6.神様と友達に
ちょっと長めです。
神様が私を庇うようにして立ちはだかりました。
「は、祓う?あの妖を祓えるんですか?」
「まぁね~。僕神様だし」
またドヤ顔が出た。
祓う――そう言った神様は、手の上に火の玉を出した。
そうして徐々に火の玉は、何かを形作るようにして姿を変えていく。
そうして一つの道具ができた。
「そ、それは……」
「うん。見てのとーり、鈴です!」
じゃーん!と、神様は得意げにその道具を私に見せてきた。
神様が鈴と言ったそれは、誰かしらは見た事があるでしょう、巫女さんが振っているやつです。
そう、いわゆる、神楽鈴とやらです。
神様はそれで、あの妖を祓うつもりなんだとか。
(し、心配しかないんですけど……!)
「まぁ見ててよ。琴乃は今おばりよんの邪気で動けないだろうし」
待っててねーと言い残して、神様は炎に囲まれているおばりよんの所へ歩いて行った。
(た、確かによくわからないけど、身体が動かない……!)
まぁ私が動けたところで何もできないので、とても自信満々の神様に任せることにします。はい。
「……おばりよん」
神様は妖の――おばりよんの元へと歩いて行き、目の前で立ち止まりました。
「ヒトに慿く事はあれど、君はあそこまで力を出す事はなかったじゃないか。どうして琴乃にだけずっと慿いていたの?」
『……』
何かを喋っているようですが、ここからでは聞こえません。
「いつから自我が無くなってしまったの?それも、何か原因があったの?」
『……グゥ……』
炎は次第に、おばりよんを追い詰めるようにして狭く小さくなっていきました。
『アノ…』
「ん?」
『ァ、アノニンゲン……オ、オイシソウナ、ニオイ、シタ……』
「……!」
(?今なにか言った?)
おばりよんが何か言ったような気がしたけれど、私には聞こえなかった。
けど神様には聞こえたみたいで、なぜかそのまま立ち尽くしてしまった。
「……本来なら人間は食べない君が、そこまで思うなんてね」
『グゥゥ…!!タ、タベタク、ナイィ……イヤダ、…ァァァ…』
「……うん。そっか。――ごめんね」
神様は手に持っていた神楽鈴を天に掲げると、一回、シャンと鳴らしました。
その瞬間、おばりよんを囲んでいた炎が倍近く大きくなった。
「――天照の名の元に。その御魂を鎮めよ」
そう神様が言い放った時、炎はおばりよんの体を包み込んだ。
『ァァァァァァァッ』
「っ……!」
炎に焼かれるおばりよんの鳴き声は、耳をつんざく様な響きで。
聞いているこちら側もなぜか、胸が苦しくなりました。
(ああ……痛いんだろうな。苦しいんだろうな…)
私はおばりよんが青い炎に焼かれている様を、目を逸らさずにずっと見ていました。
気がつけば辺りは静まりかえって、炎も消えていました。
おばりよんがいた所に、神様が立ち尽くしているまま。
「……ぁ、」
神様に声をかけようとしたけれど、頭が急に大きくぐらついて。
そのまま私は気を失ってしまいました。
♢ ♢ ♢
(うん……?なんだかすごく…気持ちいい……)
あぁそうだ。確か私は気絶してしまったんでした。
あの後どうなったんでしょう?神様は?というか私は今どういう状態ですか?
まだ微睡みが残る中、ゆっくりと瞼をあけると――
「あ?起きた?」
「――っ!?」
ひょっこりと、私の顔を覗き込む神様と目が合いました。
「んなぁっ!?」
「あ、ちょっと、暴れないでよ」
がばっと起き上がろうとした私の頭をゆっくりと押し戻す神様。
いや、何でそんなに落ち着いていられるんですか!?
というかこの状況は!ま、まさか……。
(かっ、かかか神様に、膝枕されてる!!?)
