4.手鏡と原因
(かっ、階段…きっつ!!)
お昼休み中、肩に謎の重みを感じながら、私は廃神社へと続く階段を登っていました。
いえ、この階段が超絶キツイんですよ。
何段あるのか知りませんが、おそらく百段はあります。
そんな階段を肩に岩が乗っているかのような重みと共に登っているんですよ?何のトレーニングですかこれ。暴力ですよ。
一段目から息があがってますよ。
(ま、まだ半分以上ある…!まるで腰を痛めたおばあちゃんの気分だわ……!)
そんなに長生きするつもりもないですけど、世の中のおばあちゃん達はきっととても大変な思いをしているんでしょう。
関心しかありません。
私だったら腰痛を抱えながら道を歩く事すらままならないと思います。耐えられません。
「はぁ…はぁ……」
階段に取り付けられた手すりに捕まりながら、何とか一段ずつ登ります。
…午後の授業に間に合うかどうかすら怪しいです。
亀の方が速い気がしてきました。
バスケ部で身体は鍛えられているはずなのですが、まさか階段ごときにこんなに苦労するとは。
それもこれもこの謎の重みのせいです。
(かっ、神様なら…何とかしてくれるかもしれなぁぁあっ!?)
例え願いを叶えてくれなくても、何かしらの助言くらいは貰えるのではないかと――そう思いながらもう一歩踏み出した時、足が段にしっかり乗らなかったらしく、何も無いところを踏んでしまいました。
そのせいで体勢を崩して、私の体は後ろへと落ち――
「大丈夫ー?」
――落ちませんでした。
「……ぇ、か、神様…?」
「うん」
目の前には、いつの間にか耳を生やした少年――神様がいました。
私の身体は神様が伸ばした手によって支えられていました。
私の腰に、細い片手を添えて。いやぁやっぱり男の子なんですねぇ。
――ってそうじゃなくて!
「か、神様…わっ!?」
「よっと」
どうしてここに――と言おうとしたところで、ぐっと身体を引き寄せられて……
軽々とお姫様抱っこされてしまいました。
(うわぁぁぁあ!?なっ、なん……なん!?)
あまりにも突然の出来事にもう思考回路がごちゃごちゃです。
だってお姫様抱っこされるなんて、は、初めてですから…。
しかもこんな細っちょろい腕で軽々と!ギャップ萌えというやつですね!!
(だ、駄目だもう頭が何も考えたくないって言ってるのがわかる!!)
神様の行動+肩の重みで、もう私の脳内はパンク気味です。
頭に血が上りすぎて死にそうです。
「……っ!」
――いえ、どちらかと言うと逆でした。
そうだ、私今すっごく重いんだった。おかげで頭もくらくらしてきました。
「……とりあえず上に行こっか」
「……っ、はぃ…」
私の状態を見て何かを悟った神様は、私を抱えたまま階段を登り始めました。
あれ?そういえば今日は浮いていませんね。
「か、神様…今日は浮いてないんですか?」
「そんな四六時中浮いてるってわけじゃないからね?それに、琴乃具合悪そうだし。今浮いたら変な負担かかっちゃうでしょ。病人に負担をかけさせるのはよくないからねぇ」
つまり、私の病代を考えてのことと。
やっぱり少しは神様らしいところあるんですねぇ。
そういえば私、肩にすっごい重み感じてるんですけど、神様は重くないんでしょうか。元々の私の体重だけだと良いんですけど……。
そんな事を考えているうちにも神様はどんどん階段を登っていきます。
「あの神様。どうしてあんな所に…?」
「あんな所?だってこの階段も僕の所有地だもん。神様が自分の敷地に居ちゃおかしい~?」
「あ、そ、そうですよね……」
そっか。よく考えれば神様のお家は鳥居の向こうの本殿だけじゃないんだよね。
私の家にも庭ありますし。
話している途中、またずしっ…と重みが増した気がしました。おかげで息も苦しいです。
「………」
そんな私を神様が横目で見ているのを、息をするのがやっとな私は気づきませんでした。
♢ ♢ ♢
「はい、とーちゃく!」
私とは正反対に、階段を軽快に登って行った神様はあっという間に本殿まで辿り着いてしまいました。
私を抱えながらだというのに、素晴らしい体力です。
バスケ部として尊敬せねば。
「はい、どーぞ。足元に気をつけて~?」
「あ、ありがとうございます…」
お賽銭箱の前にある数段の階段に、神様は私を下ろしてくれました。
ボロいですけど、強度はしっかりしています。ボロいですけど。
「なんか疲れてるねぇ。あ、お水飲む~?」
「あ、飲みま……ってそれ手水舎のお水じゃないですか」
神様が手を伸ばした先には、なんと手水舎と柄杓。
皆さんご存知でしょうが、手水舎のお水は飲んではいけません。
「今くらい良いじゃん。他にお水無いし」
「えぇぇ…神様が言っていいんですかそれ…」
「まあまあ!その神様が許可してるんだから問題ないよ」
さぁどうぞ、とお水が入った柄杓を渡され、とてつもない罪悪感を感じながらおずおずとそれを口にしました。
あぁ、私はなんて罰当たりな……。
けど相当疲れていたのか、そのお水を飲んだ瞬間、身体の疲れが取れた気がしました。
重みは取れませんでしたが。
「どう?僕が管理してるお水なんだよ?美味しいでしょ?」
「……美味しい、です」
なぜ神様が自ら管理を――と言おうとしたところで、そういえばここに人は寄り付かないのだったと思い出します。
そりゃ神様自身で管理するしかありませんね。
身体は正直、というのは本当らしく、頭では駄目だとわかっていても、柄杓の水を飲まほしてしまいました。
ああ、世の中の神様、本当にごめんなさい。この人を除いて。
「どう?少しは落ち着いた?」
「はい…なんとか」
「よかった!琴乃ってばおばあちゃんみたいだったんだもん、急にどうしたのかと思った!」
「もっと優しい言い方無いんですか…」
面と向かって「おばあちゃんみたい」と言われると傷つくのですが。
神様は自分もお水を飲んだあと、私の隣に腰掛けました。
そしておもむろに私を「じー」っと見つめてきました。
(び、美少年にこんなに見られると心臓に悪い……)
「な、なんですか?」
「んん~?いや、僕に用があって来たんじゃないの?」
「え?……あっ」
「また忘れてたの?」
焦る私を見て神様は「ふふふ」と面白そうに笑いました。
いえ笑い事じゃないんですって!
