039.アルフレッド・ロングバード
ヴィヴィアンからの手紙を読み終わったとき、カタカタと指先が震えていた。
ルーファスは救出されて、ケガもないと聞かされてた。
だけど体を休める必要はある。
今は療養のため会えなくても、すぐにまた会えると思ってた。
どういうことだ? ルーファスは軟禁されてるのか?
報告よりも重体なのかと思ったら、ヴィヴィアンが会ったルーファスは元気そうだ。
何故ウッドワード卿が、自分の息子を軟禁するんだ?
しかもルーファスは被害者だろう。
わけがわからない。
事情を知ってそうなのは……テディか? 一緒に攫われた彼なら、現場で起きたことも知ってるはずだ。
ずっと彼がルーファスを心配してるのも、何かそこで起きたからじゃないのか。
会って話を聞いてみるか。
テディも、今は家族でウッドワード家に保護されている。
もしかしたら彼にも会わせてもらえないかもしれないが。
しかしダメ元で打診すると、テディとはすんなり会えることになった。
ウッドワード家の客間で、テディと再会する。
部屋にはテディの他に、ウッドワード家の侍女と、オレとエリックがいるだけだ。
ヴィヴィアンは、挨拶にだけ姿を見せた。
手紙の自己主張の強い部分にだけは文句を言いたかったが、いつもの気の強さが鳴りをひそめていて、出鼻をくじかれた。
それほど深刻なのか。
ことの重大さを再認識させられた。
とにかく、今はテディから話を聞くしかない。
「守れなくて悪かった」
「状況は俺も理解してるよ。むしろ殿下が無事で良かったさ」
「ケガは大丈夫なのか?」
「首の皮を一枚切られただけだ。もう傷も塞がってる」
首の皮、と聞いて寒気がしたが、跡も残らねぇよとテディは笑った。
「ルーファスは……」
自然と体が前屈みになる。
それはテディも一緒だった。
「無事だって聞いてる。殿下は?」
「オレもだ。だが、詳細がわからない。何があった?」
「うん、実はよく覚えてないっていうか……」
事件のショックでだろうか。
軽傷だとは言っても、首の皮が切られるようなことがあったんだ。
ヴィヴィアンの手紙にもあった言葉が、重くのしかかる。
〈何が殿下よ、わたくしのお兄様は、お兄様しかいないのよ!〉
その通りだった。
大切な人を守れない身分に、何の意味があるんだ。
けれどヴィヴィアンは、いざというときは盾になるとも書いていた。
ルーファスもそうなのか?
街では、何かあったらオレが守るんだと思ってた。
だけどオレは、守られるばかりで、一番守りたい人を守れなかった。
すぐ傍にいたのに。
直前まで、手を繋いでたのに。
拳を握る。
その手に、テディの手が重なった。
「あまり思い詰めんなよ。誰が悪いかは、はっきりしてるだろ」
「テディ……」
「全部、俺とルーファスを攫った奴らが悪いんだ。だから、頼む」
何を、と尋ねる前に、テディが手を握り込んでくる。
拳の内側に、差し込まれるものがあった。
「俺は記憶が曖昧で喋れない。けど、協力できることなら、なんでもする」
テディの目には、強い意思が宿っていた。
◆◆◆◆◆◆
テディに握らされたのは、手紙だった。
四枚綴りで送ってきたヴィヴィアンとは違い、一枚の紙に、小さな文字でびっしりと言いたいことが書かれている。
曰く、事件現場で見たことは、ウッドワード卿から口止めされているらしい。
ウッドワード家の侍女がいる場では、喋れなかったんだ。
「ルーファスが、魔法を使った……?」
見たことのない魔法だったけど、確かにルーファスの力だったという。
それで殺されそうだったテディは救われたと。
初級魔法なら、ルーファスにだって使える。
けれど初級魔法で人を殺すことはできない。
ルーファスはその場で、大の男二人を屠ったらしい。
室内が血の海になる中、横たわったまま気を失ったルーファスを見ているのは、中々の地獄絵図だったとも手紙には書かれている。
想像したくもない。
けど、そのどこに口止めする必要があるんだろうか。
軟禁される理由もわからない。
「制御がまだできないとかか?」
それぐらいしか理由は思い浮かばなかった。
今まで魔法を使ってこなかった分、暴発させてしまう危険があるなら、ヴィヴィアンを近づけないのも頷ける。
だが秘匿する意味は?
魔法が使えるのは、侯爵家としても喜ばしいはずだ。
お父様に、報告すべきか?
しかし報告しても無駄な気がする。
正当な理由がなければ、国王といえども、侯爵家へ介入することはできない。
ウッドワード卿が、易々と横やりを許すとは思えなかった。
「けどルーファスに、何かあった」
あのヴィヴィアンが助けを求めてくるほどのことが。
呟きに、珍しくエリックが反応する。
前にルーファスと話しているのは見たけど、オレと会話するのは皆無といっていいエリックが。
「……ルーファスがどうしたのですか?」
「わからないんだ」
「無事だったと聞いていますが」
「うん……お母様には黙ってろよ」
エリックはお母様の指示で、オレの護衛をしている。
けどルーファスを心配する様子に嘘はないだろうと、テディからの手紙を見せた。
「これは……しかし、情報が少なすぎます」
「だよな。テディに話を聞けば、何かわかると思ったんだけど、謎が深まっただけだ」
それでもヴィヴィアンとテディが、違和感を覚えているのは確かだった。
「会ったら、答えが出るかな?」
ヴィヴィアンが別人のようだったと書いていた答えが。
「今は会えないのでは?」
「そこは、力業でどうにかする」
昼間ならウッドワード卿は家にいない。
ルーファスの部屋には護衛がいるようだが、一人だけなら、オレの魔法とエリックの力で何とかできる。というか護衛も、オレを相手にはしたくないだろう。
またテディに会うふりをすれば、客間までは行けるし。
「ここで悩んでいても、答えが出るとは思えないしな」
ルーファスに会うことで何か確証を得られたら、お父様にも相談できる。
善は急げ、そう思ったところで来客を告げられた。
イアンだ。
今日、会う約束だったのを思いだす。
忘れてたわけじゃない。
ヴィヴィアンから手紙が来て、オレも余裕がなかったんだ。
オレの前に現れたイアンは、分厚い封筒を握っていた。
「ねぇ、アルフレッド。ルーファスお兄様のことで、ボクをのけ者にしませんよね?」
「その手にあるのは……」
「ヴィヴィアンからの手紙です」
「アイツ、オマエにも送ったのか」
それもどうやらオレに送られてきたのより、枚数がありそうだった。