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037

 暗闇が、全てを覆っていた。

 目を開いているのかも定かじゃないほどに。

 闇の中では、感情が荒れ狂っていた。


 怒り。

 恨み。

 妬み。

 嫉み。


 渦巻く怨嗟が、奔流となって僕をさらっていく。

 闇の波にのまれ、行き着いた先も、闇だった。


 あぁ、僕は。


 力を、魔法を、使ってしまったのか。

 最後に見た光景を思い浮かべる。


 仮面の男が死んでいた。

 テディは無事だろうか?

 倒れた二人は、仮面の男ともう一人だと思うけど……。

 あれからどうなったのか。

 助けが来たと信じたい。


 父上。

 父上、ごめんなさい。

 魔法は使っちゃいけなかったのに。

 種を、芽吹かせてはいけなかったのに。

 僕は。

 僕は、僕は。

 父上の苦労を、無駄にしてしまった。


 これから僕は、父上を悲しませる。

 たくさんの人を、悲しませる。


 ――死ななければならないと思っていた。


 前世を理解した、あの夜。

 ガラスに映った自分の姿を見て。

 でも決意したときの僕は、それがどんなに浅はかな考えか、わかっていなかったんだ。


 僕は家族に愛されていた。

 父上に母上、それと妹のヴィヴィアンに。

 執事や侍女たちも、いつも僕を温かく見守ってくれていた。

 ルーファスは、人に愛されていた。

 嫌われてなんかない。

 とても大事に、育てられていたんだ。


 アルフレッドは弟のようで、イアンははじめてできた友達で、エリックも僕のことをわかってくれた。

 テディも、彼にとっては散々な出会いだったのに、友達になってくれた。


 僕が死んだら、その全ての人を悲しませることになる。

 そんな簡単なことを、あの夜の僕はわかっていなかった。


 けど気付いたんだ。


 僕を慕うヴィヴィアンに、可愛らしいアルフレッドを見て、父上の愛に接して。

 ゲームと同じ轍を踏んではいけないと。

 気付いたんだ。


 なのに、結局僕は――。


「ルーファス」


 名を呼ばれ、唐突に闇の底から意識が浮上した。

 低い声は耳馴れたものだった。


「ルーファス……」


 頭を撫でる、その大きな手は震えていた。

 眩しさを感じながら、瞼を持ち上げる。


「父上……?」

「ルーファス、気が付いたか!」


 目を開けたはずなのに、僕を覗き込む父上の顔が見えない。

 部屋は暗かった。

 眩しいと感じたのは、闇の中にいたせいだろうか。


「すぐに侍医を呼ぶ。もう心配ない」


 寝ているのはベッドの上だった。

 それも自分の。

 助かったんだ……。


「父上、テディは?」

「彼も無事だ。元気だよ」


 侍医を呼ぶよう声をかけた父上は、事件の顛末を簡単に説明してくれた。

 どうやら僕が意識を失って、数時間ほどで救出されたらしい。


「今、背後関係を調べさせている。ことが落ち着くまで、ノーファース家は我が家で保護することにした。お前にも、護衛をつける」


 そこで父上は、ドアのほうに視線をやった。

 甲冑姿の護衛が、置物のように部屋の中で立っている。


「安全を優先させたい。わかってくれるな?」


 常に見張らせておかないと不安だという父上に頷く。


「不幸中の幸いか、わざわざ主犯格が現場にいてくれた。洗い出しにも時間はかからないはずだ」


 仮面の男は、やはり貴族だったようだ。


「きっとお前たちを長期間拘束する予定ではなかったのだろう。つけていた仮面も、声が変えられる魔導具だった。もしかしたらお前を捕まえた時点で、目的の大半は達成していたのかもしれない」


 一度でも捕まえられれば、次もあると警戒させられる。

 僕にトラウマを植えつけられさえすれば、よかったのか。


「逃げられていれば、尻尾を掴むのも難しかっただろう。どうせ街でお前を攫った者は、使い捨てだろうからな」


 けれど僕が反撃したことで、仮面の男の企みは覆された。


「後は時間の問題だ。お前は……まず休みなさい」


 父上は気付いているはずだ。

 僕が魔法を使ったことに。

 テディも、そのことを話しているだろう。

 優しく気遣ってくれる姿に泣きそうになる。

 けれど目に、涙が浮かぶことはなかった。



◆◆◆◆◆◆



「お兄様、お兄様、お兄様ー!」


 翌朝、部屋で朝食を取った僕の元に、ヴィヴィアンが押しかけてくる。

 ヴィヴィアンは僕に抱き付くと、胸に顔を埋めた。

 頭を撫でようとして、違和感を覚える。


「ご無事で、良かった……」


 腕が動かない。

 指すら、一本も動かせなかった。

 おかしい。先ほどまでは、普通に朝食を食べられていたはずだ。


「お兄様?」


 僕の反応がないことに、ヴィヴィアンが見上げてくる。


「ヴィヴィアン、僕は疲れてる」

「あっ、ごめんなさい! わたくしったら……」


 ヴィヴィアンは慌てて体を離す。

 違う、僕はそんなこと言ってない。

 言ってない、のに。


「ヴィヴィアン様」


 部屋にいた護衛が、僕とヴィヴィアンの間に割って入る。

 護衛に隠されて、体の小さなヴィヴィアンはすぐに見えなくなった。


「お兄様……」


 僕を呼ぶ声だけが聞こえる。

 その声に、答えたいのに。


「僕は寝る」


 言い捨てると、僕はベッドに潜った。

 おかしい、何が起こってるんだ?

 僕の意思に反して、体が勝手に動く。


 動かされている……?


 問いに、答えはない。

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