表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/167

103 チェックイン

「ねえ、ユキちゃん、スラ子ちゃん。違う宿にしよ?」


 もうすぐ夜。

 外観は普通だったけど、中に入るとアーリャも流石に気が付く。

 一階が酒場で二階が寝室の典型的な宿。

 だけど、酒場で飲んでいる奴らの目つきはキツく、どこか暗い。


 しかし、店内の雰囲気は悪くない。

 客の入りも良いし、明るく照らされた酒場は陽気に満ちていて、うるさいくらいだ。


「大丈夫ですよ、アーリャさんの事は守りますから」


「スラ子は、つよいよ」


 などと、決めたことを言っても頼りないだろう。

 彼女を見上げても、不安気な表情を隠せない様子。

 実際、じゃあ全面的に頼ると言われても、それはそれでウザったいが。


 飲んだくれているオッサン共のテーブルを縫って、カウンターに向かう。

 不審な動きあり。

 腰からグロースバトンを引き抜く。


 そしらぬ顔で、アーリャのお尻を触ろうと手が伸びてきた。

 弱電気を流して、バトンで手首を叩く。


 ナイスガード。

 叩かれた方も痛みだけで、怪我にならないように手加減はしている。


「いっテェ!? 何スンだテメー!」


「はて? 何のことですか?」


 ドスのきいた声で激昂する男に、ニヤニヤ笑ってとぼけた振りをする。

 それを見た別の客が、男を煽る。


「ギャハハッ! ダッセー! 子供に叩かれた程度で泣いてんじゃねーよ」


「ああ!? ンだと!」


 男の怒りが矛先を変えて、煽った奴との喧嘩が始まった。

 周りは止める所か、それを囃したてる。

 血の気が多い奴らだね。


「ね、大丈夫でしょう」


「ふえ?」


 きょろきょろと、男と私を見比べて意味が分かっていない様子。

 それなら、それで良いか。

 分かってもストレスが溜まるだけで良い事は無い。

 そのデカいお尻は私のものだ。

 いやいや、まだ違うし物扱いも失礼だった。


 今こそが隙に見えたか、私のミニスカに手が伸びる。

 しかし、そこはスカートを抑えて、めくられないように防いだ。

――チッ、そんなもの履いてるなら捲らせろや。

 ぼそりと、呟いた声を拾う。


 わかってないなあ。

 ちょっとした事で見えそうな、ミニスカを抑える仕草が良いんだろうが。

 恥ずかしげな表情、抑える事で逆に浮かび上がるヒップライン。

 まあ、今の私が出すには難しい魅力だけど。

 そこのガードが甘いなら、スラックスでも履いた方がマシだろう。


「おやじさん、二部屋空いてる? 連泊したいんだけど」


「日毎の先払い、メシは別払いだ……良し、確かに。部屋の場所は、鍵番号を見てくれ」


「それと、今から食べても良いの?」


「適当に座って、ウェイターに頼めば出してやるよ」


「どうも。アーリャさん、先に部屋に行きましょう」


「あっ、うん。ユキちゃんとスラ子ちゃんは、わたしが守るからね」


「期待してますよ」


 心の中で苦笑い。

 さっき、私とスラ子が守るって言ったばかりじゃあないですか。


 アーリャの手を引いて、荷物を置きに行く。

 部屋の前で別れて、中をチェック。

 木製の扉だが意外にも鍵はしっかりしていて、蹴破らない限りは開けられないだろう。

 合鍵、ピッキング、木窓は鍵無し、とまあ侵入の手段は豊富だが。


 部屋の中は六畳くらいで、ベッドと収納箱が置いてあるだけの質素なものだ。

 まあ、宿泊費を考えても妥当な所。


「当たり前だけど、水回りが無いね」


「そのかわりに、ベッドがある」


 そりゃあ、ベッドが付いて無い宿なんて嫌だよ。

 頻繁にシーツは替えられているようで、触れた時の感覚は……わら、だろうか。

 掛け布団は羊毛の、薄い掛け布団が一枚。

 寒い時期ならこごえるかもしれない。

 その時は、他に暖かい物を持ち込んだりするべきなのだろう。


 トイレは共同、シャワーも無くて衛生面はあまり良くない。

 ゴミや埃は、スライムが定期的に掃除しているのか不自然なほど綺麗だ。


「寝心地は悪くないね」


 沈み込むかと思いきや、そうでもない。

 浅くして、藁のかさを減らすことでケチってるな。

 枕が無いのは、自分の荷物を使えって事か。

 コストカットと考えたら、おかしくはないか。


「うまごやのほうが、マシでは?」


 確かに。

 馬糞の臭いを気にしなければ、寝心地はそんなに変わらないかも。

 盗難の危険性はあるだろうけど。


 いや、変わる点もあったわ。

 虫の問題だ。


「スラ子、ダニや虫のタマゴがあったら駆除しといて」


「りょうかい」


「アーリャさんを待たせているかもしれないから、そろそろ迎えに行こうか」


 アーリャの部屋をノックする。

 出てきた彼女に抱き込まれてしまった。

 一人分の距離は離れていたのに吸い込まれるとか、調整不足の投げキャラかな?


