021
ミアさんとの話が一段落したときだった。
僕が怯えさせてしまった少年が、お兄さんと連れ立って姿を見せる。
「る、ルーファス様っ、先ほどは失礼いたしました……!」
「弟が至らず、申し訳ありません」
そして兄弟揃って、頭を下げられた。
……改めて謝らなければと思わせるほど、怖がらせてしまったんだろうか。
爵位の違いも、あるのかもしれない。
下の爵位の人からすれば、侯爵家の僕としこりが残るのは、気が気じゃないんだろう。
むしろこちらが申し訳なくなってくる。
「ジラルド家には、我が家から抗議を入れさせていただきます。弟は、まだこういった場に不慣れで……ルーファス様には、ご容赦いただけると幸いです」
「ちょっと待ってください」
話が見えなかった。
僕が少年を怖がらせてしまったのに、どうしてエリックの家へ抗議がいくのか。
貴族社会のルールとして、伯爵家が格上の侯爵家に抗議できないとしても、わけがわからない。
そもそも少年に謝ってもらう必要もないし……。
最初に戻って話を訊く。
「あ、あの、ぼくが緊張したせいで、ルーファス様にご迷惑をおかけして……」
結果エリックと二人で、少年の反応を見間違っていたことを知った。
なんだ、怖がられてたんじゃなかったのか……。
思い起こしてみれば、デビュタント時の挨拶は少年も親が同伴していて、今回のように一人ではなかった。
僕と同様に、少年も緊張していただけの話に気が抜ける。
「僕は気にしていませんから、ジラルド家に抗議する必要もありません」
初手を間違えたのは、僕もエリックも一緒だ。
結果、エリックは誤解を重ねて、道化になってしまったことを考えると不憫だった。
「そちらが気になさるのなら、これ以上は言いませんが、僕としては今後も仲良くしていただければ十分です」
「なんてお心の広い……! ぼくのほうこそ、よろしくお願いいたします!」
少年からキラキラとした瞳を向けられて、胸が痛む。
ごめんね、怖がられていると勘違いしたのは僕も同じなんだ……。
その後も誤解があったとはいえ、エリックだけ責められるのが心苦しいだけなんだよ。
「ルーファスくんは優しいね。けれど締めるところは締めないと、後に響くよ」
「それほどのことですか?」
ミアさんの言葉に首を傾げる。
少年とは和解できた。訊けば、エリックのところへも先に文句を言いに行ったらしいから、エリックの僕への誤解も解けているだろう。
これ以上、何を締める必要があるのかわからない。
「王妃派はジラルド家だけじゃないからね。どちらが悪かったのか明白にしておかないと、どんな言いがかりをつけられるか、わかったものじゃないのさ」
「苦労なさっているようですね」
「もう手さえ出さなければ、何をしてもいいと思っている節があるからね」
ミアさんは高等学院での鬱憤が、かなり溜まっているようだった。
「教師から注意はないのですか?」
「んー不満があるなら、生徒会を通して自分たちで正せって感じだね。流石に学院の外では大人しくしているから、重く考える必要はないかもしれないけど、四年後にはルーファスくんも入学するだろう? 今から先手を打っておいても、いいと思うよ」
それほどなのか。
でもよくよく考えれば、納得もできた。
下位貴族が声を上げられなければ、男爵家のゲーム主人公が、高等学院で活躍することもできない。
「高等学院には、金で爵位を買った商家も入学してくる。そういう相手は、こちらの常識が通用しないこともあるから」
商家と聞いて、まだ会っていない最後の攻略対象が思い浮かぶ。
ミアさんの言い方は悪いけど、平民であっても何らかの功績を残せば、王様から爵位を承れるのが、この国の制度だ。
多額の献金によってそれを成しても問題はない。
しかし成金と呼ばれる、貴族として新参者の彼らは、古参の貴族から嫌われる傾向にあった。
「先輩からの忠告ということで、愚痴ととらえないでもらえると助かるんだけど」
「わかりました」
頷くと、ミアさんは芝居がかった動作で胸をなで下ろす。
楽しい人だ。
――四年後、まだゲームははじまっていない。
ゲーム主人公は、平民として暮らしているはずだ。
彼女が男爵家の引き取られるのは、入学の一年前だから。
現段階で彼女に会うことは不可能に近い。
何せゲームでわかるのは、平民だったことだけなんだ。王都にいたのか、地方にいたのかさえわからなくては、為す術がない。
足取りが掴めるのは、身分が確かな攻略対象に限られた。
エリックは、今どうしているだろう?
誤解が解けたなら、話ができないだろうか。
ミアさんは、善意をはき違える人とは、わかり合えないと言っていたけど、エリックは不運にも勘違いが重なっただけだ。
彼とわだかまりがあるのは嫌だった。
◆◆◆◆◆◆
ミアさんと別れた僕は、少年――タイム――と会場を回りつつ、エリックを探す。
タイムは時折緊張した様子を見せるものの、僕との会話を楽しんでくれた。
表情筋と連動して、口も上手くない自覚があるので、彼の笑顔を見るたびに励まされる。
特に……。
「ふんっ、魔力がないクセに、よく大きな顔ができるものだ」
こうした陰口が聞こえてくると、一人じゃないことが心強かった。
タイムがすぐさま反論して、力づけてくれるから尚更だ。
「彼らはウッドワード卿が、どれだけお働きになっているのか知らないのです」
どうやら一時期、タイムのお父上は、父上の下で働いていたらしい。
そして息子に働き振りを伝えるほど、感銘を受けたのだとか。
そう、タイムが僕を敬ってくれるのも、父上のおかげだったんだ。後でしっかり感謝を伝えないと。
「……彼らも王妃派の人たちなんでしょうか?」
「どうだろう」
まだ社交界に入って日が浅い僕たちは、相関図を把握しきれていない。
もちろん関わりが深い家については教えられている。
けれどそれ以外については、自身の目で見て、考えなくてはいけなかった。
悲しいかな、貴族社会は妬み嫉みの宝庫だ。
僕に嫌味を言ってくるのが、王妃派だけとは限らない。
「あまり先入観を持つのはよくないだろう」
正直、気にしても仕方ないことでもあった。
万人に好かれることは、あり得ないのだから。
それなら味方を大事にしようと、知っている顔に挨拶する。
皆、タイムと同じように最初は言葉が出ないけど、根気よく待てば、ちゃんと挨拶を返してくれた。
その後は、決まってタイムと打ち解けて、僕が取り残される形になるけど気にしちゃダメだ。会話の内容は、僕のことだし。
「まさか俺なんかが、ルーファス様に声をかけていただけるなんて!」
「その気持ち、ぼくもよくわかるよ……!」
うん、立場上、僕から声をかけないとはじまらないしね?
侯爵という爵位の影響力を実感する。僕はまだ何も成していないのに。
ウッドワード家が築いてきたものの大きさを知って、シャツの上からペンダントに触れた。
そして視線の先で、ようやく探し人を見つける。
エリックは一人、壁に背中を預けていた。