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体に伝わる心地いい振動に目を覚ます。
大きくあくびをして、腕の伸びをする。
さあポーションでも飲んで一息つくかなと思ったところで手が止まる。
あーそういえば捕まってるんだったか。
「起きたみたいなんで、水わたしてくるっス」
私の伸びで鎖がジャラジャラなってる事に気が付いたようだ。
御者台の方から、昨日から掛けたままの幌を捲って男が近づいてくる。
「中身は水っス、昼頃には着くっスよ」
檻の隙間から手渡されたのは革袋だった。
たしか革袋って口は付けないのがマナーだってどこかで見たような。
受け取り飲むが、革独特の風味が水に移ってはっきり言ってまずい。
一口だけ飲んで革袋を返した。
起きた時間がわからないが、到着は昼か。
男が幌を捲ったときに木々の隙間から差し込む陽の光が見えた。
もうそれほど掛からないだろう。
幌の前後の入口が閉じられたままで薄暗い。
真っ暗ではないのは床と亀の甲羅の間が空いているから間接的に光りが入っているからだろうか。
それなりの明るさはあったので、まだ借りっぱなしだった絵本を読んで文字の勉強をする。
御者台には背を向けているので幌を捲られても仕舞えばバレないだろう。
他にすることは特になかったという事でもある。
文字は10日以上勉強し続けたこともあって子供用の絵本と日常で使える単語は読めるようにはなった。
だが文字だけの本は辞書引きながらじゃないとまだまだ読めないな。
復習も兼ねて絵本を読んでいたら亀が止まったので本を仕舞う。
立場が上のように見える御者の男が外にいる誰かと話をしていた。
二人は幌の後ろを開けると説明を受けながら荷台に乗っているものを確認していく。
検問で荷の確認だろうか。
確認していた男と目が合う。
ハロー!
私は手をひらひらさせて愛想よく笑う。
しかし男はこれを無視して業務を続行していた。
もし私が助けを求めていたらこの誘拐犯どもはどうなっていたんだろうか。
……私が同じ状況で檻の中の人を見たら、例え救助を求められても捕まっている人間が逃げ出そうとする演技に見えるかもなあ。
こいつらグルかもしれないし、外部の人間を誘拐するのは罪にならない土地柄とか。
考えても仕方ないなあこれは、声が出せないから聞くことも出来ないし。
再び幌は閉められて亀が歩みを始めた。
大分ゆっくり歩いているようで、伝わる振動もほとんど無い。
おそらくどこかの町に入ったのだろう。
10分程動いた亀が止まる。
荷台部分の下、四隅に何やら固定具を付けているようだ。
ああそうか、亀はそれなりに体高があったからクレーン的なもので荷台を降ろさないと荷卸しできないのか。
私を乗せた荷台ごと地面におろされる。
御者の二人の男が幌を片付け始める。
外を見た感想は茶色、石、砂っぽいといった所か。
空気は乾燥していて気温が高く感じる、地面が茶色をして目に見える建物は白い石で造られている。
いま目にすることが出来るのはこれくらいで町並みがどうなっているのか、地図上の位置的にどこ辺りかまではまだ把握できそうにない。
だが多分岩石砂漠のある辺りだと思う、この空気感でまさか緑の中の町でしたは無理があるだろうから。
ここはどこかの中庭だろうか、見える白い建物の扉から二人の男が近づいてくる。
キノコ頭でふくよかな笑顔の似合う中年で装飾品の付け方がどう見ても商人にしか見えない。
もう一人は身長2メートルはあるムッキムキなタンクトップのハゲでいかにも用心棒ですと言わんばかりである。
その商人はこちらに近づくと、マッチョに檻を開けさせる。
そして私の鎖を外してマッチョの手首に巻かせた。
「こちらに来てください、暴れなければ乱暴なことはしませんよ」
私はうなずくとタラコ唇でムキムキの後ろを歩いて行く。
屋内に入ると室温は快適で、床に敷いてある絨毯は汚れが見えず管理が行き届いている。
部屋を進み、あからさまに暗い通路に入ってしばらく歩くと鉄格子が並ぶ部屋が見えてきた。
一つの格子を開けると鎖を入り口部分に繋がれて、牢の中に入れられる。
鎖の長さは延長されて4畳ほどの牢の中は自由に移動出来る。
