004.アルフレッド・ロングバード
むしゃくしゃしてた。
勉強のあとは、いつもそうだ。
「殿下、ウッドワード様が」
「知らない、知らない、知らないっ!」
侍女にクッションを投げる。
だけどオレの力じゃ、侍女にまでは届かない。
侍女は溜息をつきながらクッションを拾い、元の場所へと戻す。
オレは手元に戻ったそれを、また投げた。
「ウッドワード様をお呼びしますね」
ウッドワードは侯爵家だ。
いつまでも上流階級の貴族を待たせられないと考えたのか、クッションを戻してもキリがない諦めからか、侍女はもう一度だけクッションを戻して退室する。
再度、彼女の背中に向かって投げたクッションが、当たることはなかった。
人にものを当てるのは悪いことだ。
してはいけないことだと知っている。
だけど……。
胸がもやもやして気持ち悪い。
何とかしたくて、勉強机にあったものも全部床に落とした。
どうせウッドワードも、オレのご機嫌取りにくるだけだ。
部屋が散らかっていようが、ヘラヘラ笑うに決まっている。
面白くない。
部屋のドアが開かれる。
クッションは床に転がったままだった。
拾うのが面倒で、抱いていたクマを投げる。
「帰れ! どうせオマエもオレに取り入りたいだけだろ!」
クッションと同じで、クマもドアまでは届かない。
そのはずだった。
予想を裏切って、クマがウッドワードに直撃する。
お父様に怒られる!
真っ先に頭を過ったのは、怖い顔をしたお父様だった。
けど顔を見せたウッドワードは、それ以上に怖かった。
怖いくらい綺麗で、息を忘れる。
全く動かない姿に、作りものかとすら思った。
透き通るような青い瞳が動くのを見て、やっと彼が生きた人間なんだと気づく。
「……な、何か言ったらどうだ!」
「失礼いたしました。ウッドワード侯爵家のルーファスと申します。以後お見知りおきを」
弾みのない声は、不思議と耳に心地良かった。
聞き入っていると、ルーファスがクマを拾うのが見えて、血の気が引く。
怒られる!
怒らないはずがない。だって悪いことをしたんだから。
「そ、そこにいたオマエが悪いんだからな!」
どうしよう、逃げたくても逃げ場がない。もうすぐそこに、ルーファスは来ているのに。
けど罵声を浴びせられることはなく、部屋は静かなままだった。
隣に気配を感じれば、投げたクマがいて――。
ルーファスは、他の貴族と違っていた。
乱暴なオレに顔を歪めることも、ヘラヘラ笑うこともない。
全然表情が変わらないけど、よく見ると青い瞳を細めるときがあってドキドキする。
一緒に遊んだりできるかな。
今までにないくらい期待が膨らんだ。
なのに。
「ぁ……ちが……」
違う。
そうじゃない。
自分でも、わけがわからなかった。
反射的に手が動いて……ルーファスの白い顔が、真っ赤になって……。
嫌だ。
嫌だ、嫌わないで。
目の前が真っ暗になって、何も見えなくなる。
気付いたときにはベッドにいて、ルーファスの姿はどこにもなかった。