマさん、昨日ぶりです。

 いやまあ、こういう展開になるんじゃあないかと思っていたけど。


「何故、この人がここに?」


 私に問われた事を、そのままアンにパス。

 どうせ、私とユーストマを会わせようとしたのだろう。


「今後のために、顔合わせしてもらおうと思ったの。余計な諍いをされても困るのよ」


 私が男たちを襲ったと思われていたが、その誤解を解く機会をくれるのは助かる。

 冒険者側に良いように使われたくないから、私がユキである事は伏せるけどね。

次の更新は1/10くらい予定のはず

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