表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

036

 所作や振る舞いは見馴れたもので、地位の高さが窺える。

 商人という可能性も捨てきれないけれど、少なくとも金に困っているようには見えなかった。


 身代金目的の誘拐じゃない?


 それは、困る。

 お金目的じゃなければ、一気に危険度が増すからだ。


「どうした? 立場もわきまえず、要求を訊いてきたのはきみだろう?」


 僕は一度、仮面の男の機嫌を損ねた。

 今は逆らわないほうがいいだろうか。

 靴を前にして、口を開く。

 けれど自分が思っている以上に、体が竦んで上手く動かせない。

 いつの間にか口が渇いて、喉が張り付いていた。

 仮面の男は、僕の一挙一動を見つめている。

 震えながら、やっとのことで開いた口から舌を出す。

 舌先が靴に触れそうになった、そのとき。


「何だ!?」


 テディが縛られた足を上げ、仮面の男を蹴った。

 反動で、テディの体が転がる。

 傍にいたもう一人の男が、慌ててテディの動きを封じる。


「貴様っ、何を見ていた!」

「すいやせん、今まで大人しかったもんで……」


 仮面の男はテディの蹴りで体勢を崩したものの、すぐに立て直した。

 室内で僕たちを見張っていた男は、まさか縛られた状態の子どもが攻撃してくるとは思わなかったらしい。

 今は下手に動けないようテディを座らせ、上から押さえ込んでいる。

 仮面の男は、激情した様子でテディと向き合った。

 テディは対面した仮面の男を睨みつける。


 まさか。


 僕から、仮面の男の気をそらしてくれた?


「ーーー!」

「威勢のいい坊やだ」


 だけど、これではテディが危険だ。

 何で、どうして、と僕はテディを見るけど、テディは仮面の男から視線を外さない。


 僕がテディを守らなきゃいけないのに!


 靴を舐めるぐらい、どうってことなかったんだ。

 テディが庇ってくれるほどのことじゃない。

 僕がもっと早く行動していれば……!


「お仕置きが必要だな」

「待ってくれ!」


 乾いた口で、何とか声を張り上げる。

 制止する僕にテディが首を横に振るけど、それには応えられない。


「貴方の、目的は、僕だっ」


 だからテディには構うな。

 僕の訴えに、ようやく仮面の男は振り返った。

 仮面越しでもわかる、ぞっとするような笑みをのせて。


「そうだ。わたしの目的はきみだ。安心するといい、きみの命までは取らない」


 殺してしまうとウッドワード卿がうるさいからな、と仮面の男は続ける。


「けど下僕の彼が死んだところで、誰も困らない」

「やめろ!」

「そう、きみ以外は」


 あはは、と笑い声を立てながら、仮面の男はもう一人から短剣を受け取った。

 僕から奪った、あの短剣だ。


「まさか! きみが! 下僕なんぞを大切にするとは、思ってもみなかったよ!」


 仮面の男は嬉しそうだった。

 いや、事実嬉しいんだ。僕の弱点を見つけられたと、口に出して喜んでいる。

 短剣を手にした仮面の男が、手元を仰ぎ見る。


「ふむ、年代ものだな。下僕も主人の剣で死ねるなら本望だろう?」

「やめろ、テディは関係ないだろ!?」


 僕が目的なら、テディを傷つける必要はない。

 けれど無情にも、男はテディに短剣を向ける。


「ふっ、こんなときでも、表情は変わらないのだな」

「僕が無表情なのは体質だ。変えたくても、変えられない」

「だが見たところ、感情はあるようだな。そうか、わたしは今まで騙されていたのか」

「悪いのは、僕だ」


 テディじゃない。


「下僕のおこないも、主人が責任を負うべきだろう!?」


 あえて下僕と言って叫んだ。

 テディじゃない。

 テディじゃないんだ。

 傷つけられるのは。


「確かに、確かに。けれどわたしは、きみに泣いて欲しいのだ」


 短剣の刃が、テディの喉にあてられる。


「やめろ……」

「きみは体質だと言った。さて、目の前で大事な下僕が惨殺されても、泣かずにいられるかな?」

「やめろっ、やめてくれ!」

「さぁ、実験といこうじゃないか」


 石畳に拳を押し付ける。仮面の男を止めなければ。

 起き上がるのは無理でも、テディのように足を使って……。

 藻掻く僕に、仮面の男は視線だけ送って薄ら笑う。


「侯爵家でありながら、魔法を使えない程度の低さを呪うがいい」


 魔法が何だって言うんだっ。

 魔法が使えなくても父上は……、魔法を使わないことで、守っているのに!

 闇が、怨が、誇大化しないように。

 ウッドワード家の秘密を、知っているのは王家だけだ。

 それでも守ってきた。

 敵対されても、その相手すら守ってきたんだ。

 魔力という代償を払うことで。


 なのに。


 なのに、僕はテディを守れない。

 友達を、大事な人を守れない僕は、何なんだ。

 僕は、僕は、僕は。



――力が欲しいか。



 焦りで、思考が混濁する。


――力があれば、友を助けられる。


 けど、僕には力がない。


――力はある。


 それは、使ってはいけない力だ。


――では友を助けず、友を傷つける男を守るのか?


 違う! 違う、違う……。

 僕はテディを助けたい。仮面の男なんか、どうでもいい。


――だが力を使わねば、そうなる。


「ーーー!」


 テディが叫んでいた。

 刃をあてられた喉から、赤い血を流して。


 猶予はなかった。


 僕に、選択肢はなかった。



――決まったな。



 声が、聞こえた気がした。

 その声と、問答していた気がした。


「ぐっ、がは……っ!?」


 テディが叫んでいた気がした。

 その顔に、血しぶきが飛んでいるのを見た気がした。


 どす、どす、と二回。


 大人が倒れる音を聞いた気がした。

 地に伏す仮面の男が、僕を見ている気がした。

 仮面越しに、命の火が消えた目で、僕を見ている気がした。


 そして僕の意識は、闇にのまれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