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 ドッドッ、と心臓が早鐘を打つ。


 ダメだ、その短剣は父上から譲り受けた――!


 焦燥に駆られて、体が勝手に動いた。

 けれど縛られた身では、僅かに肩が揺れた程度だ。


「ふんっ、貴族のクセに魔法が使えねぇんだもんな。おかげでこっちは楽な仕事だぜ」


 それきり、誘拐犯が喋ることはなかった。

 短剣を奪われ、足が軽く感じるのが悔しい。

 チリチリとこめかみを焼く感情が、怒りなのか、情けなさからくるものなのかわからない。


 どうすればよかった?

 もっと抵抗して騒げばよかったのか?

 テディが人質になっているのに?


 とりとめのない自問自答が浮かんでは消えていく。

 途中で体が担がれ、馬車を乗り換えさせられた。

 今日、街には特別な許可証がないと馬車は入れなかったはずだ。そこから足がつくかと思ったけど、乗り換えたらどうなる?

 僕たちは、どこへ連れて行かれるんだ。

 わからないことが辛い。

 わかったところで、何もできないであろう自分が不甲斐なかった。



◆◆◆◆◆◆



 どれだけ馬車に揺られただろうか。

 時間感覚は、すっかりなくなっていた。

 担がれ、次に降ろされた床は揺れていない。ズボン越しに、ヒンヤリとした冷たさを感じる。


 目的地に到着した?


 地面の上にいるのだろうか。硬質な感触が、歩いた街の石畳を思わせる。

 けれど、そこは室内だった。

 前触れもなく視界が晴れる。分厚い布を被せられていたのが、取られたらしい。

 薄暗い中、急いで首を巡らし、テディを探す。

 テディは思いの外、すぐ近くにいた。隣で同じように転がされていたんだ。

 帽子は目隠しされるときに外されたのか、どこにも見当たらない。

 テディの意識はしっかりしているらしく、目が合うと頷きで無事であることを示された。

 僕も無事だと頷き返す。

 ケガがないようで良かったと思う反面、後悔が胸を占めていく。


 僕のせいだ。


 テディが、僕の誘拐に巻き込まれたことは明白だった。

 僕が魔法を使えないことを誘拐犯は知っていた。正確には、全く使えないわけじゃないけど、誘拐犯たちにしてみれば、初級魔法程度なら難なく防げるんだろう。

 ウッドワード家の魔力が少ないことを、知っていたんだ。

 僕が街の案内にと、テディを同行させなければ、彼が巻き込まれることもなかった。

 テディをウッドワード家に招いた日を思いだす。

 馬車の中で、震えていたテディを。

 きっと今も凄く怖いだろうに、テディの目は力強かった。こんな奴らには負けない、という気概が傍目にも伝わってくる。

 どうにかしてテディだけでも逃がしたい。

 しかし、場所が悪かった。

 連れて来られたのは地下室らしく、室内には窓がなかった。

 空気が淀んで、カビ臭い。

 部屋というよりは倉庫なのか、感じたまま、床は石畳だった。

 出入り口は一か所だけ。

 隙を見て、逃げ出せるだろうか?

 今のところ、室内にいるのは僕を誘拐した一人だけだ。

 けどテディを捕まえた男がもう一人いた。待機している可能性がある。

 外から出入り口を見張られていれば脱出は困難だ。


「叫んでも、外には聞こえないからな」


 そう言われ、猿ぐつわも解かれた。

 けれど僕だけで、テディのものは解かれない。

 やはり標的は僕なんだろう。


「僕をどうするつもりだ」

「決めるのは俺じゃねぇさ」


 別にリーダーがいるのか。

 交渉するなら、そいつが相手か。

 身代金目的の誘拐なら、お金さえ手に入れば、命は助けられることもある。

 目の前の男も、まだ布で顔を隠していた。顔を見られたからと、殺される危険は少ないはず。

 必死に、前世の記憶をたぐり寄せる。

 ルーファスとしての人生の中に、その手の知識はない。

 動きが制限されている今、前世の記憶だけが頼みの綱だった。


 大丈夫だ、落ち着け。


 少なくとも、殺すのが目的じゃない。

 だったらもう殺されてる。

 捕まえたからには、何か要求があるはずだ。

 要求を聞いて、対処する。

 僕にできることをするんだ。

 大丈夫、大丈夫……。


 緊張で、心臓が痛い。


 じっとりと全身に滲む汗が不快だった。

 恐怖に支配されそうになるのを、必死で堪える。

 僕が、テディを守らないと。

 ただその一心で、自分を奮い立たせる。


 大丈夫、絶対助けが来る。


 父上が助けてくれる。その自信はあった。

 だから今は助けが来るまで、無事でいることを一番に考えよう。


 キィ、と木のドアが音を立てて開かれる。

 入ってきたのは、身なりがいいものの、顔に仮面をつけた男だった。

 彼がリーダーか。

 仮面の男は、僕を見下ろすなり、笑う。


「ふっ、無様だな。魔法が使えないと、こんな姿を晒すことになるのか。……だが縛られても涼しい顔をしているのは気に入らないな」


 そして横向きに転がる僕の頭を踏みつけた。


「全く、可愛げのない」

「ーーー!」


 ゴリゴリと革靴の底で撫でられる。

 目を瞑って痛みに耐える直前、テディが怒っているのが見えた。

 しかし仮面の男は気にした様子もなく、僕の頭を靴の下で数度転がす。


「何か言ったらどうかな?」

「要求は、何ですか」

「ふふっ、要求か。きみは本当に、わたしの神経を逆撫でるのが上手い」


 僕が回答に失敗したのは、すぐにわかった。

 先ほどよりも強く踏みつけられ、逆側の耳が石畳で擦れる。

 鋭く走った痛みに、耳が切れたのだと悟った。


「助けを求めるでも、命乞いするでもなく、要求を聞くか。いや、だが、実にきみらしい」


 あぁ、そうか。

 僕は交渉することで頭がいっぱいだった。

 けど彼は、僕に子どもらしい反応を期待していたんだろう。

 今から縋るのは……白々しいか。


「そうだな、まずは下僕の前で靴でも舐めてもらおうか」


 下僕? ここにいる、もう一人の男のことだろうか。

 僕の頭を踏みつけていた靴が、目の前に差し出される。


「ふふ、きみはどうかね? 目の前で主人が他人の靴を舐める姿を見るのは」


 そう言うと、仮面の男はテディに視線をやった。

 もしかして下僕ってテディのことか!?

 一緒にいたから侍従と勘違いされたのだろうか。


「ーーー!」

「ふふふ、こんな主人でも忠誠心はあるのかな?」


 憤るテディに、仮面の男は楽しそうだ。

 見せ付けるように、靴先を僕の唇に持ってくる。


「さぁ、綺麗にしてくれたまえ」

「……」


 靴に汚れはなかった。丁寧に磨かれている。

 眼前に見える、ズボンの裾のあつらえも綺麗だ。

 抵抗すべきか悩む一方で、観察して得られた答えは、あまりいいものじゃなかった。


 仮面の男は、貴族だ。

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