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数日、いや三日くらい経過した、と思う。
こんな所で一日経ったらもう時間感覚わからないって。
唯一の楽しみがメシの時間ってのはストレスで不健康になりそう。
出されたメシがパンと野菜くずのスープで味は悪くなかった。
これで冷めてなかったら文句は無かったな。
複数の足音が聞こえてくる。
いつもは朝の軽い健康診断と夜のメシの時にしか人は来ない。
昼近くの今来るってことは誰かが私を買いに来たのだろうか。
牢の前で男たちが止まる。
二人はキノコ頭の商人とマッチョの用心棒。
あと一人、白いスーツ姿と特徴的な白い帽子はギャングが被っている様な見た目をしている。
陽の光がほとんど入らず、薄暗い中でなぜか帽子を目深にかぶっているので顔を見ることが出来ない。
白い男は手に書類の様な物を持ち、私とその書類に書かれていることを見比べているようだ。
「今回はこの子が?」
白い男は商人と話し始めた。
「ええ、どうされます?」
「基準はクリアしている、上出来だ。だが念のために面接を行うので部屋を借りるぞ」
「わかりました、ではご案内させていただきます。ボールド、あとは頼みます」
商人はマッチョに後を任せると白い男と出ていった。
鉄格子が開けられて牢を出る、マッチョは鎖を持ったまま私を案内してくれるようだ。
自分の服の入った紙袋を抱えて移動する、と言っても行き先はすぐそこの部屋だ。
部屋の内装は看守の当直部屋といった感じで質素かつ出入り口は堅牢な様子である。
テーブルクロスの乗ったテーブルを挟んで丸椅子が二脚あり、奥側に女性が座っているのが見える。
あれ? 白い男が面接をするわけじゃあないのか。
女性に座ってくださいと手で案内されたので、手前側にある丸椅子に座る。
座った私にマッチョの男が近づき、首輪をいじると外してしまった。
首輪と鎖をまとめ上げると入口の横に立ったままでこちらを見張る。
「わたしはマリーと言います、まずあなたのお名前を聞かせてください」
マリーと名乗った女性が問いかけてくる。
金髪青眼でメガネ、カチューシャでロングヘア―を後ろに流した見た目は委員長タイプか。
紺の色を基調としたメイド衣装で、座っているので見えている部分は派手な意匠が見られず実用的な服のように思える。
あ、耳尖ってるからエルフだ。まな板もそれはそれでいいよね。
おおっと、視線に敏感ですね。
「……あ、あー……っと。カヨウです、よろしく」
喉を手で触りながら調子を確かめて声を出す。
数日間声を出していなかったから掠れているかと思ったけど問題なく出たな。
ニコっと笑って返事をすると、こちらを見透かすように見つめてくる。
「それではいくつか質問をします」
面接と言っても常識的なことしか聞かれなかった。
過去の犯罪歴、捕まっていた間に何かされていなかったか、趣味、働くことに拒否感は無いか。
用意されていた紙に私のプロフィールを記入しながらこちらの顔をみて話す。
これは嘘や精神的動揺が無いか見定められているんだろうなあ。
ここに来た経緯で旅の途中に捕まったと言うと手が止まる。
女性が私の後ろで待機しているマッチョに目をやり、私も見るとマッチョは首を振るだけだ。
しばらく紙に何かを記入していき、迷っているのかペン先で書類をトントン突っつきながら考え込んでいる。
そしてこちらに向き直った。
「カヨウ、今からあなたを雇う為の契約書類を書いてもらいますがいいですか」
私はそれを受けると契約書類をこちらに向けられて、説明されながら内容を確認する。
自分を買い戻すお金は書類上で加算されていき、それとは別に現金支給もされる。
休暇は申請するか雇用者の都合でのみ発生する。
細かい所は普通の雇用契約と変わらない。
一か所だけ不明点が。
「この理由無く専用チョーカーを外してはならないってのは?」
マリーは傍に置いていたアタッシュケースのようなものを開けて赤いチョーカーを取り出す。
「これは必ず着けてもらうことになります。取り外しは専用の道具を使う必要があるので余程のことが無いと外せないでしょう、ですがこのチョーカーは外出中でもあなたの身分を証明するための物になります」
なるほど、言外に能力制限があったり発信機みたいになってたりしそうだが最悪インベントリに仕舞えばいいか。
