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005

 幸い、火傷は少し腫れた程度で済んだ。

 城の侍医によれば、数日もすれば完治するとのこと。

 跡も残らないようで安心したけど、屋敷に帰ってからが大変だった。


「信じられませんわ! お兄様の美しいお顔を傷つけるなんて!」


 事情を知ったヴィヴィアンが、鬼と化したのだ。


「ヴィー、可愛い顔が台無しだよ」

「お兄様がお怒りになられないから、わたくしが代わりに怒っておりますのっ!」


 だからって結われた髪を振り乱してまで怒る必要はないんじゃないか。

 ほら、手がけた侍女が寂しそうな顔をしてる。

 ヴィヴィアンが動くたびに、一緒に座っているソファが軋んだ。


「どうしてお兄様は、こんなときでも涼しい顔をしていますの!?」

「痛いのは、痛い」

「そういうことではなくて……! 誰か、痛み止めを持ってきてくださいまし!」


 何が逆鱗に触れたのかわからないものの、紅茶をかけられる理由にはならない。

 けど、あの怯えた顔を見てしまったら、怒りなんて湧いてこなかった。


 僕はどうすればよかったんだろう。


 言われたとおり、すぐに帰ればよかったのか。

 結果的に王家とウッドワード家に、溝を作ってしまったのではないかと不安になる。


「表情が変わらないにしても、声に出されたら? すっきりしますわよ?」


 言葉どおり気持ちが収まったのか、ヴィヴィアンが穏やかに座りなおす。

 乱れた髪を手ぐしで整えてあげると、くすぐったそうに笑った。


 今の彼女に、悪女の面影はない。


 ゲーム開始まであと六年もあるのだから、性格が変わってしまう可能性はあるけど。

 僕としては、このまま可憐な少女でいて欲しいものだ。

 できるならヴィヴィアンだけは、僕の運命に巻き込みたくない。


「そうだわ、お兄様。気持ちは行動で表さないといけませんのよね?」


 おもむろにヴィヴィアンが僕の手を取る。

 彼女の小さな手が重なり、柔らかな肌が指先に触れた。

 どうしたんだろう? と眺めていれば、微笑むヴィヴィアンと至近距離で目が合う。


「お兄様、大好きですわ」


 ……。

 …………。


「お兄様?」


 はっ! 危ない、天に昇りかけた。

 まだ死ぬには早い。

 ゲームの本編すらはじまってないぞ。

 僕の反応がなくて首を傾げるヴィヴィアンに、慌てて答える。


「僕も大好きだよ」

「あら、わたくしのほうが大好きですわ!」


 死ぬ。萌え死ぬ。

 僕はとんでもない過ちを犯してしまったかもしれない。

 僕の教えを実行するヴィヴィアンは、簡単に人を萌え殺してしまえるだろう。昨晩の父上の気持ちが、痛いほどよくわかった。

 あまりの可愛さに心の中で転げ回っていると、使用人から家庭教師の到着が告げられる。


「ルーファス様、コール氏がお見えです」

「わかった、今行く」


 乱れる心を押さえつけるように立ち上がると、服の袖を引かれた。

 心配げな青い瞳と目が合う。


「今日ぐらい、お勉強は休まれたら?」

「何かしてるほうが気が紛れるんだ。心配してくれて、ありがとう」


 ――よく、彼女を使い捨てにできたものだ。

 殿下より、妹の信頼を裏切ったゲームの自分に、僕は憤りを覚えた。



◆◆◆◆◆◆



 ヴィヴィアンには気が紛れると言ったものの、自室でコール氏を前にした途端、溜息が出そうになるのを堪える。

 僕は彼が苦手だ。


「おや、どうされたのです? 綺麗なお顔が台無しではありませんか」


 年若いコール氏は後任の家庭教師で、彼からは地理を教わっている。

 前任は老齢を理由に引退された。

 授業に問題があるとは思わない。


 僕は、彼の視線や距離感が苦手だった。


 今もさり気なく、患部とは反対の頬に触れようとしてくるので、否と言いながら首を振って避ける。


「大したことはありません」

「大ごとですよ。何せデビュタントを終えられてから、社交界ではルーファス様の容姿を褒め称えぬ者はおりませんから」

「母上には負けます。課題をいただけますか?」


 世間話なんてしていたくない。

 コール氏の粘着質な視線から逃れるため、教本を開く。


「ルーファス様は勉強熱心でおられる。魔法の素養がなくとも、立派に貴族の務めを果たされるでしょう」


 余計なお世話だ。

 貴族は平民と比べると、魔法を使うための魔力が多い。

 その筆頭が王家で、ゲームでも殿下の魔力が一番多かった。

 しかしウッドワード家は、貴族にしては珍しく、魔力に乏しい家系なのだ。僕だけじゃなく、父上も魔力が少ない。

 それでも侯爵家として相応しい地位を王宮で築いている。

 わざわざコール氏に、務め云々と言われるまでもない。


 悪気がないのは、わかっている。

 僕を嘲るような様子でもなかった。

 けれどコール氏への苦手意識から、どうしても心がささくれ立つ。


「では本日は教本の――」


 授業がはじまって、ほっとする。

 前世の記憶が鮮明になってから、より苦手意識が強くなったかもしれない。


 子どもを性愛する大人が、いると知ってしまったから。


 コール氏がそうだとは限らない。

 現に、接する距離は近く感じるけど、触れられる場所に危機感を覚えたことはなかった。

 頬や肩なんて、親しい間柄なら触れるだろう。

 僕側の心の距離が、コール氏が思っているほど近くないだけかもしれない。

 決め付けてはだめだ。

 そう理性が訴えるものの、嫌悪感はなくならなかった。

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