105 フード
町を歩き、日用品を買ったり、小物を見たり。
とはいっても観光地では無いようで、どこにでもあるような物しか無かったが。
「さて、そろそろ宿に戻りましょうか」
「うんっ、かえろー」
「帰ろ、かえーろ、お宿にかえろ。まんまん、まんぐ(ドクター、けすよ?)」
え、やめてを越えて、いきなり消す!?
それは困る。
(どうも、すみませんでした)
(よろしい)
「ところで、スラ子ちゃん。さっきまで、そんな大きなバッグ背負ってた?」
アーリャがスラ子のバックパックを見て、今更聞いてきた。
うん、まあ背負ってなかったよ。
「せおってたよ、きのせいだよ」
「うん……? うん、そうだよね。 それより、荷物が凄い事になってるけど、大丈夫なの?」
登山用のバッグを一杯にした様な見た目だからね、分かります。
物価が高いと言っても、普通の生活を送る分には、という但し書きがつくレベルだ。
欲しい物があったら買って、スラ子に持ってもらっている。
「スラ子、アーリャさんを持ち上げて見て」
「うん……ふんがー!」
気の抜けた、謎の叫び声をあげながら。いや、棒読みだわ。
アーリャの両脇を掴んで、軽々と持ち上げた。
高い高いされる時にスカートを押さえるなんて、女子力たけーな。
「大丈夫でしょう?」
「アーリャかるい、もっとたべたほうがいい」
そんな、デリカシーの無いおっさんみたいな台詞言わんでも。
アーリャは拍手して、スラ子の手を握ってぶんぶん振っている。
「わーっ、すごいね! スラ子ちゃんって、やっぱり強いんだね」
「だーいじょうぶ、まーかせて!」
まあ、そこらのチンピラなら余裕で葬らん。
弱点の魔法も、町中でぶっぱなす頭がおかしい奴なんて早々いないだろう。
さて、宿に戻ってきましたよっと。
視線をチラリ、フードの人を発見。
あれが情報屋さんかな? もう来ているとは、まだご飯の時間には早いぞ。
「アーリャさんとスラ子は部屋に戻っていてね」
「あれ? 一緒に行かないの?」
「私は、あの人に用事があるから」
「一人で、大丈夫?」
不安な顔をしなくてもいいのに。
ついて来てもらっても困るのだけど。
「ちょっと、お話を聞くだけですから。では、また後で」
「ドクター、がんばってね」
(いや、スラ子はちゃんと私を守ってね?)
(どうしようかな)
こんな事を言っているが、緊急時には頼りになるから大丈夫だろう。
夜に会う約束ではあった。
しかし、少しくらい早くても大丈夫だろう。
フードの向かいに座る。
「お待たせしちゃいました?」
「お前が……か?」
正面から見てもフードが影になっていて、顔がうかがえない。
性別も分からないし、声も中性的でどちらともとれる。
魔力反応あり。隠ぺい系の魔道具か。
「なんだガキか、早く帰ってママのおっぱいでもしゃぶっていろよ」
まあ、しゃぶりたい人はいますけど。
今は、二階に行ってますが。
もっと言えば、膝枕をしてもらいながら。
同時に、指で気持ちいいスポットを擦りあげてもらいたいけど。
「それじゃあ……あなたも帰って、パパのちんちんでもしゃぶったらどうです?」
私の冗談に、フードは含み笑いをしてしまった。
うーん、何というか。
「ちょっと、冗談が悪趣味ですね。すみません」
「クッククッ……いや、良いさ。今度から、他の奴にその冗談で返してやるよ」
えー。
喧嘩になると思うけどなあ、まあいいや。
「それで、幾つか聞きたい事があるんですが」
「何が聞きたい? お前の評判か? この宿の主人の女性遍歴でもいいぞ」
全く興味が無いです。
それと、あんまり余計な事は言わない方が良いと思うけど。
向こうから、おやじさんが睨んでるぞ。
「そうですね。まずは、この町の主要産業から教えてもらえれば」
