009
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キツネ狩りの練習と言いつつも、庭にキツネを放つわけにはいかず、僕と殿下はのんびり乗馬を楽しんだ。
前世の記憶からすれば、ウッドワード家の敷地は広く、徒歩より馬で闊歩するぐらいがちょうどいい。
心地よい陽光に、庭師が植えてくれた花が、目を楽しませてくれる。
穏やかに吹く風につられて視線を横へ流していると、窓からヴィヴィアンが見ているのに気付いて手を振った。
「オマエたちは仲が良いな」
「兄妹ですから」
特に我が家では両親の留守が多く、寂しさを覚えたヴィヴィアンが僕のところに来れば、自然と共有する時間は長くなった。
「……ルーファスは、オレの兄じゃないもんな」
「どうされました?」
「別に」
アルフレッドも兄が欲しかったんだろうか。
それとも隣の芝生が青く見えているのか。
不貞腐れたアルフレッドの様子に、休憩しましょうと声をかける。
庭のテラスで馬から降りれば、既にお菓子と紅茶が用意されていた。
琥珀色の液体を見たアルフレッドが、気まずそうに肩を揺らす。
「すみません、飲みものを変えますか?」
「いや……その、怒ってないんだよな?」
「はい。僕が好きなので用意されたのでしょう。他意はありません」
チラリと僕付きの侍女に視線をやると、そっと逸らされた。
え、他意があるの?
まさかの嫌味だった。
どうやら燻っていたのは、ヴィヴィアンだけじゃないらしい。
アルフレッドに知られるわけにはいかないので、言葉を重ねる。
「アルフレッドとは仲直りしたと思っていますが、僕だけですか?」
「オレも……でもルーファスは顔が変わらないから……」
怒っているのかどうかもわからない、と。
でもその割には懐かれている気がする。
わざわざ屋敷に遊びにくるぐらいだ。
「アルフレッドは僕が怖いですか?」
「怖くはない。けどオレがお父様の息子だから、相手をしてくれるんじゃないか?」
あぁ、そうか。
これがアルフレッド・ロングバードの不安なのか。
他人を信用できないが故に、乱暴に振る舞うゲームの彼を思いだす。コーン氏の一件も絡んでいそうだった。
ラスボスとして、どう答えるのが正解なのか。
そんな考えが頭を過ったけれど、行動はもう決まっていた。
悲しそうに赤い瞳を揺らす少年に、嘘は言えない。
「アルフレッドと知り合ったきっかけは、お互いの立場からです。そしてアルフレッドが僕より上の立場であることは、覆しようがありません」
言葉を切って立ち上がる。
僕はアルフレッドの隣で片膝をつくと、彼の手を取った。
「けれど友好を深めたい気持ちにも偽りはないのです。信じる信じないはアルフレッドに任せるしかありませんが、僕はアルフレッドのことが好きです」
乱暴なところはあっても、ちゃんと善悪の区別はついている。
紅茶を見て、居心地悪そうにするのは、自分が悪いと理解しているからだ。
ヴィヴィアンに謝ってくれたことからも、決して悪い子じゃない。
素直になれないだけの少年を嫌う理由は、僕には存在しなかった。
アルフレッドの顔を覗き込む。
「これが僕の本心です。表情に出ない分、行動で表そうと思っていますが……アルフレッド? 大丈夫ですか?」
顔を真っ赤にして、唇を震わせる様子に、具合が悪くなったのかと心配になる。
額に手を当てて熱を計ろうとしたところで、アルフレッドの手が首の後ろに回された。
前のめりで抱き付いてくる小さな体を受けとめる。
「オレだけだぞ。他の奴には、こういうことするなよ!」
耳元で上げられる声にくすぐったさを覚えながら、目を瞬かせる。
臣下として片膝をつくことだろうか。
侯爵であるウッドワード家が仰ぎ見るのは王家だけだ。
心配はいらないとアルフレッドに頷く。
計らずしも、潤んだ赤い瞳と目が合って、ドキリとした。
そこまで不安にさせていたとは思わなかった。
「ルーファスのことは信じる」
アルフレッドと額が重なる。
少し熱いけど、体調を崩したわけではなさそうだ。
「だから……二人のときは、オレも、お、お兄様って呼んでいいか」
ダメです。
僕の心臓が不整脈を起こして死んでしまいます。
「か、勘違いするなよ! オマエの妹が羨ましくなったとかじゃないからな! 王家が他人を羨むことなんか、ないんだからな!」
わかりやすいツンデレもありがとうございます。
ヴィヴィアンが羨ましかったんですね。
「ダメか……?」
フリーズしてしまった僕に、アルフレッドの勢いが削がれる。
至近距離に赤い瞳があって、ようやく密着したままだったことを思いだした。
そろそろ心臓が止まりそうだ。
「構いませんよ」
だからそろそろ首に回した腕を放してください。
「本当か! もう取り消せないぞ!」
「はい。ご随意に」
だからそろそろ。
「えへへ、お兄様……」
放して欲しかったのに、むしろより強く抱き締められました。
まだ筋肉が付いていない、柔らかな温もりに包まれる。
頬に当たるふわふわの髪がくすぐったかった。
神よ、僕の何がいけなかったんですか……?
あれかな。
アルフレッドは僕が闇の化身になることを知っていて、今の内に萌え殺そうとしてるのかな?
心配しなくても、最後は君の光剣で死ぬ運命だよ。
というか、殺すならしっかり闇の化身になってからにしてください。じゃないと世界を救えないから。
いい加減、密着のし過ぎを咎めてくれないかな、とアルフレッド付きの侍女や護衛に視線をやるも、温かく見守られるだけだった。
僕の味方はいないのか!? ラスボスだから!?