030
僕の問いに対して、テディは上半身を少し屈めた。
胸の前でぎゅっと拳を握ると、必然的に上目遣いで見上げられる。もしかして、わざとやってるのかな? あざとい。あざと可愛い。
「お、怒ってないんだよな?」
「あぁ、無表情なのはいつものことだ」
「だったら言うけど……俺も、最初は悩んだんだ。文句は言ってやりたいけど、相手は侯爵家だろ? でも逆にそこまで家格が違うなら、見逃してもらえると思って」
ふむ。
完全に僕の行動が裏目だったと。
「すまない」
「えっ!? いや、いいよ……なんか、あんたは俺が想像してた貴族と違うし……あのときは、俺もカッとなってた自覚あるし……」
改めて謝ると、テディはしどろもどろになって目を泳がせる。
その場の勢いもあったんだろうけど、やっぱりテディは考えられる子だった。
落ち着いて話せば、スムーズに会話が続く。
「迷惑をかけられたと言ってたか」
「うぐっ、もう店でのことは忘れてよ……」
「でも文句があったのだろう?」
「今思えば、暴走したなって反省してるんだ。絶対、帰ったら父ちゃんにぶん殴られる……」
グラムさんには柔和な印象しかないけど……商人としての顔と、父親としての顔は、また別なんだろうか。
「うち、行商人上がりだからな。着痩せして見えるけど、脱いだら筋肉バキバキだぜ」
言われてみれば、テディの頭も片手で軽々と押さえ付けていた。
どうやら握力も強いらしく、店では痛いぐらいがっつり掴まれていたらしい。
そんな状況下で、まだ不満げだったテディも末恐ろしいものがある。
「けどそんな父ちゃんがさ、徹夜で店の準備して、いつもなら朝から肉だって食えるのに、今朝は飲みものだけで済まして、ぺこぺこしてる姿見たら、なんかさ……」
相手が侯爵家だと知りつつも、カッとなってしまったのだとテディが語る。
「店としては一世一代の商機だったんだなって。だから父ちゃんもあれだけ気を張ってたんだって、ここで色々食べさせてもらって、骨の髄まで理解できた。うぅ、やっぱ殴られるよな」
「気を失ったところだ、そこまで無体なことはされないと思うが」
「あんたは父ちゃんを知らないから……そういえば名前聞いてなかったな」
テディに言われて、店前で名乗ったときに、彼がいなかったことを思いだす。
「ルーファス・ウッドワードだ」
「……」
よろしく、と続ける前に、テディの顔から血の気が引く。
今になって気を失った後遺症が現れたんだろうか。
「テディ、大丈夫か?」
「……ウッドワードって、あの? ウッドワード侯爵家?」
「ウッドワード侯爵家は、他にないと思うが」
ヴィヴィアン同様、テディもまだデビュタント前だから、ウッドワード家のことを知らなくて当然だと思ってたんだけど。
顔を真っ青にしたテディの表情は、グラムさんとそっくりだった。
「あばばばば、命だけは! 命だけは、ご容赦を……!」
「取らないから」
振り出しに戻ったテディの様子に、僕は再度額に手をやった。
◆◆◆◆◆◆
「ウッドワード家、超人道的……!」
「わかってもらえて嬉しいよ」
あれからテディを宥め、ウッドワード家の実情を説明した。
といっても当たり障りのないことだけど。
次いで早朝に店を開けてもらうことになった経緯を話すと、テディは何やら感動したようだった。
「事前に迷惑料まで払ってくれてたんだな。店の売上げを考えたら、一度で一か月分……もしくは、それ以上? しかも商品を気に入ってもらえたなら……」
父ちゃんが、身を粉にするのも納得だ。と利益換算を続ける。
「けどウッドワード家としたら出費だよな? 貸し切りにしなくても、護衛を付けて来店すれば、もっと経費は抑えられたんじゃないか?」
「他の家なら、そうするのだろうけど」
母上にも、過保護だと呆れられたけど。
「僕たちは、身を守る魔法が使えないから」
生活魔法と呼ばれる、初級魔法ならウッドワード家の人間でも使える。
炎や水の塊を飛ばす中級魔法で、ギリギリといったところだ。それも数発撃てば、魔力が枯渇するだろう。
護衛と分断されるような、最悪の状況になった場合、僕やヴィヴィアンはとても非力だった。
「えっ、でも侯爵家なら……」
「もしかしたらテディにも、僕は負けるかもしれない」
ゲームでは主人公と一緒に戦うぐらいだ。
テディに、僕以上の才能があっても不思議じゃない。
「ウッドワード家が魔法を使えないことは、知らなかったのか?」
「うん、死神って呼ばれてるぐらい容赦ないのは知ってるけど」
死神……十中八九、父上のビジュアルが発端だよね。
「侯爵家でも色々事情があるんだな」
「むしろ上流階級のほうが、色んなしがらみで身動きできないかもしれない」
「うーん、なるほどなぁ……貴族って何かと面倒そうだし」
もちろん、相応の恩恵もある。
だから面倒も負うべきものの一つなんだけど。
腕を組んでテディは考え込む。
「でもさ、やっぱり貸し切りはやり過ぎじゃないの?」
「母上にも言われた」
けどヴィヴィアンのことを思うと……。
「ルーファスってシスコン?」
「テディもヴィーに会っただろう? 僕が心配するのもわからないか?」
「将来美人になりそうだよな」
「不用意に近付かないように」
僕の即答に、テディは半眼になった。
だってゲームのテディは、女の子を侍らせてたし……とは本人には言えない。
「まぁ俺はルーファスでもいいけど」
「えっ」
テディは男でも有りなのか!?
僕の表情は変わってないはずだけど、愕然としたのが伝わったのか、テディが声を張り上げる。
「違うぞ!? 何か勘違いしてないか!? 友達になるなら、ルーファスでもいいってことだからな!?」
「僕を侍らすという意味ではなく?」
「んな恐ろしいことできるか!? ……ちょっとやってみたい気も、しない、しないから!」
そっと距離を空けた僕に、テディが慌てて手を伸ばしてくる。
僕はこの手を掴むべきなんだろうか? それとも払いのけるべき……?
「変な意味じゃないって、本当!」
「今はその言葉を信じるよ」
あまりイジメるのも可哀想かなと、テディの手を取って握手する。
「でもヴィーは別だから」
「やっぱシスコン……」
正直なところ、自分でもそう思わなくない。