「ねっ、やっぱり一緒に寝よう?」


「寂しいですか」


 無言で首を縦に振る。

 そう言われても、私にも用事があるからね。


「じゃあ、スラ子。一緒に寝てあげて」


「スラ子ちゃんが?」


「何かあったら、何でも言ってあげてね」


「わかった。アーリャ、いっしょにねよ?」


「うん、お願いね」


 アーリャの腕を引いたスラ子に、まだ硬い笑顔で返した。

 だったら来なければ良かったのに、なんて思わないでも無いが。


「さて、気分が暗くなるのもお腹が空いているから。一階へ、食べに行きましょう」


「おー」


 乗ってくれるのがスラ子だけかと思ったら、アーリャも手を挙げて応えてくれた。

 ノリのいい人だなー。




 一階酒場。

 適当な丸テーブルに着いて、給仕にお酒とご飯を頼む。

 メニューは選べるわけでは無く、その日の決まった物が出されるみたいだ。

 頼んでから来るまでに時間が掛かりそうだから、アーリャに幾つか聞いてみよう。


「アーリャさんは、この町の出身なんですか?」


「うん、ユキちゃんとスラ子ちゃんも?」


「いえ、私達は別の町から錬金術ギルドの試験を受けに」


「スラ子は、ドクターのつきそい」


 スラ子は付き添いって事にしておかないとね。

 いま着けてる従属証の主人が、実質不在になっているので。

 私はすでに知識があったけど、他の人が錬金術士を目指す場合、どうしているのだろう。


「私は師の命令でスラ子と術士を目指してますけど、アーリャさんは独学で?」


「わたしもマ……先生に言われて、一人前への第一歩だって」


 ふむ、やっぱり独学で受かる程、楽では無いよね。

 知識はともかく、誰かの下で師事を受けてないと、実技面が身に付かないから。


「それなら、是非とも受からないとですね」


「うー、緊張しちゃう。大丈夫かなあ」


「心配なら、明日からでも一緒に復習しませんか。私も自信が無いんです」


「うん、お願い! 明日が楽しみだねっ」


 とまあ、明日の約束を取り付けた辺りで給仕が来た。

 周りの人も食べていたから、何が出て来るかは知っている。

 お腹が減ったよ。


「挽肉固めを出してくれるなんて、手が掛かってるよね」


 なにそのマズそうな表現。

 ハンバーグじゃあダメだったのか。


「おやじさん、料理が上手なのかな」


 正直こういう宿では、各種具材を煮詰めただけのシチューが出ると思っていた。

 食事の楽しみがあるのは良いね。


 他のメニューは野菜の付け合わせとパン、それとビール。

 水よりビールの方が安かった。

 上水道が整備されて無い、もしくは水を発生させる魔石が勿体ないとか?

 もし誰でも魔法が使えるなら、比較的作りやすい水は不足しないよなあ。


「それじゃあ、早速食べましょう」


「いただきます」


 ハンバーグ、パン、ビールと口にして。


「うん……」


 薄っす!

 ビールで流したけど、味が微妙。

 薄い塩味だけで、ほとんど素材本来の味を楽しませてくれる。


 チラっとアーリャを見ると、上品に食を進めている。

 うーん、調味料の持ち込みで怒ったりは……しないよね? よし。


 この料理に相応しいソースは決まった!


 取り出した各種小瓶から、少量だして空中に浮かべていく。

 野菜とスパイスのウスター、ディープブロンズ!

 コクのある酸味のケチャップ、サンダーバード!

 香ばしく味をしめるしょう油、ダイセリア!


 そして砂糖を加えて出でよ、デミグラス!


 空中に、それぞれ待機させた調味料をゆっくりと動かす。

 溶け残しの無いように螺旋を描き、混ぜ合わせてハンバーグに注ぐ。


 うん、即席のソースにしては中々。

 味も整って、悪く無い。


「わわっ、すごい」


 あっ、見られてた。


(声に出して無かったよね?)


(きこえてなかったよ)


 今のを声に出していたら、かなり恥ずかしい所だった。

 それでも、やりたくなったから仕方ない。


「ユキちゃん、魔力操作が細かくて羨ましいなあ」


 そっちね。

 てっきり、ソースの方かと。

 ソースは、こってりですが。


「錬金術に必要な練習ですから。ところで、二人とも、ソースいります?」


「スラ子は、ほしい」


「わたしも欲しいな」


 どうぞどうぞ。

 その後は、ちょっとだけ幸せになった食卓を囲んだ。

 デミグラスソースが口に合うか不安だったけど、問題なさそうで良かった。

 薄い味が一般的なのかとばかり思っていたけど、そうでも無いようだ。


 食べ終わったらすぐ就寝の時間。

 さて、夜這いに来る人はいるかなー?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