銀貨を一枚、投げ渡す。
こんな質問、本当はしなくても他の人から聞けばいい。
だけど、まあ、どれくらいの能力があるのか、信頼性はどの程度なのかは見極めたい。
その後も、銀貨を渡しながら簡単な質問を繰り返す。
食料関係の輸出入、歓楽街の良しあし、北方を防衛している時の魔物の強さ。
その他、諸々。
そろそろ、本題に入るか。
「なんで、ガラの悪い人達が野放しになっているんですか?」
「北方防衛の傭兵として、だな」
「それだけでは無いですよね?」
町の外で付着したとは思えない、新鮮な血の臭いをした人がいた。
違法な薬物のにおいを漂わせている人もいた。
この人達が、普通の傭兵かと聞かれたら疑問だ。
受け取った情報が間違っていない、という前提になるけど。
町の北側大部分は砦になっていて、正規兵と傭兵は打ち合わせてから出征している。
採掘・採取の護衛や、魔物が増えすぎない様に間引くのが主な仕事だ。
侵攻された際の数を減らして、そもそも砦に被害を出さない様にしている訳だね。
過去に魔物の殲滅を行い、北方進出を狙った事もあるらしいが。
まあ、この町がある時点でお察しの結果だろう。
少し、話が逸れた。
その傭兵さん達、町に降りて騒ぐまでは理解できる。
しかし、町の区画を大きく占拠しているのが気になる。
こんな状況になる前に、領主が傭兵用の区域を新たに増やしそうなもので。
血の気の多い傭兵と、住民が混ざって暮らすのは不自然にみえる。
「防衛力が欲しいなら、他の町から冒険者を集めれば良いでしょう」
「領主が金をケチったのか、それとも長く続く防衛に資金が持たないのか」
「だから安く働ける強い人が来てね、って来たのが傭兵さん達?」
金が無いなら、町を捨てて南に後退するのが必然だと思う。
ここでしか採れない何かがあるなら兎も角。
それに、アーリャは南の新市街から来たと言っていた。
町の拡張が出来るなら、財政に余裕があるのでは?
「町の大きさを考えたら、お金が無いとは思えないですけど」
「これから先は、町の秘密に突っ込んだ話になる。聞くならコインのランクを上げな」
迷わず、金貨を投げ渡す。
予想外だったのか、口笛を吹いて私の行動を茶化した。
「賭けをしよう、参加費はこの金貨。外れたら金貨を失って終わり、当てたら情報はタダだ」
親指で弾いて、コイントスの素振りを見せる。
おいおい、何か始まったぞ。
参加費に金貨を渡す以上、タダでは無いと思うんですけど。
金貨を渡してギャンブルに勝てば、無料で情報が貰えちまうんだ!
コイントスが得意な情報屋……なんか、インチキしそうだね。
「受けないと言ったら?」
「これ以降の話は、無しだ」
「ええ……じゃあ、やります」
「グッド! 賭けの手段は簡単、コイントスだ。こっちが表で、こっちが裏、それじゃ投げるぞ」
ピンっと音を立てて回転し、勢いよく金貨が落下する。
フードの手の平で隠されて、手の甲に収まった。
おや、投げる前に宣言しなくても良いのか……?
確率は五分五分、のように見える。
金貨は偽造防止の為に、不規則な魔力を常に発している。
表と裏の模様の違いから、魔力が微妙に異なる波長を感知できるのだ。
フードの手に収まっている金貨は二枚。
表と裏、両方の金貨が手の甲に存在する。
あのさあ……。
これ、絶対に負ける奴じゃん。
よし、これでいこう。
私も、金貨を取り出して見せる。
「表か裏か決めてテーブルにセットするので、そちらが見せてから、こちらも開けます」
「同じ絵が揃っていたら、お前の勝ちって事か……まあ、いいだろう。いや、待て、開けるのは同時だ、いいな?」
「分かりました、そちらもテーブルに置いて下さい」
お互い頷き、後は開けるだけ。
セット終わり、オープン!
