102 ところ変わっても、マイペース
錬金術ギルドで、登録手続き。
同じ国だからか、それともギルドで管理が一元化されているのか、内容は大して変わらなかった。
一度受けた登録手続きは、もう慣れたもの。
後は試験を受けるだけ、なのだけど。
「十日後かあ、何してようか」
銅級の試験は、グループで一斉に行われるらしい。
筆記と実技があり、それが十日後。
今回は支部長に呼ばれたりはしなかった。
経緯を考えたら、当たり前なのだけど。
「たまにはゆっくり、まちをみてまわりたい」
「あ~、いいねー」
森に引きこもるのも悪くは無かった。
でも、人の動きを眺めてるのも良いものだと感じる。
やっぱり、生活はバランスが良くないと充実しないな。
極端な生き方はするモノじゃあ無い。
「おっちゃん。この肉サンド、二つ頂戴」
「おう、10銅だ」
「ほいほい」
適当な屋台で小腹を満たそうと、店頭で肉を焼いていた所にお邪魔する。
テーブルに銅貨を置いて、バンズに挟まったケバブのようなものを受け取る。
がぶりと一口。
「あーこれこれ、食感強い塩味で肉を食べてるこの感じ」
「おいしい」
家では食べたいと思わないのが、またいい。
パンも硬くて肉とあまり合って無い。
味付けは塩のみで野菜も挟んでないから、栄養バランスも悪い。
この微妙にまずいメシを食べてると、戻って来た実感が湧いてくる。
やっぱり、自分で作ったご飯が一番だな。
スラ子は肉なら何でもおいしいって言いそうだから、別枠って事で。
にしても、これが一個で銅貨5枚は少々高い。
「おっちゃん、この辺りって物価高いの?」
「ん? 新入りか。ノースオーバーは物価は高いが、実入りも多いぞ」
ノースオーバー、町の名前だろうか。
名前からして、この町が北端の更に先って感じだけど。
「ここから北で暮らしてる人って、いるのかな」
「定住しようものなら魔物の群れに襲われるだろうからなあ、無理だろうよ」
ふむん。
それだけ北に位置しているって事は……この寒さで、まだ冬じゃあ無いのか。
「なんか、治安も極端だよね?」
「ま、そうだな。よっぽど鈍感な奴じゃない限り、見りゃ分かるから気をつけろよ」
「そうするよ」
錬金術ギルドに向かう途中、道を歩いているだけで気付いた。
特定の道を挟んだだけで、家屋の質とうろつく人相が、ガラっと変わっている。
まるで光と闇に二分している、みたいな。
その表現も違和感があるかな。
別に、片方が貧乏で荒れていたりしてる訳でも無い。
町と町を無理やりくっつけてしまったような?
でもまあ、それだけだ。
犯罪組織が居を構えているのかもしれないが、普通に生きている分には関係ないだろう。
すみ分けが出来てるって事は、見境なく手を出さない様に下っ端への躾が行き届いているはず。
当たり前に犯罪が起きているなら町全体が荒むはずで、衛兵が放置したりしないだろう。
もし町の規模が小さくて自警団程度しかないなら、ツラが悪い人達の活動が中途半端に見える。
一見して平和なんだよね。
混じらないまま均衡を保っている、不思議な光景だ。
一応気を付けるとしたら、借金と夜道くらいかな。
「それであっち側の安い宿、良い所知らない? 会いたい人がいるんだけど」
別に、特定個人に知り合いがいる訳では無い。
しかし、この聞き方なら裏に通じている人を探しているように見えるはず。
私の言葉を聞いて、屋台のおっちゃんが初めて目を合わせてきた。
表情は、明らかに警戒している。
あれ? このおっちゃん、港町で串肉売ってくれた人に似てるなー。
「……面倒は持ち込むなよ」
「大丈夫だよ、そうは見えないでしょう?」
「ああ、それ食ったらさっさと消えてくれや」
「いやー、わるいね。美味しかったよ」
「ごちそうさま」
そりゃあまあ、もし危ない所の人が居座っていると知られたら、売り上げに関わるからね。
今のやり取りで、知り得た事も有る。
おっちゃんがこっち側の人だって事、そんな人でもあっち側の宿の場所を知りえる事。
いや、そうでもないのか?
闇商人だって、表向きは綺麗な顔で商売している人もいるだろう。
決めつけて、結論を出そうとする考え方は良くないな。
表通りから外れて、ある意味裏通りへの道中。
まだまだ活気の溢れる町並みを進む。
何故、わざわざそんな宿に泊まるか?
エルフの女の子、ガラの悪い宿、何も起きないはずも無く。
薬を盛られるだろうか、それとも押さえ付けられて公開?
永住する気は無く、心身の心配が無いからこそ出来る、そんな妄想をしていた時だ。
「ドクター、まえみて」
え?
もふっ!
何かに押し返された衝撃で、ぺたんと尻もちをつく。
なんだ、今の癒される衝撃は。
「いたた……」
目の前にも、私と同じように尻もちをついている女性がいた。
よそ見をしていたせいで、ぶつかって転んだのだろう。
それにしても。
声は可愛く、茶色のウェーブロング、年は成人してすぐだろうか。
ぱっちりとした目が幼く見える童顔。
それでいて、全てを包み込む大きな胸。
人を選ぶであろう、甘かわ系の明るい服が良く似合っている。
これは……ヒロインの風格!