「願いを――って、言いたいところですが、ちょっと別の事で困ってまして」
「別の事?」
「はい。それで、ちょっと助言とかいただけたらなー、と……」
「ふぅん?」
神様は頬杖をついて私をまじまじと見てきます。
ああ、この階段も決して広いわけではないから距離も近いんですよね……。
「あの、最近肩の重みが取れなくて…」
「肩凝りでは?」
「違います!最後まで聞いてください!」
「わかった、四十肩だ!」
「私はまだ高校生です!」
きゃははと楽しそうに笑う神様は完全に私をからかってます。
考えが中学生並みです。
「ごめんごめん、冗談だよ。それでー?」
「……。私も最初は肩凝りかなって思ったんですけど、どうもそれっぽくないというか…肩凝りって重いものだっけ?と。それも、日に日に重さが増していってしまいまして…さっき見てもらった通り、歩くのもやっとな状態になってしまって」
「ふんふん?」
「か、肩幅の呪いかな、と……」
「ぶっは」
私の話を聞いて、神様は吹き出しました。
そんなに可笑しい話でした?私、すごく真剣でしたけど。
「あっははは!琴乃は考える事が面白いねぇ。聞いてて飽きないや」
「ま、真面目に聞いてください!本当に困ってるんですから!これじゃあ重いのと痛いのとで授業もまともに受けられません…」
「ふふふ……そっかそっか。へぇー…」
神様、笑いを必死に堪えているのがわかります。
真剣に聞こうと頑張ってくれているのはまぁわからなくもないですが、やっぱり笑いすぎかと。
「それで、神様に何か助言でもいただけたらと…何かありません?」
「そんな急に言われてもなぁ。僕病気を治すとかできないし」
「神様のくせに……」
「神様にだって得意不得意があるんですー」
ぶー、と口調は不貞腐れていますが、お顔が笑っています神様。
何がそんなに面白いのでしょうか。
神様はずっと笑っていて閉じていた瞳をゆっくりと開け、その金色の瞳を私に向けました。
そして、ぽつりと言いました。
「…原因、知りたい?」
「……ぇ」
金色の瞳を細めながら、神様は私にそう言いました。
原因?この肩の重みに、原因があると?
そして神様は、その原因を知っていると?
「か、神様は知ってるんですか!?」
「知ってるというかー、見えちゃってるというかー……」
「??」
(みえる……?)
私は辺りを見回してみたけれど、私達以外には誰もいません。
こんな廃神社に用がある人なんて、それこそ私くらいで。
「何が見えるんですか?」
何のことだかさっぱりわからない私は、神様に尋ねました。
「………」
(え)
神様は急に黙ってしまい、私の方を――正確には、私の肩の上辺りをじーっと見てきました。それも真顔で。
(え、何?なんかあるの?)
私は自分の肩を触ってみましたが、勿論そこには何もありません。
ただ残念な肩幅しか……。
「あ、あの…神様」
「琴乃。憑かれてるよ」
「はい??」
私の方の上を見ながら、神様はそう言いました。
つ、つか?つかれてる、とは…??
「うーん。じゃあ琴乃。これを覗いてみて?」
そう言って神様は懐から小さな手鏡を取り出しました。
縁が金色でとても豪華なものです。
見た感じ普通の手鏡ですが。
「……?」
「いいからいいから。自分を見て?」
「は、はい…」
言われるがままに私は神様の持つ手鏡を覗いてみました。
――そして、覗いたことを後悔しました。
「っ、!?きゃあ!?」
私はびっくりして、神様の持つ手鏡から離れました。
そしてその瞬間、また肩の重みがずしっと増しました。
「どう?これが原因だよ」
神様は手鏡を仕舞いながら、私を――私の上にいるモノを見ながら言いました。
(な、にあれ……)
全身の震えが止まらない。怖い。
今のはなんだったのか。
私が手鏡を覗いて見たもの――それは、
私より遥かに大きい、どす黒い物体が、私の肩に乗っていた。