032
「順調に関係は築けているようだな」
「父上はテディのことも知っておいでだったのですか」
僕が自分の運命を話してから、父上はよく部屋を訪れるようになった。
父上の都合上、夜であることが多いけど、心配してくれているんだと思う。
今日はテディのことがあったから、来るだろうな、という予感はしていた。
しかし考えてみれば、父上が僕とヴィヴィアンが訪ねる店を調べていないはずがない。
僕の話に登場した攻略対象が店にいることも、事前に知っていたんだろう。
「お前は知らなかったのか?」
「店でテディのお父上に会って、気付きました」
「もう少し情報を集めることを覚えろ」
「すみません、まさか自分に関係するとは思わなくて……」
「お前の命に関わるかもしれないのだぞ」
いつになく低い声音で言われ、顎を引いて背筋を伸ばす。
声量は普段と変わらないが、向けられる圧が増した。
怒られている。
……のに、嬉しいと感じる自分がいた。
間違っても、僕はMじゃない。
きっとテディを迎えに来たグラムさんを見て、あてられたんだと思う。
以前より一緒に過ごす時間は増えているものの、父上が忙しいことに変わりはない。
グラムさんの手をぎゅっと握るテディを見て、僕も甘えたくなってしまったんだ。
だから決して、Mじゃない。
父上が僕を大事にしてくれているのが実感できて、嬉しいだけだ。
「聞いているのか? お前はもっと自分のことを考えなさい」
「以後、気を付けます。父上、一ついいですか?」
「何だ」
「隣に行ってもいいですか?」
いつも父上と対面して座っているソファは、大人がゆったりと二人は座れる大きさで、父上が真ん中を陣取っても左右にまだ空きがあった。
「私は怒っているのだが?」
「ダメですか?」
「はぁ……怒っている私の傍に来たがるのは、お前ぐらいだ」
そっと父上が体を横に移動させるのを見て、僕も腰を上げる。
思い切って密着するように座ると、腕を肩に回され、抱き込まれた。
「お前は大人のように見えて、子どもだな」
「僕は正真正銘、まだ子どもですが」
「そうだ。だが忘れてしまいそうになる。案外、子ども同士のほうが、わかり合えるのかもしれないな」
どういうことだろうと顔を上げれば、父上の指に頬を撫でられた。
「社交界が最たる例だが、大人はお前と距離を置きたがる。邪な考えを持つ者は別として、お前のことがよくわからないからだ。気味が悪いと言う者もいる」
綺麗な顔で、何を考えているかわからない。
そういった僕の評判が、父上の耳には届いているらしい。
「表情が変わらないせいだろうが、一転して、子ども相手だと身分に関係なく友宜を結べている。殿下から爵位を得たばかりの男爵の子まで、だ」
普通ならあり得ない、と父上は続ける。
「高等学院に入学すれば、ある程度は身分の垣根を越えられる。だがエリック以外はデビュタント前だろう? テディに至っては、まだ平民としての意識が強いはずだ。行きの馬車では震えていたのが、帰る頃には、すっかり懐いていたと言うではないか」
「テディは元々聡い子ですから」
何より商売人気質なところがある。
彼としては僕と友好的なほうが、利があると考えただけかもしれない。
「彼に限った話ではない。警戒心の強い殿下とも仲が良いだろうが。案外、大人のほうがお前の真価を見極められないのではないか、という話だ」
「それはそれで困るのですが?」
「安心しろ、私は評価している。だが目が曇った大人も多い。気を付けねばならないぞ」
頭を撫でられ、その優しい手つきに身を委ねる。
僕は事前にアルフレッドやイアンたちの情報を知っていた。だから何となくズルをしている気もする。
けど最終的に、彼らが僕を気に入ってくれるかどうかは、彼らの判断に任せるしかない。
それを考えると、ちゃんと彼らが僕のことを見てくれているという父上の言葉に、凄く救われた。
ゲームに関係なく、僕を好いてくれているのが、とても嬉しい。
「そうだ、殿下と言えば、今度お忍びで街へ出られる」
「視察ですか?」
言ってから、それだと忍ぶ必要がないことに思い当たる。
「お前とヴィヴィアンが出かけたことが耳に入ったようだ。同行するよう誘いがあった」
「断れないお誘いですか」
「体裁は大事だ。不都合はないだろう?」
「まぁ、僕は構わないのですが……」
「何か問題があるのか?」
「ヴィーは同行できないでしょう?」
僕とアルフレッドだけで出かけたら、きっとむくれるだろうなぁ。
◆◆◆◆◆◆
案の定、ヴィヴィアンはむくれた。
そして「お花畑に集まった妖精たちの会」が日を改めてまた開催されることになった。解せぬ。
しかも今度は父上も観客として参加したいと言い出して、僕は天を仰ぐしかなかった。
息子の女装を見て、何が楽しいんですかね。第一に見世物じゃない。
「で、これは嫌がらせか何かデスカ?」
「テディは街について詳しいだろう?」
僕はアルフレッドと手を繋ぎながら、テディに答える。
その後ろでは、エリックが静かに佇んでいた。
場所はユノーハイネスの店前。本日のお出かけメンバーの、最後の一人が合流したところだ。
「詳しいけども! だからって俺が案内する必要ある!?」
アルフレッドと街にお忍びで出かけることが決まり、僕は案内役としてテディの同行を提案した。
一緒に出かけるのはいいけど、僕は街に詳しくない。
知らない大人に案内されるよりは、テディのほうがアルフレッドも楽しめるんじゃないかと思ったんだ。
結果、提案は認められて、テディも断れないお誘いを受けることとなった。
「侯爵家の相手でも不相応なのに……不敬罪で斬首とかされないよな? あぁ、胃が痛い」
「ルルは気にしないよ」
「オレはルーファスがいいならいいぞ」
アルフレッドは街を歩けるのが楽しくて仕方ないのか、朝からずっとご機嫌だ。
普段は着ない服装で、変装しているのも楽しいのかもしれない。
といっても貴族街から出ることはないので、変装といっても僕の従兄弟を装ってるだけなんだけど。
ちなみに「ルル」はお出かけようの偽名だ。
街ではいつも以上に警備兵が巡回し、私服姿で潜伏している者もいる。
一見すると僕たち四人しかいないようでも、すぐ駆け付けられる距離に、近衛兵もそれとわからない装備で待機していた。
安全面に抜かりはない。
何より、アルフレッドには王家が受け継ぐ魔力がある。
今回の外出が認められたのも、アルフレッドが自分を守れるようになったからだった。