8.地縛霊
『ねぇ。琴乃ってば足が速いんだね』
「見てたんですか…」
肩の上でくつろいでいる神様を撫でながら、転ぶ人が続出しているリレーを眺めました。
周りの人に変な目で見られるので、ちゃんと小声で喋っています。
「神様にはあの脚見えてますか?」
『さっきから皆の足引っ掛けてる下半身でしょ?見えてるよ~』
さすがは神様。変な幽霊でもちゃんと見えるんですね。
「あ、でも――」
『うわぁ!あの人ちょー美人!』
私の言葉を遮るようにして神様は3年の先輩を見て興奮気味にそう言いました。
『え、すっごいスタイル良いんだけど!?出るとこ出てる!うわ、ねぇ琴乃、あの人なんて名前!?』
「私の話聞いてくださいよこの変態!!」
全く人の話を聞いてくれない神様に対しそう叫んで――はっとして口を塞ぎました。
(こんな大声出したら変に思われちゃう…!)
神様の姿は皆には見えていませんから、私が独り言を言っているように見えてしまいます。
そんなのは恥ずかしすぎです。
「そんなに女の人を見るんじゃありません…!」
『えぇ~?良いじゃん。僕の元気の源と言っても過言ではないんだからぁ。琴乃は僕の唯一の楽しみを奪うの~?』
「そういう事じゃなくて……!」
――駄目ですこの神様。
話を聞いてくれない上に相当変態です。
「むぅ…!じゃあ私の所じゃなくてあの先輩の所に行けば良いじゃないですか!」
『コン?琴乃ったら嫉妬?』
「違います!それと、そのコンっていうのわざとですか?あざといんですけど!」
『狐の姿なんだから自然と出ちゃうんだよね。あざとさ』
「うう……!その姿で言われると腹が立ちます…!」
『コンコン♪』
わかっていてその鳴き声をするんですから、尚タチが悪い。
聞いてくれる気がないと分かったので、もういいです、と神様から顔を背けました。
『あらら。ごめんってば。ちゃんと話聞くからこっち向いてよ~』
「良いです。どうぞ好きなだけ綺麗な先輩達を見ていて下さい」
『ありゃ~…』
私の話より綺麗な先輩達を見ることの方が優先順位高そうですし。
それにしても、そんなに女の人が好きなんですか。
見た目はか弱い少年みたいな感じなのに、考えてる事は変質者と同じですね。
神様なのに考えている事はそこらの男の人と同じというか。
まぁ、成人誌が好きっていうくらいなんですからしょうがな…いやしょうがなくはないんですけど。
そんな事を考えていたら。
「――こーとのっ」
「きゃあ!?」
ふぅーっと、突然耳元で息を吹きかけられた。
びっくりしてつい声を上げてしまいましたが、皆リレーに夢中で気づいてませんでした。
何事かと思って肩の上の神様を見ると、九本の尻尾を動かしながらコンコン言っている神様。
けど、確かに今の声は――
「か、神様、今、人の姿の時の声出しましたよね!?」
『うん!こっちのが琴乃には効果的かな~って。…ね?当たりでしょ?』
まるでイタズラが成功した子どものように楽しそうな神様に、私は顔が熱くなっていくのを感じました。
「かっ、からかわないで下さい!」
『あっはは!やっぱり琴乃はからかいがいがあるね~!』
見てて飽きないや!と楽しそうな神様。
(やっぱり考えてる事は中学生並みじゃないですか!!)
この上ないクソデカ溜息をつきました。
『それで?僕になんか言おうとしたよね?なぁに?』
「今更聞く気になったんですか…」
『ごめんってばー。そんなに怒らないでよ。ほらほらぁ、こんな可愛い小狐を虐めるの?』
「いっ、虐めてません!」
『ほんとぉに~?コンコン…』
わざとらしく可愛い声で私の頬に擦り寄ってくる神様。
その姿でなければ背負い投げしているところでしたよ、本当に。
それでも聞いてくれる気にはなってくれたみたいなので、良しとします。
「私、いままで幽霊とか見えなかったんですけど、どうして私だけあの脚が見えるんですか?」
『コン。あぁ、なるほどぉ』
私はいままでごく普通の女子高生でした。
霊感なんて全くありませんし、むしろその辺りは皆無です。
この間私に乗っていた妖を見られたのは、神様のあの手鏡があったからで――
『コン。まぁ有り得る理由としては、琴乃が僕に干渉しちゃったからかな』
「……はい?」
(干渉?)
『いままで琴乃は普通に暮らしてきたでしょ?勿論妖とも触れ合わずに。そこで急に僕みたいな神様っていうラスボスクラスの存在に関わっちゃったから、僕の妖気に感化されちゃって、見えないモノまで見えるようになった、…っていう』
「…つまり、神様と関わったから、見えるようになったと」
『コン』
本日二度目のクソデカ溜息が出ました。
まさかこの歳で妖も幽霊も見えるようになってしまったとは。
できれば生涯関わりたくなかったジャンルです。
いえ、元は私から関わりにいったんですけど。
一体どこぞの漫画の主人公でしょうか。
私には脇役くらいが丁度いいのに。それこそ村人Aとか。
『まぁ日常生活する上では何の問題もないと思うよ』
「本当ですか?」
『うん。たまーに通りすがりの霊が見えるくらい』
「問題ありまくりじゃないですか…!!」
ご飯食べている時に通りすがりの幽霊なんて見えてしまったらたまったもんじゃありません。怖すぎます。
けど見えてしまうようになったのも事実で。
現にあの脚は私以外には見えてなさそうですし。
「あの脚は一体なんなんですか?どうして下半身だけ…」
『あれは多分地縛霊だね』
神様が迷いなくそう答えました。
(じ、地縛霊?)
地縛霊。
聞いたことはあるけれど、詳細は知りません。
首を傾げてる私に気づいて、神様は説明してくれました。
『地縛霊はね、自分が死んじゃった事に気づかないでその土地に居続けちゃう霊のこと。――だけど、あの地縛霊はここに未練があるから成仏できないんだろうね』
「え?何でわかるんですか?」
『見ればわかるよ。何人ものヒトを転ばせ続けてるってことは、何か目的があるから。伊達に神様やってないんだよ~僕~』
「は、はぁ…左様でございますか…」
得意気に胸を張ってますけど、狐の姿なのであんまりわからないですね。
『下半身だけなのは、何かそれに関係のある――例えば、脚を使う運動をしてたから、とかかな』
「脚を…?サッカーとかですかね」
『かもしれないけど、走ってる人ばっかり転ばせてるから、多分競走系じゃない?』
「競走…」
この学院には部活動で陸上部がある。
もしあの地縛霊が、元は陸上部員だとしたら、説明はつく。
(けどどうして転ばせてるんだろう?何か恨みがあったとか?うわぁ、怖い)
それに最近誰かが死んでしまったとか、そういう話は聞いていない。
この学院の生徒なら尚更、私の耳にも入ってくる、はず。
「うーん…」
『…琴乃、気になる?』
唸っている私を見上げる狐の姿はとても可愛いです。
そんな可愛らしい姿を見ていると、素直になってくるものです。
「はい。どうしてあんな事をするのかなーって」
『ふふふ。じゃあ直接聞いてみる?あの霊に』
「……はい?」
神様は私の肩から降りて、あの地縛霊の方を見ました。
『友達第一号が困ってるなら、僕も一緒に手伝ってあげようかなぁって』