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 事件といっても、一人の少年が僕らの前に飛び出してきただけなんだけど。

 ただ顔を真っ青にしている店主のグラムさんにとっては、正真正銘、事件かもしれない。


 オリーブ色の髪に、タレ目がちな少年の顔には、見覚えがあった。


 六年後にはその甘いマスクと口で、女の子たちを虜にしそうな……今は思いっきり敵意を剥き出してるけど、テディってこんなキャラだったっけ?

 攻略対象の最後の一人である、ゲームのテディを思いだす。


 学院ではいつも女の子を侍らしてる軟派な性格。でもその実、彼女たちを実家の客にしか見ていない――要は財布だと思っている――冷淡な一面がある。

 本人も自覚していて斜に構えているんだけど、女の子に優しいところは地だと主人公に看破されて、次第に彼は心を開いていく。

 他の攻略対象よりもエッチなイベントシーンが多くて、「歩く一八禁」とファンには呼ばれていた。

 うん、ヴィヴィアンは近づけないようにしないと。


「無礼ですよっ」

「も、申し訳ございません!!!」


 僕が考え事をする一方で、ヴィヴィアンは驚きに身を固めていた。

 その中で、真っ先に反応したのは、荷物を持つ侍女だった。

 彼女の言葉に、グラムさんがテディの頭を押さえ付けながら、大きく頭を下げる。

 貴族になったばかりの男爵家の人間が、王家と並んで歴史ある侯爵家の前に、乱暴な物言いで立ち塞がったと考えれば、さもありなん。

 大人だったら大問題になる。

 しかし幸いにして当事者は子ども。心象が悪くなったとしても、夜会のときと同じく、問題として取り上げられることはないだろう。

 大丈夫だよ、とヴィヴィアンの背中を撫でて緊張を解す。

 そして顔を真っ青にしているグラムさんにも、同様に声をかけた。


「お心遣い、痛み入ります」

「……迷惑をかけられたのは、こっちだぞ」

「テディ!」


 ふてぶてしいテディを、グラムさんが叱咤する。

 僕はテディの態度に首を傾げた。

 彼にとって、僕らは実家に金を落とす財布だ。ゲームの彼なら、笑顔で実家を宣伝こそすれ、敵対行動を取るなんてあり得ない。

 まだ幼いから、損得勘定ができていないだけだろうか。


「なら迷惑をかけたお詫びをしよう。家でお茶でもどうかな?」


 これも縁に変わりはない。

 何事もなく別れてしまうのは勿体ない気がして、僕はテディを家に誘った。

 そろそろ帰らないと店前に停めてある馬車が邪魔になるし、時間通りに帰らなければ、父上や母上に余計な心配をかけてしまいそうだった。

 僕の誘いに、グラムさんが壊れた人形のように首を上下に振りながら答える。


「ぜ、ぜひっ!」

「父ちゃん!?」


 僕としては提案したつもりだったんだけど、よくよく考えれば侯爵家からの誘いを、男爵家が断れるはずがなかった。



◆◆◆◆◆◆



 グラムさんに見送られて馬車に乗ったテディは、先ほどまでの勢いをなくし、目に涙を溜めていた。

 ……早くも僕は、失敗したかもしれない。

 そうだよね、いきなり見知らぬ場所に送られたら、不安になるよね。

 ホームとアウェーでは心理的負担が大きく変わる。

 売られた子羊のようなテディに、ヴィヴィアンもおろおろしながら気遣わしげに声を掛けた。


「我が家のお茶は、とても美味しいですわよ?」

「……」

「お、お茶請けも名店の焼き菓子から、我が家のシェフ手製のデザートまでたくさんの種類がありますし!」

「……」


 テディは今にも泣きそうだ。

 涙をこぼさないよう、拳を握って我慢しているところに、心の強さを見る。

 けど泣かない一心で頑張っているせいか、ヴィヴィアンの声は届いていないようだった。

 結果、ヴィヴィアンは無視された形になるけど、テディのあまりに悲壮感溢れる様子に、怒るどころか一緒に眉根を落としている。


「すまない、僕が浅慮だった」


 ただ話がしたかったんだ。

 それが、こんな風にテディを追い詰めることになるなんて……。

 今までは――と振り返ったところで、改めて自分の失敗に気付く。


 アルフレッドは王家で、イアンは侯爵家。

 エリックは子爵家だけど、父親が騎士団長を務める家柄で、本人も近衛隊長候補だ。

 片やテディの家は、男爵位を授けられたばかりの新参者。


 家格差が、あり過ぎる。

 わかっていたことなのに、店では気が強そうだったから、エリックと同じように会話ができると思っていた。

 今までは、難なく接することができていたから。

 けど一人になって、頭が冷えたテディは違う。

 彼は今になって、自分の父親が顔を青くしていた理由に思い至ったんだろう。

 僕も察するべきだった。


 侯爵家が、畏怖される存在であることに。


 ウッドワード家だからとか、僕個人のことは関係なく。

 平民に近い立場の者から見れば、身分差に戦くには十分な爵位なんだ。

 テディの反応こそ、普通で。

 簡単に考えた、僕が甘かった。

 どうしよう、怖がらせる意図なんてなかったのに。

 これってあれだよね、僕がテディに爵位の違いを思い知らせるために、家に招いた形になってるよね……。


 手をこまねいている内に、馬車が屋敷の門に到着する。

 ウッドワード家の敷地は広く、門に着いたからといって、馬車から降りることはない。

 庭師によって管理された、青々とした草木や色とりどりの花に出迎えられながら、屋敷の玄関先まで馬車に揺られる。

 前世の価値観だと、それをどう感じるだろう。

 自分の失言で、大富豪の邸宅に一人で招かれたら。


 うん、泣く。


 大人でも泣く。

 社会的に殺される自分を想像して、絶望する。

 今、正にその心境であるテディは、俯いて馬車の床から視線を外さない。

 馬車が動きを止めても、一点を見つめたままだ。

 テディの様子に、ヴィヴィアンと目を合わせるけど、馬車を降りないわけにはいかなかった。

 エントランスでは、僕らを出迎えようと、執事や侍女たちが待機しているからだ。

 無事に帰ったことを知らせるために、僕が先に降りてヴィヴィアンをエスコートする。

 その後、テディは見かねた侍女に手を引かれて、馬車を降りた。

 地面に足を着け、テディは屋敷を見上げる。

 そして一筋の雫が彼の頬を伝ったかと思うと、気を失った。

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