そう。私は膝枕されていました。
一体なぜそんな状況になったのか知りませんが、起きて数秒で私はもうパニック状態です。
「まだおばりよんの邪気が取れきれてないんだから、安静にしていた方が良いよ」
「え?あ……」
そういえば、気絶する前に邪気が云々と言われたっけ。
「あの、邪気って何ですか?」
「んーとね。邪気っていうのは、妖が放つ気のことだよ。邪悪な妖ほど邪気を放ちやすいし、ヒトには害しかないね」
「な、なるほど…。あ、じゃああのおばりよんはかなり悪い奴だったってことですか?」
私がそう言うと、神様は「うーん」と唸り始めた。
「ううん。おばりよんは元々あんまりヒトを襲ったりしないよ。どうしてか今回は自我すら失っちゃうほど、暴走してたみたいだけど…」
「そ、そうなんですか…」
どうやらおばりよんがそうなってしまった原因は、神様にもわからないらしい。
まぁ確かにすごく重かった。
今思えば、あの重さに耐えられた自分はかなりすごいと思う。
けれどあの重さのせいでまた肩が逞しく――
そう思ったところではっと思い出す。
「そうです神様!!私の願いはどうなったんですか!?」
「ん?願い?何のこと~?」
今度こそ起き上がった私は、神様に面と向かい合いました。
そうです。この一件で忘れてましたけど、私は元々願いを叶えて欲しくてここに来たんですから!
「とぼけないで下さい!私の、肩幅を縮めるっていう願いです!叶えてくれるって言ったじゃないですか!」
「えぇ~?やだなぁ琴乃ったら。僕、叶えるなんて一言も言ってないよ~?」
「は!?」
何言ってんのー?とヘラヘラとぼける神様に、私はわなわなと震えました。
「だ、騙したんですか!?」
「騙すなんて人聞きの悪い~。僕は願いを〝聞いてあげる〟って言ったんだよ?叶えるなんて言ってないも~ん」
(つ、つまり……)
願いを聞きはするけれど、叶えるとは言っていない。
確かに神様は「叶える」とは言っていなかった。そう。言っていなかった。
ということは。
「わ、私の勘違いなんですかぁ……!?」
「あっはは。そういう事になるねぇ」
わなわなと震え上がる私を見て、神様はにこにこ…それはもう楽しそうに笑顔で見つめてきました。
「駄目だよ?人の話はちゃーんと聞いてなきゃ。まぁ、琴乃はまず人を疑う事から始めた方がいいねぇ」
「そ、そんなぁ……!」
(やっと願いが叶うと思ったのにぃ…!)
がっくりと、その場で項垂れてしまいました。
とてもショックです。
やはり顔の良い人の言う事なんて信じるんじゃありませんでした。
信じた自分が情けない。
「ううう……」
「そんなにショックだった~?」
「そりゃそうですよ……長年の夢だったんですから…」
「あらぁ…」
これで本当にさようならなんですね、私の肩幅ハッピーライフは……。
良いですよ。これからの人生、この逞しい肩幅と共に生きていきますから。
私なら大丈夫ですもん……。
「……」
――なんか、自分で勇気づけてるというのに虚しくなってきました。
この無言が辛いです。
せめて部活をやめたら、少しはこの肩幅も落ち着くのでしょうけど……
「……な、なんかごめんね?」
「うぅ…別に良いですよ。馬鹿な私が悪いんですから…」
「そ、そうじゃなくて!その、僕もちょっと浮かれてたというか…」
「……はい?」
神様の言葉に、項垂れていた顔を上げてみると。
神様の耳が、下に下がっていました。
尻尾も、九本全部がしょぼーんと下がっています。
「か、神様…?」
「すっごく久しぶりにヒトが来たもんだから、ちょっと浮かれてたっていうのもあるというか…巫山戯てた部分もあったんだよ…」
その白く長い睫毛を伏せながら、そう言ってきて。
「それに、実際願いを叶えたのは十何年か前に来たヒトの願いだけだったし。その時はお腹いっぱい食べたいって単純な願いだったから、テキトーに食べ物あげて叶えてあげたけど…」
私をちらりと見て。
「まさかそこまで願いを叶えてほしいとは、思ってなくて。ち、ちょっとは反省してるというか――」
そう言って今度は神様が項垂れてしまいました。
さっきの私みたいに。
神様が、は、反省している?あの神様が?
会ってからというものずっとヘラヘラと笑っていたあの神様が?