鉄格子とは反対側の壁の上には採光用の窓があり、鉄柵がハマっていて抜け出せないようになっている。
ベッド毛布付き、隅に穴があるのはトイレだろうか。
鉄格子にボールチェーンで繋がれたコップが備え付けられている。
コップ傍の壁にはくぼみがあり、よく見ると雨どいの様な物が埋め込まれていて水が流れている。
「ボディチェックだ、服を脱げ」
一緒に牢に入って来たマッチョが私に命令してくる。
全部? と口パクすると肯定してきた。
私はうなずいて着ていた服を脱ぎにかかる。
軍用ブーツを脱いで、サイハイソックスも脱ぎ裸足になる。
履きっぱなしで若干蒸れていたから脱ぐとひんやりして気持ちがいい。
次はチューブトップを脱ぐ。
腕を後ろに伸ばすとズレ無いように縛っていた紐をほどきファスナーを降ろす。
ブラもホックを外すだけで上は終わり。
ホットパンツはボタンを外してファスナーを下すとパンツと一緒に脱いだ。
脱いでいる間に男がブーツに何か隠されてないかチェックしている。
「脱いだ服はこの紙袋に入れておけ、靴はもう履いていいぞ」
ありがたく受け取って服を入れる。
紙袋は没収されないらしい、引受人が来た時に一緒にもっていけとの事。
「よし、直立して両腕を横に」
気を付けの姿勢から足を肩幅に広げて腕を横に伸ばす。
その後胸に何か隠していないか自分で持ち上げ、挟んでいないか確認して終わった。
「ここにいる間はこれを着るんだ」
渡されたものを着るとテルテル坊主に腕を通す穴が付いたような服だった。
え? これで終わり?
ボディチェックで薄いアレみたいのとかやるんじゃないの?
もしかしてこいつホモか?
「言っておくが俺はホモじゃないからな」
サーセン。
「ついでにお前を襲うようなロリコンでもない」
そこまで思ってねーよ。 ……その、ちょっとしか。
「手をこっちに出すんだ」
はい、と手のひらを差し出すと体温計測機の様な物を私の手に当てた。
ピッと音がすると男はその道具を確認し、わずかに顔をしかめる。
「成長性E判定か……」
態度を見るにいい判定では無いのだろう。E判定なだけに。
そりゃあレベルカンストしてますからね、成長はもうしないんだなあ。
「ではこの後の事について説明する、少し長くなるぞ」
要約すると。
この牢で生活するのは引き取り手が現れるまで。
一日に一食、夜に出る。
ここの奴隷は人権が確保されているとの事。
引き取られた場合ぜいたくな暮らしは出来ないだろうが、契約上必ず給金が出ることになっている。
お金が溜まり次第、自分を買い取って自活を求められるらしい。
労働専門の奴隷みたいなものか?
人狩りをして奴隷売買をしている割には人道的な対応をしている?
どうも何かチグハグな感じがして引っかかる。
元からそういうルールがあるのか裏があるのかまでは分からないな。
「お前の能力じゃ辛いかもしれんが生きてりゃ良い事も有る、強く生きるんだな」
言い終わるとハゲは牢を閉めて立ち去る。
やっぱりさっきのは何らかの測定器だったのだろう。
呟いていたのは成長性だけだが他の能力も測定していたのかも。
することも無いのでベッドに座る。
今日はまだ体を洗ってない事に気が付き、立ち上がる。
水を汲んだコップを体に掛けて洗っていくと落とした水が部屋の隅の穴に流れていった。
単純な興味で穴を覗く。
暗くてよく見えないが、何かがうごめいている。
水が流れているようにも見えないので多分これはスライムか何かで浄化しているのだろう。
当たり前だが牢では娯楽になるものはない。
硬いベッドの中で薄い毛布を被りながら見られないように勉強をする。
あとの時間は柔軟体操したり筋トレくらいか。
そうなると、もうヤバイのである。
今までは他に何かしていたり作ったり常に暇つぶしが出来た。
身体を清潔にしてきたし気になることも無かったのである。
洗いきれてない自分の汗が揮発して女の子特有の匂いがしたり。
テルテル坊主みたいになってる服の生地がざらついて刺激してきたり。
一応毛布を被って見られないようにはしている。
……声は出してないけど他に人がいる気配がないからか音が響くんだよなあ。
バレて無ければいいが。




