114 赤いマナ・ディテクター
魔力を物理火力に変える装備は古今、色々なゲームで登場した。
近接火力の低い魔法職に下駄を履かせる中盤武器だが、すぐに使い物にならなくなる。
私は、こう考えたことがある。
その技術を防具に使って、強力な防御力に換えることが出来たら。
もしくは、上級派生武器があれば終盤まで使えるのに、と。
だがそうなった事例は少ない、何故なら他の近接職を食ってしまうから。
攻撃を耐えきって回復しきれるならば、近接職なんて要らなくなってしまう。
魔力が持続している間という条件はある。
だが逆に、魔力さえあれば近接・遠隔共にこなせる万能職になるだろう。
なので、開発側の都合で出来なくされる。
中途半端は許されず、特定の役割特化が最適になる。
さて、ここは現実である。
現実でも役割特化が最適となるのか?
フィジカルが強いだけでは出来る事が少なく、魔法だけしか使えない鈍足は一瞬で懐に入り込まれる。
プログラミングされたAI用のヘイト管理スキルなんて効くはずも無く。
敵の攻撃手順がいつも同じとはいかないし、体力が減れば動きも落ちる。
考えずに襲ってくる魔物は少なく、不意打ちは当たり前。
役割補完のパーティーも、人間関係に悩まされる。
とにかく、何かに特化するのは環境に恵まれていないと難しい。
ゲームで99%の突破率があれば、雑に突っ込んで負けても笑い話に出来るだろう。
しかし、現実に命を賭けている局面で、1%も負け筋があるなら引かなければならない。
同行者の命を預かっているリーダーなら、なおさら判断は慎重になる。
なので、生きるために個人それぞれの対応力を上げる必要が出てきた。
その中の一つ、魔力による肉体強化という技術がある。
魔力強化は繊細で難しいが、努力次第でいつかは出来るようになる。
私も一応、魔力強化は出来るけど。
出力が低くて強化幅が少ない。
そう、戦闘には向いていないのだ。
「だから、もう帰っていいですか?」
「何が“だから”なのか分からないが、ダメに決まってるだろ」
えー、そんなー。
ここまで言えば、会社ならまず間違いなく休みをくれるのに!
「アンタ、さっきまでメガネ掛けてたかい?」
冒険者ギルドの審査官、ユーストマ女史が目を付けてきた。
私は確かに先程まで、このメガネを掛けていなかった。
「ええ、目が悪いので……動くなら、メガネがいるんですよ」
嘘だけど。
もちろん、ただのメガネを掛けたりはしない。
これから戦闘試験だが、その前に作ったメガネの性能を試す。
脈、血圧、血中酸素濃度。
これらの計測機を参考にしたが、相手に触れる訳にもいかない。
なので、余剰分が漏れ出る排出魔力に目を付けた。
それを検知できるのが、このメガネ。
魔力測定器だ。
何故、長々と魔力と強さの関係を説明する必要があったのか。
このメガネで相手を見る事で、その強さの指標を得られるかもしれないからだ。
見た目が弱そうでも、計測結果が高ければ侮れない。
逆に、筋骨隆々でも漏出量が低かったら見掛け倒しになる、はず。
……私のように、例外はあるけどね。
そもそも、漏れてる魔力を測れても相手の技術までは測れない。
だから、実際の戦闘力までは分からない、あくまでも指標止まり。
そこらの一般人を測ったら、たったの5。
私は、ほぼ0だ。
スラ子が全身を、薄く覆っているため。
魔力が漏れないようにして魔物から隠す目的と、スラ子の魔力補給に役立っている。
さてと、ユーストマを測定してみようか。
「戦闘試験って、そもそも何をするんですか?」
「別に怪我させる訳じゃないさ、木剣で動きを見る程度だよ」
む? 妙だな、メガネから警戒信号が……。
漏出魔力710! 思っていたより高い!
いや、一瞬だけだった。
くそっ、故障か? おどかしやがって。
これ、改良しないと使い物にならないな。
「さあ、来な!」
相手からの催促。
胸を借りる試合だから、気軽に行こう。
「では、行きます!」
「やあー!」
スカっ!
「たあー!」
カツッ!
「ほえー!」
コン! 受け流されるの!