フードが手を上げると同時に、私も手を上げ始める。
まだ見えてはいないが、この時点でフードの金貨は表で確定。
すまないが、スラ子がテーブルに薄く張りついて視ていた。
私の方は裏。
これまたスラ子が、金貨をインベントリに一度仕舞う。
落下音が出ない様、私の手の下に、そっと置きなおす。
テーブルに、表にした金貨を。
テーブルの上には、表を向いた金貨が二枚。
「私の勝ちですね」
「おい待て……お前、やったな?」
このフードも魔力が感知できるのか。
それとも、心を見破る何かの能力? カマ掛け?
何が原因か分からないが、確信をもって咎めてきたように見える。
だけど、一瞬で看破したって事は、自分がイカサマをしているとバラすようなものだ。
これは完全に口を滑らせましたね、間違いない。
「やりましたよ。ですが、どうやったか説明出来ますか?」
「ぐぬぬ……負けだ、クソッ!」
自信があったのに、負けたから動揺したのは分かる。
しかし。
あっさり負けを認めたな、怖いわー。
負けた振りをして、実は逆転を諦めてなかったりするからね。
イカサマやってる人は、そこが怖い。
「それで、何の話だったか」
何だっけ?
そうそう。
「傭兵の悪い人達が、何を目的にしているのか」
フードは、少し感情的になったのを落ち着けるように一呼吸。
一口、酒で口を湿らせてから話を始めた。
その行動も演技に見えなくも無い。
「まずは、この辺り一帯を仕切っている奴らの情報からだな」
それらの話は、カット。
一枚岩では無く、甘い汁を求めていくつもの傭兵団が入り込んでいる。
よくある話で、どうでもいい。内容がほとんど頭に入ってこない。
睨みを利かせながら、争い、奪い合っている。
場所も、利益も。
傭兵たちが勝手にやっている、戦争もどきか。
そこまで険悪では無いようだけど。
「それと、この町を運用する魔力を担っている、魔晶石を目当てにな」
「魔石では無く?」
「防衛の際、返り討ちにした魔物の力を吸って、成長する魔石らしいな。どれだけの大きさなのやら」
魔石は変形出来ないと思っていたのに、本当だろうか?
際限無く成長するなら、とんでもない量のエネルギー供給が出来るね。
あれ、でもこれ。
「魔晶石が成長して魔力を蓄えるなら、それを狙って襲ってくる魔物の規模が増えたりしませんか?」
「まあ、そうだ。だから、削り取って大きさを調整している。それで、削った魔晶石の粉を報酬として渡されてるんだよ」
「傭兵さん達に、ですか」
「それに、どんな凶悪犯でも傭兵の仕事をして、一般の町民に迷惑を掛けない奴は見逃されている。結果、連中が集まる区画が出来た。そして、馬が合わない奴らで潰しあっている」
魔晶石の粉の分配率が、そのまま資金源になる。
頭数が減れば、それだけ美味しい。
楽しい町だね。
もう、旅に出たいわ。
凶悪犯が傭兵になって、そこらを歩いているってヤバイでしょう。
話を聞く限り、良い傭兵も居るらしいけど見た目では分からないからなあ。
「普通に接する分には良い奴らも多い、裏で何を考えてるか分からんがな」
アーリャは夜這いされそうになったけどね、スラ子が撃退したけど。
男と女、それと年齢で対応が違うのは、当たり前だから別に良いけどさ。
やることすべてが屑な、根っからの悪なら仲間も犠牲にするから孤独な奴は危険。
集まって慣れ合いが出来てる奴らは、まだまとも。
だったらいいなあ。
油断していると、社会に溶け込むサイコパスに首を飛ばされそうで怖いね。
「最後に。魔晶石の本体を狙っている個人、もしくは集団はいます?」
「そいつは言えないな。まだ誰も解明していない、金貨製造の秘密でも教えてもらわないと割に合わない」
金貨製造の方法が未解明だと、わざわざ言う必要があるか?
ジョークの一種なのかね。
「作れますよ。金貨」




