9.地縛霊の目的
3年生のリレーは転ぶ人が続出する中なんとか終わり、今年の体育祭は無事終了しました。
2年生では私のクラスが見事1位に輝やき、私がリレーでクラスに貢献したとかで危うく胴上げされるところでした。
(ど、胴上げなんてされたらたまったもんじゃない…あんな野蛮なの、間違って下に落ちちゃったらどうするの!?)
とまぁ胴上げに対して危機感しか持たない私を美里が察したのか、どうにか胴上げだけは取りやめになりました。
『こーとーのー。はぁやく~』
「そ、そんなに急かさないで下さいよ…」
午後のホームルームを終え、生徒が帰宅する時間を待つ。
神様と相談した後、帰りに校庭に寄って地縛霊に話を聞いてみよう、ということになりました。
幽霊に話を聞くなんて変な感じしかしませんが、神様が言うのだから話す事は可能なようです。
けど傍から見れば私が一人で校庭にいる図にしか見えませんから、行くなら生徒が帰った後がよかったのです。
(下校時刻を過ぎても学校にいるのって初めてかも。先生に見つからないようにしなきゃ)
本来下校時刻を過ぎたら、生徒は学校に残ってはいけません。
もし残りたかったら園長届けなるものを提出すれば良いのですが、今日は皆疲れているでしょうし残る人もいないでしょう。
というわけで私は皆が帰るのを待つのに、体育館の裏側に居続けていました。
(できれば告白とかで呼び出されたかった場所だなぁ)
体育館裏なんて告白の場所の定番中の定番ですからね。
夢を見るのも仕方ないことです。
それがまさか、地縛霊に話を聞く為に活用する場になってしまうとは。
『…今日来て思ったけど、今の学校は昔の学校と比べて随分様変わりしてるんだね』
「あぁ、神様は長生きしてますから、昔の学校がどんなのかも知ってるんですね」
『うん。寺子屋から知ってるよ~』
「寺子屋…」
思ったより話が遡りますね。
『あの時は寺子屋自体の数も少なかったし、読み書きを覚えたい子どもも沢山いたみたいだから大変だっただろうな~』
「すっごい他人事ですね」
『僕には関係無かったしね。人間って変なこと考えるな~くらいにしか思ってなかったよ』
神様からしてみれば学ぶという事はその程度という事でしょうか。
妖から見た人間ってそんなに変に感じるものなんですかね。
(ん?いや、神様は神様だから妖じゃないのかな…?でも狐だしなぁ…じゃあ妖…??)
『あ!琴乃!鐘鳴ったよ!』
神様の分類について考えていたら下校時刻のチャイムが鳴りました。
神様は急かすように私の足をぐいぐい引っ張ろうとします。
『ほら、早く行こう!』
「か、神様、そんなに急がなくても…」
『明るいうちに済ませちゃった方が後々楽だよ~?面倒事になる前に早く行こう~!』
「?は、はい…」
(面倒事って何だろう?)
神様が言ったことに疑問を持ちながら、引っ張られないように私も歩き出しました。
♢ ♢ ♢
「……うわぁ」
『……あららぁ…』
数時間ぶりに校庭に戻ってみると、思った通り今日は誰も残っていませんでした。
先生も後始末をやっているのか、すっからかんになった校庭には出てきていません。
その隙を見計らって私と神様は再び地縛霊の元へとやって来たのですが。
地縛霊の脚はなぜか、泥――いえ、砂だらけに汚れていました。
「これは…」
『冗談でも綺麗とは言えないなぁ~…』
「ですね…」
私と神様は満場一致で、そう結論付けました。
「っていうか何で汚れちゃってるんですか」
『あれじゃない?転ばせすぎてその際に舞った砂がかかった』
「幽霊に砂ってかかるんですか!?」
『そこはほら、あんまり気にしちゃいけないよ』
「ええぇ…」
(すっごい気になるんですけど…)
神様に上手く(?)かわされて、返す言葉もなく。
しょうがないので気にしないことにしました。もう面倒なので。
けど相手を転ばせる為に砂を被っちゃうなんて、少し間抜けな気もします。
ちらりと視線を地縛霊に戻します。
(さっきも見たけど、近くで見ると本当に……に、人間の脚だ…)
太ももから上が見えないで、体育着のズボンを履いています。
よく見れば履いている靴もこの学校指定の運動靴です。
(じゃあやっぱり、この学校の人だったんだ)
私は地縛霊をじーっと見てましたが、そこには無言しかありません。
(…いや、見ても全然わからない!何考えてるの?)