全然、ユーストマに有効打が入らない。
打ち込み見てから回避されるの余裕でした。
「アンタ、真面目にやってないだろ!?」
「何言ってるんですか、めっちゃ真面目ですよ」
失礼な人だなあ。
本当に全力なのである。
全力でも早々疲れない身体だから、そう見えないだけで。
「ふん、チンタラやってたら欠伸が出る。アタイの方からも行くよ!」
ええ……? そっちからも攻めて来るのか。
これ指導じゃあ無いのかよ。
あっ、戦闘試験だったわ。
ユーストマが、私の木剣を狙う。
と、見せかけてのフェイントで私の握る指に剣先が向かう。
いきなり、えげつないな。
そんなゴリゴリの腕力で、私の細指に当てたら折れるとか思わんのか。
屈んで手首を捻る。
相手の剣を滑らせるようにして、スカす。
ユーストマは反撃を防ぐ意図があるのか、そのまま蹴り飛ばして来た。
この態勢で、真っ直ぐ飛んできた蹴りを防ぐ手段は無い。
後ろに倒れながら腕で受け、ゴロンと転がって衝撃を逃がす。
「いったぁ!? 手加減して下さいよ!」
「手加減しているさ! 文句が出るだけ、まだ余裕のようだね!」
蹴った後、そのまま切りかかって来なかった。
確かに手加減している。
だが、私が構えなおすと、すぐに掛かって来た。
これ何て言ったかな、かわいがり?
ユーストマの攻撃に合わせて、こちらも打ち付ける。
当然、力負け。
相手の余った力を流すように、身体を捻って力を逃がす。
ユーストマの剣技は素直で綺麗だ。
だから剣筋や、その先の行動は視えてはいる。
しかし、私の身体の動きが追い付かない。
手加減されているのが、逆にキツイ。
力を逆に利用して弾こうにも、温存して攻撃してくるから踏ん張られる。
「チッ、粘りやがって! 一気に決めるよ!」
決めるなよ!
メガネの計測魔力が、どんどん減少していく。
なるほど、何らかの消費行動をとると漏れていた魔力が減っていくのは道理だ。
ユーストマは居合いに似た構えを取る。
げえ!? あの構えは!
一撃目で武器を叩き、攻防を止める。
二撃目で身体を撃ち、態勢を崩す。
そして、三撃目を急所に撃つ。
この三連撃を一瞬で行う、必殺の構え。
私が見た目相応の実力なら、頭蓋を割られて死ぬ。
しかし、間合いから出ればいいだけの話。
後ろにステップしようとして。
動かない、金縛り!?
(ま、まだかよ! あ、あばらがおれてるんだぜ、ぐぐ……!)
スラ子のせいかよ!
(お前、あばら無いだろうが!)
違う、そうじゃあ無かった。
ユーストマが技を放つ瞬間、メガネが大きな魔力を捉えた。
1330! 集めた魔力を一瞬の技に込めてる!
動け、動いてよ!
動けってんだよ! このポンコツが!
「受けて見ろッ!」
間に合わなかった!
木剣を構えたままの私の武器を弾き飛ばし。
正中線を小突き。
そして。
私の前髪を揺らして、寸止めされた。
「ま……参りました」
「よし、合格だ」
その後、何事も無く外に出た。
最後の技も、当てるつもりは無かったらしい。
正中線に当たった二撃目も、ほとんど痛みは無かった。
「で、なんであのタイミングで拘束したのさ」
「ドクター、よけそうだったから」
「いや、そりゃあ避けるでしょう」
「ダメ、よけてしまったら」
「どうなる?」
「めを、つけられる」
「あ、そっかあ」
それは困る。
変に動きが良いと、厄介ごとを頼まれるものだからね。
思ったより頭に血が上っていたようだ。
いや、他にもある。
「当たったら、どうするつもりだったのさ」
「だいじょうぶ」
「何が?」
「ぶきのほうが、おれるから」
「あ、そっかあ」
悲しくて涙が出ちゃう、だって女の子だもん。
死ななきゃ安いって、やっぱゲーム脳だわ。
現実で、やるものでは無い。
「はあ、マナ・ディテクターの数値測定機能は要らないかなあ」
「びみょうだった?」
「んー、改良の余地はあるね」
通常時の魔力漏出を基準に、急に減ったときと放出されて増えた時が分かればいい。
その瞬間さえ分かれば、相手が技を繰り出す瞬間を察知出来るようになるだろう。
自前の感知でも、察知する事は出来なくは無い。
だけど戦闘中の一瞬を争う中、感知能力に神経を割く余裕があるかどうか。
場合によるけど、そんな暇があるなら更に一手先を読んだ方が上手くいく事もあるからなあ。
「だから……あれ、でかい魔力が?」
一万を超える魔力が、遠くから。
これは異常な数値だ、今まで見たことが無い。
もし町中で、その魔力を何かに使ったらかなりの被害が出るだろう。
「いや、まだ上がっていく……! 19000、20000……22000!」
ピピピッ! ボン!
「はぎゃー! なんで爆発!?」
「だいじょうぶ?」
まだだ、まだ壊れたと決まったわけでは無い。
操作しようとする、が。
今は、もう、動かない、このメガネ。
「マナ・ディテクターちゃんが、不良品になっちまっただー!?」
「よゆうそう、だいじょうぶだね」
余裕なわけあるかい!
最初から作り直しとか、何でこんなことに。
「文句を言いに行こう!」
「やつあたり」
そもそも、あれだけの魔力を放置するのは危険に違いない。
何か、放っておけない気がする。




