024
血の繋がりで言えば、どちらのお兄様でもない。
義兄様なんてもってのほかだ。
しかしアルフレッドが問いたいのは、そういうことじゃないだろう。
「オレは、二人のときだけなのに、イアンはずっとルーファスお兄様って呼んでるじゃないか!」
「アルフレッドも、呼んでくださって構いませんが」
確か二人のときと指定したのは、アルフレッドだったはずだ。
僕としては、いつ呼ばれても――心臓がもつ限り――問題はない。
「ほら、やっぱりルーファスお兄様に他意はないんですよ」
「う、うん……って、別に気にしてないからな!」
何かあったんだろうか?
すっかり仲良くなったらしい二人を眺めていると、イアンはアルフレッドから離れて僕の隣に腰を下ろした。
「アルフレッドは、二人のとき以外はお兄様って呼ばれたくないんじゃないかって、気にしていたんですよ」
「だ、だから気にしてないって言ってるだろ!」
地団駄を踏みながら、アルフレッドもこちらにやって来ると、同じソファに腰を下ろす。
イアンとは僕を挟んで反対側に。
そう。
僕を挟んで。
「……狭くないかな?」
「全然大丈夫ですよ?」
「ルー……お、お兄様はエリックと違って細いし!」
うん、君たちも小柄だしね。
だけど、僕の心臓がね? 早くも停止しそうだよ?
やけに距離が近いように感じるのは僕だけだろうか。
「そうなんです! ルーファスお兄様は腰が細いので、コルセットで形を整えると」
「イアン、その件については後で話そう」
「お花畑に集まった妖精たちの会」については、秘匿だと手紙でも伝えたというのに。
口の軽いイアンの頬を指先で引っ張……マシュマロ? イアンの頬はマシュマロで出来てるのかな?
予想以上の柔らかさに感銘を受ける。
「ふぁい、すみません」
「何の話だ?」
イアンに軽く制裁を加えたところで、会話に混ぜろとアルフレッドが頭を寄せてきた。
しかし僕としては、この話を膨らませたくない。
気にしないでくださいと、アルフレッドのほうへ胸を向ける。
「む……お兄様に会ったのは、オレのほうが先なんだからな!」
けれど会話に混ざれなかったことに不満を覚えたのか、アルフレッドは僕の左腕を捕まえて、身を絡ませてきた。
あの、太ももで手を挟むのは勘弁してください……。
左腕から意識を切り離したかった。
しかしお湯に浸かったような温かさに包まれ、尚且つ手の平には柔らかい素肌の感触ががが。
ノータッチという前世の不文律に、頭がエラーを吐き出す。
どうにか距離を取ろうと身を捩るものの、締め付けが強くなるだけだった。
極めつけに。
「アルフレッドも、ルーファスお兄様のことが大好きなんですよね!」
「ばっ、バカ! そんなんじゃない!」
「大好きより、もっと好きなんですか?」
イアン、その辺にしてあげて。
アルフレッドの顔が、髪色と同じくらい真っ赤になってるから。
あと、どうして君まで腕を絡ませてくるのかな……?
「ぼくもルーファスお兄様が大好きですよ!」
「ありがとう……」
イアンの純粋さは美徳だと思うけど、今に限って言えばオーバーキルだ。
アルフレッドに対しても、僕に対しても。
二人は僕をソファに縫い付けたいのかと思うほど、身を寄せてくる。
警戒心がないのは嬉しいんだけど……と、そこでもう一つ、視線があることに気付いた。
そうだ、エリックなら、僕をここから助けてくれるんじゃ……!
何せアルフレッドの護衛だ。
必要以上に、他人が接近するのを許すはずがない。もう手遅れなのは否めないけど。
エリックとは、わかり合えたんだ。
一縷の望みをかけて、彼と目を合わす。
「……」
とても眩しいものを見るように、目を細められた。
解せない。
自力で脱するしかないのか……。
視線を彷徨わせると、赤橙色の液体が目に入る。
これならいけるだろうか? 心臓よ、もう少し頑張ってくれ。
「紅茶を飲んでもいいかな」
「あ、はい! クッキーも美味しいですよ!」
よし、イアンは放してくれた!
飲食は止められないだろうという僕の読みは、見事に当たった。
かに思えた。
「はい、ルーファスお兄様、あ~ん」
ねぇ、イアンは僕をどうしたいのかな?
上目遣いでクッキーを差し出されて、体が固まる。
確かにちょうど右手はカップで塞がっているけども!
動けないでいると、左隣から強い視線を感じた。
ちらりと様子を窺えば、アルフレッドが悔しそうにイアンを見ている。
張り合うところは、どこにもないよね?
……そうだ。
「ありがとう。でもアルフレッドが食べたそうだよ」
カップを置いて、イアンからクッキーを受け取ると、そのままアルフレッドの口元へ持っていく。
これでアルフレッドがクッキーを受け取ってくれれば左腕も自由になる。そう思っていた。
アルフレッドが口を使うまでは。
結果、僕がアルフレッドにあ~んした形になる。
「ん、お兄様、紅茶も飲みたい」
飲めばいいんじゃないかな? 僕の腕に絡ませてる手を使って。
しかしアルフレッドにその気配はなかった。
……飲ませろということですか?
まさかこんな形で、アルフレッドのワガママを聞くことになるとは、誰が想像できただろう。
ヴィヴィアンにもしたことがないなぁと思いながら、アルフレッドのカップを取る。
アルフレッドの元で慎重にカップを傾けると、赤い睫毛が目元に影を作るのが見えた。
むせることなく飲み終わるのを見届ければ、僕の視線に気付いたアルフレッドが頬を染めながら笑いかけてくる。
窓から差し込む陽光が、僕には天界の光りに見えた。
そろそろお迎えがくる頃合いだ。
息と一緒に心臓が止まる。
「ルーファスお兄様、ぼくもクッキーが食べたいです!」
けれど、イアンがそれを許してくれなかった。
というか、君も手を使ったら食べられるよね?
アルフレッドを見て、自分もやって欲しくなったんだろうか。
こうなればと、エリックも近くに呼ぶ。
「エリックも食べるといい」
そう言って、イアンにクッキーを食べさせた後、エリックの口にもクッキーを突っ込んだ。
ふう、一仕事終えた気分だ。
指先についた欠片をペロリと舐め取ると、エリックが顔を真っ赤にしているのが見える。
しまった、気を悪くさせたかな。
夜会に続き、これで二度目の失敗だ。
つい一人だけ年上でいる気になってしまうけど、エリックは同い年な上、体格でいえば彼のほうが大きい。
あまり僕みたいなのに、いいようにされるのは嫌かもしれない。
「すまない、悪気はなかった」
「……」
エリックは頷くと、僕から視線を外す。
ふと、それが引っかかった。
ゲームの彼を彷彿とさせたから。
「どうして喋らない?」
「エリックはずっと、こんな感じだぞ」
僕の問いに答えたのは、アルフレッドだった。