「大丈夫ですか? お手をどうぞ」
「えっ? あ、はい」
手を差し出し、立ち上がらせる。
彼女が立つと、私の目線に巨大なフルーツが実っていた。
収穫してもいいのかな?
「落とし物、一緒に拾いますね」
「はわわ、ありがとうございます」
肩掛けバッグから零れ落ちていた物を拾って、彼女に渡す。
はわわ、だと? 現実にそんな事を言う人が存在するのか?
キャラを作っている、と両断したいが落ち着け。
ここは異世界なのだ、いるかもしれない、本物が。
それに騙されても良い、そう思えるだけの容姿を持っている。
「これで全部ですね」
「はいっ」
にぱっ。
心からの笑顔を向けてくれた。
あっ。
別の可能性が頭によぎる。
これ、頭が残念系か?
「あなたは、錬金術士さん?」
急な質問に、意表を突かれる。
ちょっと失礼な事を考えすぎて、頭がまわって無かった。
「今度、試験を受けるので。それに受かったら錬金術士になれますね」
「やっぱり! そっちのスライムの子も可愛いと思ってたんです!」
手をパンっと叩いて、よく分からない事を言い出した。
だから、なんじゃらほい。
一応、自己紹介はしておくか。
「私、ユキって言います」
「ドクターの、スラ子だよ」
「アリシア、アーリャって呼んでください。わたしも今度の試験を受けるので、よろしくね。ユキちゃん、スラ子ちゃん」
やばい。
口が半開きになって回復しない。
いい年して、ちゃん付けはキツイ、結構精神的ダメージ来るなー。
詫び続ければ呼び方を変えてくれるかな、そこまでする必要も無いか。
「よろしく、アーリャさん。それじゃあ私、これから宿を取りに行くので」
ではまた。
一礼して、その場を後にした。
はずだった。
てくてく(てくてく)
後ろから、アーリャがついて来る。
方向が同じ?
いや、正面衝突したのだから、そんな事は無かったはず。
「アーリャさんも、こっちの方へ?」
そろそろ裏通りに入るはず。
ゆるふわな子が入ったら、食い物にされるぞ。
「わたしも、ユキちゃんと同じ宿に泊まりたいなって。ねっ、ダメ?」
「それは、構いませんけど。でも、どうして?」
「んー? 何となく、他人のような気がしなかったから」
マジで? これ、誘われてるのでは?
こんなゆるふわの子が、夜に乱れる表情を見せるとか、激烈に興奮するんだが?
私は上でも下でもいいぞ!
「ドクター、ぼんのうが、うるさい」
「おやおや、スラ子さん。嫉妬ですか、みっともないですなあ」
けーっけっけ。
煽ったら、抱き着いてきた。
それどころか、私の首を絞めつけて来る。
「うげーっ、ぎぶ、ぎぶ!」
タッピングして、許しを乞う。
そのように見えているはずだ。
(だって、アーリャさんがおねだりする所、見たくない?)
(みたい。せいよく、つよそう)
(じゃあ協力してね)
(わかった)
(多分、こういう子って初めては好きな人、みたいに思ってるはずだから慎重に。無理やりは駄目だよ)
(そうかな。それはドクターの、もうそうでしょ)
馬鹿な。
こんなに清楚でゆるふわな子が、積極的に夜遊びする訳が無い。
……ラノベのタイトルかな?
タップしてから、ここまで0.02秒。
密着状態での魔力のリンクにより、電気信号を越えた速度で思考内容を直接やり取りする。
考えている事が筒抜けになるので、信用した相手以外にはオススメできない。
「こらっ、ケンカしちゃダメじゃない!」
アーリャさんが、私とスラ子を引きはがす。
そのまま胸のベッドに押し付けられ、そのまま頭を撫でられた。
思わず手を回して、ぎゅっと抱き着く。
しっかりと筋肉がありながらも、ほんのりと乗った脂肪。
一瞬にしてリラックス効果が現れるなんて、これは天然の回復魔法だ。
そして自然と、いい匂いに包まれる。
うーん、これは上等な柔軟剤を使ってますねえ。
「よしよし、手を繋いで行きましょうね」
「ふぁい」
気付くと、アーリャさんが隣を歩いていた。
手はガッチリと、恋人繋ぎで握られている。
あれ……いつから手を繋いでいた?
(おはよう、ドクター)
道を先導していたスラ子が、正気に戻った私を察知した。
なんだ、これは? 私は、精神汚染を受けているのか!?
握られた手が、接着剤でも付いているかのように離せる気がしない。
馬鹿な事考えてないで、冷静になるか。
(宿まで、後どれくらい?)
(もうすぐだよ)
「アーリャさん、言うまでも無い事ですけど部屋は別にしましょう」
「えっ、どうして? 一緒に寝たかったのに」
警戒心が迷子ですよ。
早く、見つけてあげて?
「まだ、会ってすぐじゃあ無いですか。荷物の整理もありますから」
「うーん、わかった。隣の部屋ならいいよね?」
「ええ、まあ」
適当な人を引き込んで楽しもうと思っていたけど、大丈夫だろうか。
いざとなったら、振動中和装置の魔道具を使って消音するか。
あれ、結構魔力を使うんだよねー。




