031.テディ・ノーファース
目を開けたら、やたらと綺麗な顔があって、俺は人生の終わりを悟った。
考えが甘かったんだ。
爵位を得たばかりの男爵家なんて、侯爵家から見れば平民と変わらない。
何を喚いたところで、無視されると思った。
俺ん家にいちゃもんをつけてくるのだって、男爵や子爵といった貴族とは名ばかりの、金のない奴らばかりだ。
けど侯爵家ほどの家格になると、話が変わってくる。
歴史と広大な領地を持つ侯爵家は、男爵家から見ても雲の上の人で、関わりを持ちたいと思っても持てるものじゃない。
だから逆に、少しぐらい文句を言っても許されるかなって。
その場で怒られはするだろうけど、ガキのすることだ。見逃してもらえる。
いつもと違う父ちゃんを見て、イライラしていた。
貴族になっても、横柄な奴らの態度は変わらない。
むしろ平民の友達からは距離を置かれて……。
父ちゃんはこれからだって言ったけど、俺にはよくわからなくて。
結果、やっちまった。
血の気の引いた頭で考えれば、バカなことをしたと思う。
相手が大人なら、また違ったかもしれない。
けどケンカを売ったのは、同じ年ぐらいの奴だ。
俺が言うのもなんだけど、ガキはすぐに逆上する。いくら侯爵家でも大して変わらないだろう。
カッとなった俺は、そこまで考えが及んでなかった。
大人が子どものケンカを買ったら恥だが、逆はそうじゃない。
あぁ、何で俺はあんなバカなことをやっちまったんだ……。
「ど、奴隷にだけは……う、売らないで!」
せめてもの抵抗だった。
命乞いをして、哀れみを誘う。下手に出れば、相手の溜飲も下がるかもしれない。
幸い、相手は話を聞いてくれそうだった。
それが、まさか。
死神と名高いウッドワード家だったなんて。
俺、終わった。
命乞いなんて関係ない。ウッドワード家は、情け容赦ないことで有名なんだから。
終わった。
もう父ちゃんと母ちゃんに会えないんだ……。
また目に涙が溢れてくる。
情けなくボロボロ泣く俺を、ルーファスは優しく宥めてくれた。
あれ? 俺、殺されない……?
「ウッドワード家、超人道的……!」
話を聞いて、俺のウッドワード家に対する印象は覆った。
というより店で会ったときから、ルーファスは一度も声を荒げてない。妹のヴィヴィアンもそうだ。むしろ馬車では優しく何度も声をかけてくれていた。
今もずっとルーファスは、俺を気遣ってくれている。
現実を見れば、噂は噂でしかないってわかるもんだ。
「まぁ俺はルーファスでもいいけど」
おかげで調子に乗ってしまった。
だって家格差を感じさせないくらい、対等に話してくれるからさ。
そんな相手、平民の友達にしかいなかったんだ。けど、そいつらももう変わっちゃったし。
「違うぞ!? 何か勘違いしてないか!? 友達になるなら、ルーファスでもいいってことだからな!?」
「僕を侍らすという意味ではなく?」
どういう発想だよ!? 空かさず否定したけど、ちょっと想像しちゃっただろ!?
ずっとルーファスの綺麗な顔を意識しないようにしてるんだぞ!
何で男のクセに、街で評判のパン屋のお姉さんより綺麗なんだよ!? 俺の初恋の相手より顔がいい上に、性格もいいって、俺の価値観が崩壊するからやめてくれ!
「今はその言葉を信じるよ」
けど手が触れたら、天に昇るほど嬉しくて。
俺の傍にってのは、心臓がもたないから無理だけど、俺が傍にいるのは有りだなって思ってしまった。
無表情でも、まとう空気が柔らかいせいか居心地がいいんだよ……。