説明していただいたことに礼を告げて書類にサインをする。
これで面接は終わったかな。
私から書類を受け取ると、不備が無いか確認をして一度部屋から出ていく。
マリーのメイド衣装は膝下のロングスカート、身長は160センチくらいかな。
腰の後ろで巻いてある鞭を装備しているのが浮いて見える。
席を外した理由は売買契約をしてきたのだろうか、すぐに戻って来た。
「ではチョーカーを着けるので動かないでください」
マリーは私の後ろに回り、継ぎ目のないチョーカーを着ける。
手触りは布のような感じだが硬質、着けられても何か悪影響があったようには感じられない。
「はい、では行きましょうか。ついて来てください」
マリーはマッチョが控える牢の入口方向とは逆の出口に歩いて行く。
私もそれに続いて部屋を出た。
「マリーさん、あの白い服の男性は何者なんでしょうか」
私の前を歩くマリーは前を向いたまま答えてくれた。
「あの方はシロノオーナーです」
「白のオーナー?」
「シロノ、が名前ですね。資金援助をして頂いてる方で普段目にすることは無いでしょうが覚えておいてください」
「という事はシロノオーナーとは別に雇用主に当たる方がいるって事ですか」
「ええ、まあ……ご主人様の事は追々説明していきますね」
ご主人様ね、という事は私もメイドさんをやらされるって事かな。
家事はともかく専用の礼儀なんてあったら覚えなきゃあならないな。
皿洗いや草むしりとか雑用だけなら覚えることが少ないかも?
いや最低限の身の振り方ってものがあるか。
マリーさんに付いて行きながら考えている間に外に出た。
振り返ると看板が掛かっていたので読んでみる。
ロリーズファーム。
ここかあ。
マリーさんに聞いてみようか。
「ロリーズファームって他にどんな事をしているお店なんですか?」
「私はあまりここには来ないので詳しい事はちょっと……。ここの出入り口とは別の、正面に構えたお店ではお菓子の提供をされたりしているようですね。後は少量ですが地方の物も扱っているとか」
なるほどねー、と気のない返事になってしまう。
人を扱うほど手広いのに全国展開出来ているのは色々うまくやってるんだろうなあ。
大通りに出ると人の行き来が目に入る。
色々な人種がいて、マリーさんのようなエルフやリザード系の見た目をした爬虫種など、誰がいても不思議ではない様子。
大通りは緩い下り坂になっており、終点は大きな湖に似たオアシスになっている。
オアシスの周りは茶色の岸壁がそびえていて、あれを思い出す。
某テーマパークのビッグイナズママウンテンだったか、あんな感じの雰囲気があった。
その向こうの地平線に近い所では砂の海と化していて、この町が最後の補給地点と言えるのかもしれない。
大通りを下り、オアシス方面に向かう。
マリーさんに行く道の店舗で扱っている商品を教わりながら雇用先まで案内される。
これは仕事関係かな、何らかの買い出しに出る可能性があるのだろう。
途中、調味料専門の店を見つけたのでそのうちお邪魔しに行こうか。
人通りが少なくなり、通る人が物々しい装備をした警備の人や馬車、歩いていても身なりのいい人が多くなる。
着いた先は豪邸だった。
窓は二階まであってその上の小窓は屋根裏部屋のものだろうか。
一階真ん中にある玄関を挟んで左右に四部屋ずつはありそうだ。
奥行きは分からないがそれが最低でも二階分もあれば仕事などいくらでもあるのだろう。
塀は2メートル程の高さがあり正門の傍には検問小屋の様な物が立っていて、中に警備の人が常駐しているのが見える。
正門横の通用口から入り、門と館を繋ぐ通路の、えーとアプローチと呼ぶんだったか、その道を外れて裏に回り裏口から館に入る。
「まずはあなたが住むことになる部屋に連れていきます」
裏口に入ってすぐそう言われて、マリーの後ろに付いて行き階段を上る。
上っている途中チラリと見えた二階までの優美さとは違い、三階は劣化防止剤を塗った暗色木材で組まれたような。
端的に言えば屋根裏部屋を小分けした通路だ。
部屋に入ると広さは八畳ほどしか無く、他の部屋も似たようなものだろうか。
天井は梁が見えて斜めになっており、窓は外から見た時に屋根裏だと思えた部分と同じ形をしている。
ベッドは部屋の奥に二つあり、個室ではないようだ。
「これから仕事着を持ってくるので待っててください」




