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023

「まさかケガ人が出るだなんて……」


 帰りの馬車で、母上が僕を抱き締めながら溜息をこぼす。

 エリックがケガをしたことで、騒動はすぐに各々の両親へと知れ渡った。


「ルーも怖かったでしょう?」

「僕は別に。母上から嫌味を言われると聞いていましたから」


 それにミアさんからも注意を促されていた。

 心構えはできていたし、一人でいる時間も少なかったので、さほどショックは受けていない。


「ただエリックがケガをしてしまったのが残念で……」

「そうね、まさか同じ派閥で争うことになるなんて、エリックが可哀想だわ」


 エリックのジラルド家は王妃派の筆頭で、ケガを負わせた少年の家も、同じく王妃派なのだと母上は言う。

 そして少年の家が、ジラルド家より爵位が上の伯爵家だったことで、話はより複雑になりそうだった。


「今回の件は、旦那様のほうから忠告していただくとして、エリックの立場がどうなるかよね」


 上には、その上を。

 侯爵家から注意されれば、いくら爵位が上であっても、少年はエリックに誠意を見せる必要がある。

 しかし今後、派閥内でエリックがどう扱われるかまでは、掌握できない。


「どうして王妃様は、そこまで我が家を目の敵にされるのです?」

「目の敵にはされていないわ」

「え、でも……」


 アルフレッドは、王妃様からウッドワード家は信用ならないと聞いていた。

 他家の人もそうなのだろうと、父上を見る。

 けれど父上も首を横に振った。


「信用は得ている」

「では王妃派は、どうして……?」


 話が噛み合わなくて、混乱する。

 それが伝わったのか、母上はより深く僕の頭を胸に抱いた。

 柔らかい感触に包まれて、僕もいったん冷静になろうと目を閉じる。


「色んな人の思惑が絡み合った結果よ。ルー、これだけは覚えておいて。王妃様は、上流階級の横暴を憂いてはおられるけれど、それはウッドワード家のことではないの。ちょっと旦那様に対して不満はお持ちだけど、今回の件とは関係ないわ」

「けれど王妃派にとっては、私が一番の悪者に見えたのだろう」


 母上と父上の言葉を咀嚼する。


「王妃様の考えと、王妃派の考えは別、ということですか?」

「悲しいことに一部が暴走している状態ね。そこにウッドワード家を蹴落としたい人が加わって、今の王妃派の一部は、王妃様との乖離が激しくなっているわ」


 それは最早、王妃派とは呼べないんじゃないか。

 けれど根幹は同じなのだと、母上は続ける。


「たとえ行動は乖離していても、思想はあくまで横暴な貴族を是正することなのよ。ここが厄介なところなのよね。考え自体は正しいのだから」


 だから当事者たちは、正義を訴えるのだという。

 ミアさんの言う、わかり合えない理由は、ここにあるんだろう。

 こちらがいくら行動の悪さを指摘しても、相手が思想を指摘されたと受け取れば、話にならない。わざと論点をすり替える人もいるらしい。

 母上の言う通り、厄介なことこの上ない。


「暴走を止めたいところだが、今のところ目立った動きはなく、打つ手がない状態だ」


 高等学院を含め、子どもの口喧嘩に留まっているなら、大人の出る幕はない。

 エリックのケガは例外だけど、それも少年が謝れば済む話だった。


「エリックはどうなるのでしょうか」

「ジラルド家は王妃派の筆頭だから、エリックの立ち回り次第でしょうね。我が家とは距離を置いたほうが、彼のためかもしれないわ」

「……」


 エリックとは、わかり合えたのに。

 もう会えないのだろうか。

 彼の短い髪を撫でた手に、視線を落とす。


「ごめんなさいね。折角友達になれたのに」


 母上が謝ることじゃない。

 エリックのためなら仕方のないことだ。

 けれど僕は……すぐに言葉を発せられなかった。



◆◆◆◆◆◆



「お兄様だけお出かけなんて、ズルイですわ」


 夜会のときと同じ顔のヴィヴィアンに手を伸ばす。

 まだまだ僕には母上のような教育はできなかった。

 頭を撫でられている間も、ヴィヴィアンは僕の服の裾を掴んで放さない。


「それにイアンも一緒なのでしょう?」


 今日はアルフレッドに城へ招待されたんだけど、招待客にはイアンもいた。

 あれから二人は、無事友達になれたらしい。

 イアンから嬉しそうな報告は受けていたけど、三人で会うのは、これがはじめてだった。


「今度は家に来てもらおうか」

「招待するのは、イアンだけで十分ですわ! うぅ、わたくしもお兄様とお出かけしたいです……」

「じゃあ別の日にどこか出かける?」


 基本的に侯爵家の子どもが、外に出かける機会は少ない。

 それも招待を受けて出かけるのが当たり前で、僕とヴィヴィアンが一緒に屋敷を出るのは、祖父母を訪ねるときぐらいだった。


「約束ですわよ! わたくし、新しく出来たお店が気になってますの!」


 どうやら目当ての場所があるらしく、行き先はヴィヴィアンに任せる。

 買い物なら、商人を屋敷に呼べば済むけど、ヴィヴィアンは直接お店に行ってみたいのだろう。


「わかった、父上の許可が下りたら行こうか」

「わたくしから話しておきます! お兄様、いってらっしゃいませ」


 既に気持ちがお店へと飛んでいるのか、前回とは違い、笑顔で見送られる。

 うん、やっぱり見送られるなら、笑顔がいい。

 現金なヴィヴィアンに和みながら、僕は馬車に乗った。



◆◆◆◆◆◆



「エリック!」


 訪れたアルフレッドの自室で、イアン以外に見知った顔を見つけて、思わず声を上げる。

 僕の呼びかけにエリックは首肯で答えた。


「なんだ、知り合いだったのか。お母様から同席させるよう言われたんだ」

「先日の夜会で会ったのですが……王妃様が?」

「エリックは、同年代の中でも一番強いらしい。年上相手でも勝つとか。身を守るのに、傍に置いとけって」


 将来、近衛隊長を務めることを考えれば頷ける配置だ。

 けれど僕としては、またエリックに会えたことが嬉しかった。

 今後は、アルフレッドと一緒に、エリックにも会えるんだろうか。


「実は彼とはもう会えないと思っていたので、驚きました」

「そうなのか? ところでルーファス、今日はオマエに問い質したいことがある!」


 これが本題だと、アルフレッドはイアンを連れ立って、僕の前に並んだ。

 赤髪の天使と青髪の妖精が並ぶ様子に、天を仰ぐ。

 まだ二人を同じ視界に収める心の準備ができていなかった。

 天を仰いだのは、床だと二人の白い足が視界に入るからだ。揃ってショートパンツにソックスガーターをつけているのは卑怯だと思う。

 アルフレッドがネクタイをしているのに対し、イアンが蝶ネクタイなのも可愛い。

 イアンの胸元にカタバミのコサージュがつけられているのを見てほっこりする。ヴィヴィアンがプレゼントしたものだ。無事にパーシヴァル家でもコサージュは認められたようだ。

 あと何気にアルフレッドがイアンの手を引いているのが辛い。尊くて、辛い。

 これこそ絵に残すべきなのではないか。


「絵師の手配を頼んでもよろしいですか?」

「ダメだ! それより、ルーファスはどういうつもりなんだ!」


 あえなく却下された。

 アルフレッドの質問の意図がわからず、首を傾げる。


「どう、とは?」

「ルーファスは、オレとイアン、どっちのお、お兄様なんだ!?」


 ……はい?

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