(そもそも神様っていう存在が、人間に対して反省するなんて事があるんだ…)
それくらい、自覚したという事でしょうか。
それにしても、自分の感情と連動しているのでしょうか。
耳と尻尾が下がっているのが、なんだかとても可愛く見えてきてしまって。
小動物を見ると許してしまいたくなるのもわかる気がします。
「――別に、もう良いですよ。私の勘違いのせいでもあるんですから。神様のせいじゃないです」
そう私が言うと、神様は恐る恐るこちらを見ました。
その端正な顔を向けないでもらいたいですね。心臓に悪いですから。
「本当?もう怒ってない?」
「も、元から怒ってないですよ」
「本当に本当?」
「本当ですって!!」
半ばやけくそになりながらそう言うと、神様の耳と尻尾がぴこーんと、上に向きました。
「なら良かった!」
そしてとびきりの笑顔を見せてきた。
やはり、相手の顔が良いと苦労する。
「はぁ。まぁもうこの話は良いとして……さっきはありがとうございました」
「え?」
先程の一件のお礼を言い忘れていたのでそう言うと、神様はぽかんと口を開けてしまいました。
「ま、また何かおかしかったですか?」
「いや……まさかお礼を言われるとは思ってなくて」
「えぇ?」
助けられてお礼を言うのは当然だと思いますけど。
この神様、どこかズレている気がします。
「だって僕、君の願い叶えてないし。それどころか変な戦いに巻き込んじゃったし」
「まぁそれはそれですけど…現に肩の重みにも困ってましたから、それを解消してくれたのは神様ですから」
「そ、そっか……」
そしてまた神様は下を向いてしまいました。
本当に、何を考えているのかわからない神様ですね。
そこで、ふと別の疑問が湧きます。
(そういえば、神様ってずっとここにいるのかな?)
さっき十何年前に人が来たきりって言いましたよね?それより前も後も、一人も来なかったって事でしょうか。
それって、かなり長い時間だったのではないですか?
「あの、神様。神様はずっとこの神社にいるんですか?」
「ん?そうだよ。僕はこの神社の神様だから。ここ以外に行くところも無いしね~」
当然でしょ、と。
それはつまり、ずっと独りぼっちだったということで。
(寂しいとは思わなかったのかな……。ううん、違う)
さっき神様は、久しぶりに来た人間を――つまり私を、からかったと言っていた。
それは、言い換えれば、誰も来なくて寂しかった、という事にもなるのではないでしょうか。
人間が来ないとやることも無く暇なはず。
私が来て、それはもう楽しかったに違いありません。
現にすごく笑われましたし。
「あぁ、なら神様!」
「んん?今度はなぁに?」
私はその時、ぱっと頭に浮かんだ言葉を口にしました。
「私とお友達になりませんか?」
そう言って、神様に手を差し出しました。
「……え」
突然の私の申し出に、これまた神様はぽかんとしたまま。
「と、友達…?」
「はい!お友達です!」
私は無理やり、神様の白い手を取りました。
「さっき助けてくれたお礼――じゃなくて、これ以上神様が独りぼっちにならないように!」
「僕が…?」
「そうです!だって一人って寂しいじゃないですか。私も一人っ子だからわかります!」
そう。
思えばずっと下の子が欲しかった。
可愛い弟や妹をめちゃくちゃ可愛がって、貢ぎたかった。
まあその夢も叶いませんでしたけど。
けどその分、お友達を増やせば寂しさなんて紛れるはずです!
「それに凄くないですか?人間と神様がお友達って。きっと前代未聞ですよ!」
「ま、まあそれは確かにそうかもしれないけど……」
神様は私に握られた自分の手を見つめたまま、動きません。
(と、突然お友達になれって言われても、まだ無理だったかな…)
今思えば本人の意思も聞かずに勝手に手を取ってしまっている。
これでは一方的です。
「おっ、お友達が駄目なら、まずは参拝者からでお願いします!!」
「ぶっは!」
頭を巡らせて必死に思いついた言葉でそう言うけれど、神様はなぜか吹き出してしまいました。
何か変な事を言ったのでしょうか。
「あっははは!参拝者って!ははははは!」
「か、神様……!?どうしてそんなに笑うんですか!?」
「だって…琴乃が変なこと言うから!」
やっぱり変だったみたいです。
どうやら私も、少しズレているらしい。
「ふふふ…参拝者かぁ。――いや、それだったら友達の方が良いなぁ」
そう言って、神様は私の手を握り返してきました。
「……!」
「――こちらこそ、お願いします」
「神様……!」
神様は笑顔で、私を真っ直ぐ見つめてきました。
これは、間違いなくOKのサインです!
「やったぁ!私、今から神様のお友達ですか!?」
「うん。君が僕の友達第一号だよ?神様の友達なんて、光栄に思うんだよ~?」
「はい!わかりました!」
神様は九本の尻尾を嬉しそうに動かしています。
私も嬉しいです。弟ができたみたいで!
それにお友達第一号という響きも悪くないです!
これで神様は、独りぼっちじゃなくなりますね!
「ふふふ。第一号~♪」
「――あぁ、それとね、琴乃」
「?何ですか?」
「油揚げ、美味しかったよ」
「!食べたんですか……!」
油揚げもカリカリになってなくて良かったです。