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029

 ベッドで眠るテディの、柔らかい頬に残った涙の跡を拭う。

 気を失ったテディはその場で侍女に抱きかかえられ、客室のベッドへ寝かせられた。

 大人でも余裕があるベッドは、よりテディの体を小さく見せる。

 ……罪悪感が凄い。


「謝って、許してもらえるだろうか……いや、テディの立場だと、許さざるを得ないのか……」


 表面的には。

 エリックのときも思ったけど、貴族社会のルールが憎かった。

 前世の記憶では、そういった世界と無縁だったから、余計に感じるのかもしれない。

 胸元のペンダントに触れながら、今は無事に目を覚ましてくれることを願う。

 念のために侍医も呼んだけど、テディがいつ目を覚ますかは、わからないとのことだった。

 お父上のグラムさんにも、連絡はしてある。

 体に問題はないけど、心に与えてしまったストレスを考えると、自然と溜息が漏れた。


 わかる。

 前世の僕が、テディと同じ立場だったら、気を失ってもおかしくはない。


 わかるからこそ、申し訳なくて……。

 何も出来ない自分が不甲斐なかった。

 失意で頭が下がり、ベッドに額をつける。

 ヴィヴィアンはこの場にいないから、いくらでも情けない姿を晒せた。

 気を失っていてもテディは男。デビュタント前のヴィヴィアンは、外すことになった。

 僕も客室で待ってる必要はないと言われたけど、無理を言ってここにいる。

 せめてもの償いに……と、どれだけ時間が過ぎただろうか。


「ん……」


 身じろいだテディに顔を上げ、時間を確認することもなく、彼を覗き込んだ。

 テディは眠たそうな様子で、目を擦る。


「気分は悪くないか?」

「ぅん……?」


 半開きだったタレ目は、僕をとらえた瞬間、覚醒した。


「ぴぇっ!?」

「ぴえ?」

「あわわわわわ、ど、奴隷にだけは……う、売らないで!」

「……とにかく、落ち着こうか」


 混乱しているのはわかるけど、テディの中では一体どういう状況なんだ?

 想像もしていなかった不穏な言葉に、額を押さえる。


「えーと、誰かノーファース氏にご子息が目を覚ましたと報告を。あと、用意していたお茶とお菓子を持ってきてくれ」


 僕の指示に待機していた侍女が動く。

 ほどなくして、客室は甘い香りに包まれた。


「起き上がれるか?」

「……」


 返事はないけど、小さく頷いたテディは身を起こす。

 それを見届けると、侍女にお菓子をトレイごとベッドの上に置いてもらった。

 クッキーをはじめとした焼き菓子から、サンドウィッチなどの軽食まで、テディを囲むように並べられる。水と紅茶だけはこぼさないよう、ベッド脇のテーブルに。


「マナーは気にしなくていいから、食べるといい。きっとそのほうが落ち着く」

「……ふ、太らせて、売る……?」

「売らないよ。テディは犯罪奴隷になるような覚えがあるのか?」


 奴隷とは即ち、殺人など大きな罪を犯した人が落とされる身分で、正式には犯罪奴隷という。

 鉱山など危険が伴う仕事に従事させられるため、死刑より重い処分だと言う人もいる。


「き、貴族に逆らったから……」

「それだけで奴隷にしようとしたら、逆に訴えたほうが笑われる」


 貴族はプライドが高く、体面を気にする。

 無礼を働かれたら怒りはするものの、それを殺人と同罪なんて言ってしまったら、狭量過ぎると貴族社会では笑い者にされるんだ。

 思うところが多い貴族社会にも、限度というものがあった。


「むしろ許すほうが寛容だと良い印象を与えられるから、店でのことは不問にする。ただ二度目はないから、言いたいことがあるなら、正規ルートで陳情してくれ」


 許されるのは一度だけ。次からは、何らかの処分が下る。

 そもそも僕たちは、まだ子どもだから問題にはならないけど、今後のことを考えれば、ちゃんとルールを教えておいたほうがいいと思った。

 意味がわかるか尋ねれば、テディはこくんと頷く。

 そして遠慮がちに僕を見上げた。上目遣いが可愛い。


「でも、だったら何で……俺、連れてこられたの」

「その件については謝る。迷惑をかけたお詫びをしたかったのだけど、一番は君と話がしたかったからだ」

「俺と? 何で」


 うっ、純粋な瞳を向けられて胸が痛む。

 ゲームの攻略対象だからとは言えない。

 店でのことを振り返り、理由付けとしては弱いかなと思いつつ……。


「興味が湧いた。さぁ、折角用意したのだし、食べるといい」


 結局のところ、深い意味はなかった。

 つい、いつものノリで誘ってしまっただけで。

 追求を逃れるように、紅茶で喉を潤す。今日も侍女が淹れてくれた紅茶は香りがよく、鼻腔から幸せにしてくれる。

 僕がサンドウィッチに手を伸ばすと、テディも食欲が湧いたのか、同じようにサンドウィッチを食べはじめた。

 一口食べると、テディが目を見開く。

 それからは早かった。

 サンドウィッチに留まらず、用意したものをまんべんなく頬張り、平らげていく姿は、小動物を彷彿とさせる。

 どうやら味はお気に召してもらえたみたいだ。


「こっちの焼き菓子は、通りにある店の?」

「あぁ、ローズガーデンといったかな」


 通りというのは、貴族街にある商店が集まった通りのことだ。グラムさんのユノーハイネスも、この通りにある。前世の記憶で言えば、貴族御用達の商店街といったところだろうか。

 ローズガーデンの焼き菓子はヴィヴィアンの好物で、我が家では常備されていた。

 他にも店で購入した焼き菓子についてテディは言及し、なるほどと頷く。


「流石、侯爵家。どれも一級品ばかりだ。しかも老舗だけじゃなく、新鋭店のまである」

「妹は新しいものが好きだから」


 僕の言葉に、テディの目が光ったような気がした。

 きっと今になって、ヴィヴィアンと交流を持つことで、得られる利益を察したんだろう。


「簡単には近づけさせないよ?」

「ぐっ……こんなことなら、馬車で……」

「勿体なかったね。しかし不思議だ」


 何が? と僕を見るテディに、怯えた様子はない。

 彼の緊張が解れたことに安堵しながら、言葉を続ける。


「君は損得勘定ができる。貴族の上下関係も理解しているだろう? なのにどうして、店ではあんな振る舞いをした?」


 貴族に逆らったらどうなるか、現実にそぐわないものの、テディは知っていた。

 だから馬車ではあれだけ怯えてたんだ。

 それがわかっていながら、テディがわざわざ相手を怒らせるような態度をとった理由が、僕にはわからなかった。

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