そもそも脚の考えている事なんてわかりませんって。
「神様。この人喋れないんですか…?」
『やだなぁ。脚が喋るわけないじゃん。口がないんだから』
「そっ、そうですか…」
さも当然のように言われても、残念ながら私はそこまで順応力は高くありません。
このジャンルに関しては特に!
「じゃあどうしてここにいるのかわからないんじゃ――」
『コンコン』
「え」
原因がわからないんじゃどうしようもない、そう言おうとしたら神様がコンコン鳴き始めました。
『コンコン……コン?』
『………』
『コンコン?』
『………』
『コン!』
(え何。何してるのこの人)
神様は地縛霊に対して何やら話しかけている様子。
神様、幽霊と話せるんですね。
というか狐の声で話しかけて地縛霊も意味わかってくれるんですか?
「かっ、神様?」
『なんかね、自分でも何がしたいのかわからないんだって~』
「え!?その幽霊の言ってることわかるんですか!?ていうか脚は喋らないんじゃなかったんじゃ…」
『喋ってないよ?だからこの子の〝気〟に聞いてみたんだ~』
「き、き……?」
もう何が何だかさっぱりわからない。
あれですね。妖だけじゃなくて幽霊とかも何でも有りな感じなんですね。
「神様…私今すっごいツッコミたいんですけど……」
『まぁまぁ。細かいこと気にしすぎてたらこの先やっていけないよ~?』
「うぅ…」
今後私が生活する上で、幽霊は普通に見るものだと。
一回一回そう驚いていては、身が持たないと……そういう事ですね…。
気になったら気になっちゃうじゃないですか。
悟りでも開けと?
「座禅でも始めますか…」
『琴乃?何ぶつぶつ言ってるの?』
「なっ、何でもないです!それで、その地縛霊は結局……」
私の話は一先ず置いておいて。
さっきの神様の「自分でも何をしたいのかわからない」というのは、その地縛霊が言ったって事ですよね?
でもそれじゃあ何で先輩達の脚を引っ掛けてたんでしょうか。
『見た感じこの地縛霊からは悪意とかそーゆーのも感じないし、ただ本当にここにいるだけなんだろうねぇ。目的もわからずに』
「目的?」
『何かしらの未練がないと成仏もできないし。ずっとここにいるわけにもいかないよ~?』
つんつんと神様が地縛霊の脚をつつきます。
勿論地縛霊は一歩も動かず、神様にされるがままにしていました。
「じゃあ…その未練を思い出さないと、この幽霊はどうすることもできないんですか?」
『そういう事だね。結論から言うと、自分で頑張って思い出すしかないってこと』
「でもここにいたら、また人を転ばせるなんてことも有り得るんですか…?」
『うん。だろうね』
「えぇ……!」
それじゃあどうすることもできないじゃないですか。
――まぁ普通の人間の私が幽霊をどうにかできるなんて元から微塵も思ってませんでしたけど。
神様ならどうにかできるのかなーと少しだけ期待もしていました。
そしたらまさかの放置プレイ。
(うーん。授業や部活動で校庭は使うだろうし。ここに近づかないように何か目印でも付けるとか――)
どうにかして皆にここを避けてもらうと策を練っていると、後ろから声をかけられました。
「おいそこの生徒!もうとっくに下校時刻は過ぎてるぞ!」
「ひゃっ!?せ、先生!ご、ごめんなさい!」
声をかけたのは、1年生の体育を担当している山崎先生。
無駄に筋肉を鍛えていて、一部の女子生徒からは人気なんだとか。
いや、今はそんな事どうでもいいです!
「君、学年と名前を――」
――まずいです。
これはペナルティーとかありそうです。
先生が私に近づいて、そう言おうとした時。
『琴乃、逃げよ!』
「え――うわぁ!?」
「あ、ちょっと、待ちなさい!」
いきなり神様に袖を引っ張られて、すごい速さで先生から離れていきます。
あまりの速さに追いかけてこようとした先生もぎょっとしてます。
いや、コレ私のせいじゃないです!
先生には見えてないでしょうけど、神様に引っ張られてるからこんなに速いんですよ!
なんでこんなに速いんですか!
「かっ、神様~!!」
「待ちなさーい!」
だからこれ、私のせいじゃないんですってー!