006
夕食時にも、家族四人が揃っていた。
父上は仕事、母上は夜会と忙しい両親なので、揃って食事をする機会は少ない。
話題は自然と僕のことになる。
「殿下が癇癪持ちだと、噂には聞いていましたけど、まさかルーに手をあげるだなんて信じられないわ」
「お母様、それも顔にですわよ? ありえないにもほどがありますっ」
怒りがぶり返してきたのか、ヴィヴィアンが憤然と言い放つ。
しかしヴィヴィアンは、僕の顔がお気に入りのようだ。
顔より体のほうが、火傷は大きいのだけど。
「ルー、体調はどうなの? 無理をしていない?」
「大丈夫です」
ヒリヒリとした痛みはあるものの、痛み止めのおかげで大分楽になっていた。
「あなたは顔に出ないから心配だわ。旦那様、陛下は何とおっしゃっていて?」
「今回のことに、大変お心を痛めておいでだ。殿下も深く反省しておられると聞いている」
母上に答えながらも、父上の視線は僕に向けられていた。
三白眼で射殺さんばかりに睨まれるけど、多分心配してくれているんだと思う。
「お詫びに、ルーファスさえよければ、キツネ狩りに行かないかと誘われている。もちろん傷が癒えてからだが」
「ぜひ行きたいです」
大人が用意してくれた仲直りの場を、断るわけにはいかない。
僕の即答に父上は頷いたけど、ヴィヴィアンが難色を示した。
「大丈夫ですの? 馬から落とされたりしません?」
「……そこまで殿下に恨まれる覚えはないよ」
城での行動については、殿下付きの侍女が全て知っている。
僕に問題があるなら、先に指摘されているはずだ。
「ルーファスに非がないことは、陛下も把握しておられる。我が家からも人を付けるから、誰か希望があるなら言いなさい」
「あら、陛下は大分と気になさっておいでなのね」
王家から招待を受けたとき、本来なら同行者は許されない。暗殺など不安の種を取り除くためだ。
だというのに、同行者が認められたのは、それだけ王家側が責任を感じている現れだった。
「一番強い者がいいわ!」
「ヴィー、僕は殿下と仲直りをしに行くのだけど」
「お兄様はそのつもりでも、相手が同じ考えだとは限りませんわ。用心なさってくださいまし」
いくら何でも疑い過ぎだろう。
今回のことで、周囲の大人の目も厳しくなっている。
仮に殿下が何かするつもりでも、周りが止めるはずだ。
それに……震えて涙目になっていた殿下の顔が思いだされる。
僕には到底、殿下が悪巧みするとは、考えられなかった。
◆◆◆◆◆◆
ウッドワード家が国を守る盾なのに対し、敵を切る光剣を模したロングバード王家のエンブレムが掲げられた馬車に乗り込む。
「本日はキツネ狩りにお招きいただき、ありがとうございます」
そして何とか挨拶は口にできたものの、僕の背中では大量の冷や汗が流れていた。
「うむ、余はコレのお目付役としているだけだ。気にするな」
コレ、と陛下が指差した先にはアルフレッド殿下がいる。
無茶を言わないでください。
というか陛下も一緒だなんて聞いてませんよ!?
正面に座するのは、ロングバード王国の王、その人だった。
殿下と同じ鮮やかな赤髪はクセが強いのか、整髪料で後ろへと流されている。
整った顔立ちに宿る眼力は強く、父上に負けない威圧感があった。
「見たところ、跡は残っていないようだが、体調はどうだ?」
「火傷は完治しております。体調も問題ありません」
「それを直接聞けて安心した。ほら、お前も言うべきことがあろう」
陛下に促されるものの、殿下は俯いたままだ。
陛下の隣に座る殿下に、以前の傍若無人さは見られない。
膝を寄せて、小柄な体をより小さくしている姿が哀れみを誘う。
侍従は後続の馬車に乗っているため、この密室には三人しかいなかった。
気まずくなって、胸元のペンダントを弄ぶ。
「……悪かった」
ふとすれば聞き逃してしまいそうな声量だった。
陛下が溜息をつく。
「全く……。アルフレッドも、ずっとそなたの回復を気にしていたのだ。余に免じて、許してやって欲しい」
「もちろんです。殿下は、大丈夫ですか?」
「……オレ?」
質問の意図がわからなかったのか、何が? と、ようやくここで殿下の赤い瞳と目が合う。
「あのとき、ショックを受けてらしたでしょう?」
「あれは……びっくりして……なぁ、本当にもう大丈夫なのか?」
自分が犯した過ちの大きさを目の当たりにして戦いた、という感じだろうか。
侍女の悲鳴が、拍車をかけたのかもしれない。
表情が晴れない殿下に頷く。
「ご覧のとおりです」
「隠してないか?」
「服の下にですか? ご覧になられますか?」
紅茶のほとんどは体にかかっていた。殿下もそれを知っているから、気になるんだろう。
「アルフレッド、治癒の報告は余も受けている。必要以上に手間をかけさせるでない」
「でも……」
「僕は構いません」
いくら言葉で聞いても安心できないんだろう。
この程度で不安が拭えるのならと、僕はシャツのボタンに手をかけた。
「見えますか?」
「……近くで見てもいい?」
「どうぞ」
シャツの中を殿下が覗き込む。
柔らかい髪が、顎にあたってくすぐったかった。
もっとボタンを開けたほうが良かっただろうか。
「触ってもいい?」
「アルフレッドっ、いい加減にせんか!」
見かねた陛下の叱責に、殿下の肩が跳ねる。
前屈みになっていたからか、その拍子にバランスを崩した殿下が僕の胸に倒れ込んだ。
受けとめると、ミルクの匂いがふわりと香った。朝食でホットミルクでも飲んだのかな。
「大丈夫ですか?」
「ぁ……うん……」
お互いの体温で熱くなったのか、殿下の頬が赤い。
もぞもぞと居住まいを正した殿下は、僕に寄り添ったまま隣に腰を落ち着かせる。
「……仲直りができたのならよいか?」
僕の気持ちを、陛下が代弁してくれた。